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「青葉城恋唄」―さとう宗幸
「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」

青葉…といえば、想起するのは、やはり、この句ですね。
季節の話題などのときに、定番としてよく引用されるこの句は、松尾芭蕉などにも影響を与えた江戸時代の俳人、山口素堂の俳句で、正確な引用としては、「目には青葉 山郭公 初松魚」です。

通常は、「目には青葉」では字余りで、「目に青葉」となったようですが、また、「郭公」は、平安時代以降の読みとしては「ほととぎす」なんですが、現在は「かっこう」と読むのが普通ですね。

ところで、「かっこう」と「ほととぎす」は、ともに東南アジア方面からの渡来する夏鳥で、双眼鏡で見る姿かたちだけでは、区別がつきにくく、もちろん、鳴き声は、「かっこう」は、もちろん、「カッコー」と鳴き、「ほととぎす」は、「テッペンカケタカ」と聞こえます

春の訪れを告げる春告鳥の鶯(うぐいす)に対して、夏の到来を告げる鳥ということで、「ほととぎす」のことを「時鳥」とも表記します。
そういえば、「ほととぎす」は、自分の巣を作らず、鶯などの巣に卵を産み、その親に抱卵させ、子育てさせる習性があります。

かつおは、現在は「鰹」と表記され、「松魚」の表記は使いませんが、結納の「松魚料」などに古来からの名残が残っています。

さて、いよいよ、青葉城のはなし(^^ゞ …みちのくの伊達62万石の居城が青葉城で、青葉城は別名で正確には仙台城、 関ヶ原の合戦ののち「独眼竜」伊達政宗によって築かれた城なんですが、大部分は幕末の戊辰戦争で取り壊され大手門と石垣のみが保存されているだけです。

鳴かぬなら殺してしまえほととぎす」の織田信長や「鳴かぬなら鳴かせてみしょうほととぎす」の豊臣秀吉、「鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす」の徳川家康の全国展開スケールに比べれば、熱烈な歴史ファンは多いものの伊達政宗は、さしずめ「鳴かぬまに忘れ去られたほととぎす」くらいでしょうか。(笑)
ともあれ、東北唯一の政令指定都市、仙台市の発展の礎として、大きく貢献したことは、否定できません。

   瀬音ゆかしき 杜の都
   あの人は もういない

広瀬川は杜の都仙台市の中心部を貫流する川で、いずれにしろ、仙台は東北地方でも、比較的、雪が少なく、緑豊かな土地柄です。

   時はめぐり また夏が来て
   あの日と同じ 七夕祭り

まあ、七夕祭りは、いつでも、あの日と同じ日でしょう。
七夕祭りが、あの日と違う他の日になったら、織り姫と牛飼いは、待ち合わせに難儀しますでしょうし。(笑)
なお、仙台の七夕祭りは、青森ねぶた、秋田竿燈に続く東北三大祭りのひとつで、八月に開かれます。
七月七日ではありません、念のため。(笑)

   青葉通り薫る葉緑 想い出は帰らず
   樹かげこぼれる灯に ぬれていた君の頬

結局、青葉城恋唄とはいうものの、歌詞の中に出てくるのは青葉城ではなく、青葉通りだけです。

   吹く風やさしき 杜の都
   あの人は もういない

ともかくノスタルジックな雰囲気のある杜の都です。

「青葉城恋唄」は、さとう宗幸さんが仙台でFMラジオのDJをしていた頃に、番組に送られて来た詩に曲をつけて創作されたといわれます。さとうさんは、テレビドラマ「2年B組仙八先生」に出演するなどしたのち、地元仙台を拠点に、ボランティアキャンペーンのテーマ曲作曲や、いなかっぺいさんらとのジョイントコンサート等、精力的な音楽活動を行っています。

(初稿2002.4 未改訂)


青葉城恋唄
星間船一 作詞
さとう宗幸 作曲

広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず
早瀬躍る光に 揺れていた君の瞳
時はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 流れの岸
瀬音ゆかしき 杜の都
あの人は もういない

七夕の飾りは揺れて 想い出は帰らず
夜空輝く星に 願いをこめた君の囁き
時はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 七夕祭り
葉ずれさやけき 杜の都
あの人は もういない

青葉通り薫る葉緑 想い出は帰らず
樹かげこぼれる灯に ぬれていた君の頬
時はめぐり また夏が来て
あの日と同じ 通りの角
吹く風やさしき 杜の都
あの人は もういない

1978年(昭和53年)
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