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「オホーツクの海」―松山千春

   静かに沈む夕日 オホーツクの海に
   風は波をさそい 夕日におどるよ

オホーツクの海(Sea of Okhotsk)が、どこにあるのか調べるために、久しぶりに地球儀を眺めて見ました。

もちろん、オホーツク海が、北海道の北の方にある海で、ニシンやサケ、マス、カニの好漁場となり、日本の気象や天候にも大きく影響している海だというのは、漠然とは知っています。

ただ、位置関係となると、北海道の北東か北西か、あるいは、太平洋につながっているのか、日本海につながっているか、かなりあやしくなります。(笑)

地球儀で調べた結果、オホーツク海は、シベリア・カムチャツカ半島・千島列島・北海道・サハリンによって囲まれた、まるで池のような海でした。

地球の表面積の七割以上を海が占めているのですから、広大なイメージを持つオホーツク海も、それからすれば、ひとつの内海みたいなものなんですね。

日本地図だけを見ていると、北海道が北の果てとして描かれていますが、地球儀で見てみると、日本列島の北海道という大きな島の続きに、サハリン(樺太)という、また大きな島があって、さらには広大なシベリア大陸がつながって、広がっているのに気が付きます。

そういえば、地球儀で見ると、北海道からオホーツクの海は、北東方向にあるのに、なんで夕日が北東のオホーツクの海に沈むのかな、なんて、たわいないことを思ったりもします。(笑)

まあ、これは老後の楽しみとして、オホーツク海に沈む夕日を現地調査したいと思います。(笑)

   はるかな小舟に 手を振れば
   忘れた何かを 思い出す

そして、地球儀をくるくる回して眺めているうちに、想い出の中に、いろいろな地球儀が回りました。

子供のころ、裕福な家庭の友だちの勉強部屋で見せてもらった、海外製の高級そうな地球儀。

航空パイロットのお父さんが、ドイツだったかオランダだったかで、お土産に買ってきてくれた、とか言って自慢して、みんなにみせびらかしていました。

ひとりの子が、地球儀に触ろうとしたときに、そんな汚い手で触るなよ、と、彼は口汚くののしりました。

だから、みんな遠くから眺めるだけでした。

それから、しばらくして、彼のお父さんが、よその女の人と出て行ったという噂が立ち、やがて、彼の名字が変わって、彼が暗い顔をしていても、彼をみんな遠くから眺めるだけでした。

そして、いつのまにか彼は転校していきました。

そうそう、学校の授業時間に作ったというか、作らされた学校教材キットの地球儀がありましたね。

プラスチックの白いボウルを組み合わせて、球体を作って、それに食べたあとのスイカの皮のような形に切り抜いた地図を貼り合わせて作る、それこそ何の役に立つのかという貧相な地球儀です。

貼り間違えて、ハワイが大西洋にあったり、インドがメキシコの隣にあったりする地球儀もありました。(笑)

そういえば、そのときのクラスに、難病のために、長期欠席している女の子がいました。

彼女は、転校してきて一度も登校しないままに入院し、退院の予定もたたないために、みんなで分担して、その教材の地球儀を作ってあげました。

そして、その子の机の上に、みんなで折った千羽鶴と一緒に飾っていました。

しかし、その地球儀は彼女が手にすることなく、白い菊の花に置き換わってしまいました。

   静かな そして 静かな
   オホーツクの海よ

そして、いま、ぼくが見ている地球儀は、我が息子がピカピカの一年生になったときに、息子が欲しがってもいないのに、買い与えた地球儀です。

たぶん、昔、親に買ってもらえなかった父が欲しくて息子にかこつけて買っただけなのでしょう、と大きくなった息子が、そう分析しています。正解です。(笑)

1989年(平成元年)のベルリンの壁崩壊によるドイツ統一や、1991年(平成3年)のソビエト社会主義共和国連邦の崩壊後に作られた地球儀なので、まだ十分に使えますが、邪魔になるからと、息子の勉強部屋から追い出されました。

しかたなく、ピカピカの一年生になった我が娘に、ほんとの地球には、こんな色分けはなくて、海に線も入っていないんだよと言って、お下がりにしました。

父親が、なにを言おうとしたのかは、娘はまだ理解していないでしょうけどね。(笑)

いつの日か、娘たちはここにいるのか、こんどいつ日本に帰るのかなと、老眼鏡をかけなおして眺めている地球儀になっているのかもしれません。

   静かに闇がつつむ オホーツクの海に
   雲は月をさそい 波間におどるよ

オホーツクの海は凍ります。
もし、オホーツクの海が凍らなければ、ロシアは不凍港を確保するための南下政策をとらずに、日清戦争や日露戦争は起こらなかったかもしれないという、日本史だったか世界史だったかは忘れたが、そんな授業も思い出しました。

オホーツクの海は凍ります。
しかし、年中凍っているわけではなく、結氷するのは一月くらいからで、有名な流氷を伴って、南下しながら凍っていくのです。

そして、北海道にまで到達した二月下旬から三月上旬がピークとなり、やがてその流氷が去っていくとともに、北の海にも春が訪れるそうです。

松山千春なんて聞いているのか、と、半分小馬鹿にしたように言ってた友人が、北海道の流氷を見に行ってから、千春の音楽を聞き出しました。

レコードからテープダビングしてあげたお礼に、いつか流氷を見に連れていってあげるよと言った友人は、その約束を果たしてくれないままに、流氷よりも儚く消えて、もうこの世にいません。

   はるかな汐さい 耳にすれば
   忘れた何かを 思い出す

海を見ていると、ほんとに、なぜか、さまざまなことを思い出します。

悲しかったこと、つらかったこと、それもこれも、あたたかく包み込むような懐の深さで、穏やかな気持ちで思い出させてくれます。

いのちをはぐくみ育てた母なる海だからでしょうか。

ならば甘えて、悲しい出来事やつらい想い出は、そんな母なる海の底深くに預けてしまいましょう。

そして、忘れかけてた笑顔や、親しみを込めた挨拶、そして代償を求めぬ優しさを、繰り返す汐さいの響きのように、輝く水面のきらめきのように、いくつもいくつも、思い出していきたいものですね。

   静かな そして 静かな
   オホーツクの海よ



それにつけても、いつも思うことだけど、千春兄やんの歌詞は、いつもリフレインの繰り返しが多くて、今回のこの曲も、歌詞の半分以上がリフレイン。(笑)

まあ、歌詞の取捨選択に困ったり、歌詞が長くて、それにあわせて、エッセイも長文化してしまうことがほとんどないだけ、ありがたいのですが。(笑)

この曲は、松山千春さんのファーストアルバム「君のために作った歌」に収録されています。

ファーストアルバムなんですが、「大空と大地の中で」「旅立ち」「銀の雨」など、松山千春さんの原点ともいうべきような名曲が収められている名盤です。

松山千春さんには、ほかに「海を見つめて 」という曲もあって、こちらの方も好きな曲なんですが、この「オホーツクの海」とは違って、身動ぎもせずに海を見つめているというような、かなりマイナー調の曲なんで、こちらは、元気なとき以外に聞くと、きっと凍(しば)れてしまいますよ。(笑)

(初稿2005.5 未改訂)


オホーツクの海

作詞/作曲 松山千春

静かに沈む夕日 オホーツクの海に
風は波をさそい 夕日におどるよ

はるかな小舟に 手を振れば
忘れた何かを 思い出す
静かな そして 静かな
オホーツクの海よ

静かに闇がつつむ オホーツクの海に
雲は月をさそい 波間におどるよ

はるかな汐さい 耳にすれば
忘れた何かを 思い出す
静かな そして 静かな
オホーツクの海よ

はるかな汐さい 耳にすれば
忘れた何かを 思い出す
静かな そして 静かな
オホーツクの海よ

1977年(昭和52年)
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