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最近、電車などの公衆の面前で、平然と道具をひろげて、化粧に没頭している女性を、よく見かけるようになりました。
それこそ、スッピンからの、本格的な、タヌキも顔負けの化け方での化粧の一部始終が見れます。(笑)
もちろん、ちょっとコンパクトの鏡を出して、口紅を引きなおしたり、頬紅をつけなおしたりなど、いわゆる化粧くずれをなおすような…、そんな光景は、今までも見かけはしましたが、それでも、遠慮がちに、特に男性などの視線があると、後ろを向くなりして、多少の恥じらいの色を見せていたように思います。
車内での化粧を、社会病理現象として論じる向きもありますが、ぼくは、単にズボラなだけの自己中心行動という気がします。
でも、こんな化粧の仕方では、もうこんな歌は、どんなに雨が降ろうが、槍が降ろうが、似合わないでしょうね。(笑)
化粧する君の その背中がとても
小さく見えて しかたないから
僕はまだ君を 愛しているんだろう
そんなこと ふと思いながら
化粧している彼女の後ろ姿…。
いつもは、寝そべって、ぼんやりと眺めていたり、あるいは、時計を気にしながら、多少の苛立ちの中で見つめていたり…。
そんな姿も、もう、遠い想い出の彼方へ消えていく。
見慣れた、いや、素直に正直に言えば、見飽きた彼女の後ろ姿のはずなのに、今日はなぜか、とても小さく見えてくる。
小さく見える…小さきものへの愛おしさ…。
窓の外は雨 雨が降ってる
物語の 終わりに
こんな雨の日 似合いすぎてる
雨はたしかに窓の外、外で降っている。
なのに、心の中にまで、雨が染むこむように…。
明日への視界をさまたげてしまうような雨…。
すべてを洗い流そうとするような雨…。
誰もが物語 その一ページには
胸はずませて 入ってゆく
あの映画見に行った?
誰それの曲、聴いたことある?
何が好きなの?
彼氏いるの?
彼女とどうして別れたの?
出会いのときのはずむ会話と、ときめくような胸の高鳴りで、恋の物語は始まります。そして、喜びと悲しみ、嬉しさと切なさが、波のように寄せては返してきます。
最初のその一ページ、それこそ読み終えるときまで、どのように展開するか誰も知らない。でも…。
ぼくの部屋のドアに 書かれていたはずさ
とても悲しい 物語だと
始まりがあれば、終わりがある。
それは、どんな物語でも同じ。
ネバーエンディング・ストーリーなんて、ファンタジーの世界にしかないものと知って、人は大人の階段をまたひとつ上っていくのです。
窓の外は雨 雨が降ってる
いく筋もの 雨が
君の心の くもりガラスに
ところで、割れてしまった鏡のためにお墓を作ってあげた少女が、鏡の精から魔法のコンパクトをもらい、何々になぁ〜れというと、化粧どころかそのものに変身するアニメをご存知でしょうか。
彼女にしても、コンパクトを見るのは、人前ではなく、物陰などに隠れて、こっそりと秘密にしていましたよね。…なんせ「ひみつのアッコちゃん(原作:赤塚不二夫:昭和44年)」ですから。(笑)
テクマクマヤコン・テクマクマヤコン…。
そんな風に、ほんとに変身できるような化粧法があれば、あるいは、またこの歌は、違ってくるのでしょうか。
化粧する君が…、テクマクマヤコン・テクマクマヤコン…、でんでん虫に変身すれば、もっと、雨が似合うのかもしれません。(笑)
でも、でんでん虫のカタツムリさんは、雌雄同体の生き物ですから、どんな雨の物語ができるのでしょうか。
ストーリーとして、ナメクジとの三角関係だけは避けてほしい。(笑)
イルカさんは、昭和25年生まれで、ステージトークによく話題を提供していた一人息子の冬馬君に子供が生まれましたから、立派なおばあちゃんですが、声は、まだまだ衰えていません。
「なごり雪」や「海岸通り」など、ほんと伊勢正三さんの歌が似合います。
(初稿2002.6 未改訂) |