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寒い夜だった つらく悲しい
ひとりきりの 長い夜だった
北へ向かう夜汽車は俺の中の
心のようにすすり泣いてた
吹きさらしの雑然としたディスカウントショップの店頭で、さっきから、前かがみになって、大きなダンボール箱の中から、クリスマスツリーの写真が描かれた小箱を取り出す作業をしている男の店員に、ぼくは、少し気恥ずかしげに、声をかけた。
「ごめん、男の子用のMサイズは、売ってないんかな?。」
今朝の新聞の折込チラシにあった、滅多と特売はしていない外国メーカーの紙オムツ、数量限定とは書かれてなかったから、まだあるかも知れないと、会社帰りに買いに寄ったのだ。
しかし、紙オムツは山のように積まれているが、お目当てのサイズの商品が、いくら探しても見つからなかった。
そんな時おまえがよこした便り
ただ一言だけ 淋しいってつづってた
安奈 クリスマスキャンドルの灯はゆれているか
安奈 おまえの愛の灯はまだもえているかい
「えっ、あれ、そこに、ないですか?」
そう言いながら、ぼくの前までやってきて、下積みされているダンボールの中まで、熱心に探してくれた。
「すいませんね…、どうも、売り切れのようですね…。」
頭をぺこりと下げてそう言った彼は、それから、ぼくをまじまじと見つめて、そして小首を傾げながら尋ねた。
「N君と…ちゃうか。」
そう言われて、あらためて、ぼくは彼の顔を見た。
「えっ、あ、A君…か。」
彼はうなづきながら、にこやかな笑顔を見せた。
「せや…、久し振りやな…。」
「…何年ぶりかな、前に環状線の中で会って…。」
十年近く経っていた。
そのときは、お互い、まだ着慣れない背広姿。
確か、彼は商社に勤めていると言っていたはずだった。
眠れぬ夜を いくつもかぞえた
おまえのことを 忘れはしなかった
それでも一人で生きてゆこうと
のばせば届く愛をこわがってた
「ここで働いているんか…。」
彼は作業服の汚れを少し気にしながら、言い訳するように言った。
「ああ、ここは結構、休みを自由にとらせてくれるからね…。」
「まだバンド続けてるんか。」
「ああ…、梅田のライブハウスに週三回ほど出てる…。」
「まだ、燃えているんやな…。」
「燃えている…か…、燃えかすに、しがみついてるだけかもしれんな…。」
そう言って、少し寂しげな笑顔を見せた。
安奈 寒くはないか おまえをつつむコートは
ないけどこの手であたためてあげたい
安奈 クリスマスキャンドルの灯はゆれているか
安奈 おまえの愛の灯はまだもえているかい
A君は小学校から中学校にかけての同級生で、どちらかといえば、友だちの友だちといった程度で、さほど親しい関係ではなかった。
ただ、中学校の合奏会では、数少ないギターパートをお互い担当し、何度か合同練習をし、というよりも、教えてもらったことがあった。
そんなことがあったので、前に背広姿でギターケースを抱えた彼と、偶然乗り合わせた電車であったときに、その話をきっかけに、駅の構内の喫茶店で、かなり長時間、話し込んだことがあったのだ。
二人で泣いた夜を おぼえているかい
わかちあった夢も 虹のように消えたけど
彼は高校のときに組んだバンドで、かなりメジャーなポピュラーコンテストの地方予選に出場し、審査員にかなり評価されて、惜しくも本選出場を逃したものの、それから大学に入っても、アマチュアバンドを続けて、社会人になっても、ライブハウスなどで活動しているということだった。
ぼくはと言えば、高校のときに、某テレビ放送局のアマチュアバンドのオーデションに参加し、多少の誉め言葉は貰ったものの、完璧にしたはずのギターのチューニングが甘いという審査員の指摘にショックを受けて、断念したことなどを話した。
おまえのもとに今 帰ろうとして
今夜俺は旅をはじめる
クリスマスツリーに灯りがともり
みんなの笑い声がきこえるころ
「紙オムツ…って、Nの子供の分か?」
「ああ…、結婚三年目にしてやっと出来た男の子、いま三ヶ月や。Aは、まだ結婚してへんのんか。」
「売れんバンドしてたら嫁もこんって。甲斐性なしやから。」
「ぼくも、安給料やからね、ここまでオムツ買いに来たんや。」
「来るって分かってたら、オムツ取っといたったのに。」
そう言いあって、笑いあった二人の間を、師走の夜の寒風が静かに吹き抜けていった。
もとのところに戻りながら、彼は申し訳なさそうに言った。
「ひとやすみして、いっしょにお茶でも飲みたいとこやけど、この仕事、片付けへんとな…、明日から、ツァーが始まるから休まなあかんし…。クリスマスには戻ってくるけど…。」
「いや、ぼくもぼちぼち帰らんとあかんし…、…それ、クリスマスツリーか、大きいのにえらい安いな…。豆球がつけへんとか。」
「あほ、そんなことないで、これはワケアリ商品で、ほんまオススメやで。買うんやったら、社員割引で、頼んだるけど…、でも、ここだけの話やけど、20日を過ぎたら、たぶん半額になるで。」
「ほな、半額の方にするわ。」
「あいかわらず、しっかりしとるな。」
そう言って、また笑いあった。
安奈 おまえに逢いたい もえつきたローソクに
もう一度二人だけの愛の灯をともしたい
安奈 クリスマスキャンドルの灯はゆれているか
安奈 おまえの愛の灯はまだもえているかい
コンサートのステージに立ち、スポットライトを浴びて、多くの人の拍手喝采を浴びた経験を、一回でも持ったならば、それがひとつの麻薬的な体験の意味を持つことは、想像に難くない。
まして、有名なアーティストのライブの前座とは言え、多少、ファンもつけば、下積みをしてでも、メジャーになる夢を追いかけるのも無理はないと思う。
しかし、夢は夢にして終るのか…、夢の覚め際は、いい夢であれ、悪い夢であれ、妙にもの悲しい。
ライブハウスにいちど聴きに来てくれや、別れ際に、そう言った彼との約束を果たせないまま、音信も途絶えて、それから、いくどとなくクリスマスを過ごしてきた。
そのライブハウスもいまはない。
彼は、いまどんなクリスマスを過ごしているのだろうか…。
彼のクリスマスキャンドルの灯は、まだゆれているのだろうか。
甲斐バンド、甲斐よしひろさん(ボーカル)、大森信和さん(ギター)、松藤英男さん(ドラム)、長岡和弘さん(ベース)の4人で、1974年に、シングル「バス通り」でデビューしました。
リーダーの甲斐よしひろ(本名・甲斐祥弘さん、1953年(昭和28年)生まれ、福岡県出身)さんは、やや無骨ながらもハスキーな声で、ファンを魅了し、甲斐バンド解散後、ソロ活動を続けて、近年、また再結成しました。
甲斐バンドは、ロック系ニューミュージックのライブバンドとして、日本のロック・シーンの中に大きな影響を与えたと思います。
不確かな記憶なんですが、この「安奈」の時には、浜田省吾さんがギターで、参加されたことがあるような気がします。
(初稿2002.12 改訂2004.12) |