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暮れなずむ町の 光と影の中
去りゆくあなたへ 贈る言葉
光あるところに影がある…。
なんとなく、歌詞にある「光と影」の言葉から、こんな言葉が浮かび上がって、これを冒頭にしたら、我ながら、なんか今回は「贈る言葉」にふさわしい、格調高い名文調のエッセイが書けそうかなって思って、念のために、ネットで調べてみたら、次のフレーズが…。(^^ゞ
光あるところに影がある。
まこと栄光の影に 数知れず忍者の影があった。
命を懸けて歴史を作った 影の男たち。
だが人よ 名を問うなかれ。
闇に生まれ闇に消える。
それが忍者のさだめなのだ。
サスケ おまえを斬る!。
…って、いうじゃな〜い。
このセリフって、1968年(昭和43年)の白土三平さん原作のテレビアニメ「サスケ」の主題歌のセリフですから〜。
残念〜、アニメオタク斬り!。(笑)
これじゃ、去りゆくあなたも、小石にけつまずいて、ずっこけてしまいそうですね。(笑)
でも、確かに、光があるから影ができるのだと、こう考えたときに、あれ、でも、確か、光があるのに影ができない照明装置「無影灯」ってあったよなと、またそんな言葉が脳裏を掠めて、調べてみると、今度は「白い影」が…。
白影参上!!
…って、だいじょ〜ぶ! 青影くん!
そうそうに、仮面の忍者赤影を取り上げちゃ、ニンジャオタクになりますから、今回は取り上げません。(笑)
「白い影」、1973年(昭和48年)のテレビドラマで、脚本は倉本聰さんで、田宮二郎さん、山本陽子さんらが出演していましたが、近年、中居正広さん主演でもリメイクされました。
原作は渡辺淳一さんの「無影燈」という小説で、無影灯とは、出術室などで使われる、影をつくらず、自然光に近く、長時間照明しても温度があまり上がらないように作られている照明器具のことです。
その渡辺淳一さんは、北海道生まれ、札幌医科大学卒業の医学博士で、1970年(昭和45年)に「光と影」という小説で直木賞を受賞しました。
並べたカルテの順番という偶然の出来事で、二人の男の歩んだ人生の明暗を描いたこの作品は、まさしく、人生の「光と影」を絶妙に映し出した渡辺淳一さんの初期の頃の名作です。
ふぅ、やっと「光と影」に戻りました。
でも、「失楽園」にはいかないから、ごめんね。(笑)
悲しみこらえて ほほえむよりも
涙かれるまで 泣くほうがいい
人生の途上においては、悲しみをこらえて、ほほえまなければならないときが、あることもまた事実です。
それを踏まえてもなお、悲しいときには、思いきり泣くというのが、人には必要なときがあるのです。
そして、それが愛する人の胸の中でなくても、放課後の音楽室のピアノの前であれ、夕暮れの公園のベンチであれ、灯りの消えた給湯室であれ、薄い掛け布団の中であれ、人目をはばからずに、思いきり泣ける場所を持つことが、人には必要なのです。
泣くからよけいに悲しくなる。
たしかに、それはあります。
しかし、泣くという行為を通して、自分の感情を抑圧せずに素直に出す、大袈裟にいえば、それが魂の解放とも呼ぶべき行為であり、病んだ精神を健全な精神へと再生する試みとなるのです。
涙はいつかはかれるというけれど、かれない涙もあるんじゃないか、と思うほど、とめどなく涙があふれてくるときもあります。
でも、明けない夜と、やまない雨はないのです。
それと同じで、かれない涙もありません。
涙もひとしきり出し尽くせば、やがて止まるもの。
だから、たまには泣くに任せていいのです。
泣ける場所を、あなたは持っていますか。
人は悲しみが 多いほど
人には優しく できるのだから
生きて行く中で、人はかならず、遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、悲しみに出会わなければなりません。
もしも、まったくそんな悲しみに出会ったことがないという人がいれば、その人は、ほんとは不幸な人かもしれません。
なぜならば、悲しみというものは、愛するものを失ったり、健康を損なったり、あるいは若さを失くし、プライドを捨てさせられたり、その他のかけがえのないものを、失うときに感じるものだからです。
もとより、それら失うものが、なにもなければ、悲しみに出会うはずもないからです。
そして、つまりは幸せとは、悲しみに出会わないことではなく、悲しみに出会って、それを乗り越えたときに感じる喜びともいえるのではないでしょうか。
寒さに震えた夜を過ごしたからこそ、朝を迎えたとき、太陽の暖かさを知ることができるのです。
悲しみが多いほど、人に優しくできる。
けだし名言です。
しかし、少し言葉足らずのような気がしますので、ここは、金八先生に代わって、館長先生が少々補足説明しておきましょう。(笑)
悲しみは、やはり悲しみです。
そして、人はその悲しみを、これ以上増やさないようにと、その悲しみを、優しさに、置き換えながら生きていこうとします。
だからこそ、人にも優しくできるのです。
しかし、悲しみを悲しみのままに、おきざりにした悲しみは、いつまでたっても、悲しみのままに、心の奥底に残ったままになってしまいます。
あなたの悲しみが、もし悲しみのままであるとしたら、それは、その悲しみを、あなたが、おきざりにしたままだからなのかもしれません。
喜びも悲しみも、すべて抱きしめてください。
悲しみは、もっと強く、抱きしめてあげてください。
その悲しみは、あなたなのです。
あなたの悲しみですから、いつかかならず、あなたの優しさに、きっと生まれ変わっていきます。
信じられぬと 嘆くよりも
人を信じて 傷つくほうがいい
浄土真宗の開祖である親鸞上人は、「たとひ法然上人にすかされて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらう。」と、その師匠たる浄土宗の開祖法然上人についての絶対的な信頼を述べたということが、弟子唯円の「歎異抄」(たんにしょう)において伝えられています。
これは、信仰の確信の重要性や、宗教の純粋性を語るときに使われますが、妄信、いわゆる宗教的盲目性を批判するときにも、よく引用される言葉です。
騙されまいとして不信に陥るか、騙されてもかまわないとして信じ切るか、これは宗教観というよりも、人生観や価値観とも深く関わることで、人それぞれの経歴や境遇でも大きく異なってきます。
むかし、剣豪、宮本武蔵が、強豪との決闘の場所に行く途中、通りかかった神社の前でふと立ち止まったそうです。
「今日こそは武蔵が一生の大事。一勝させたまへ。」と、大切な勝負を前にして、必勝を祈願しようと思ったからです。
しかし、そんな自分自身を、弱気のあらわれと振り払って、「我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」と、必勝祈願せずに決闘に臨んだということです。
もとより苦しいときの神頼みにしかしない凡夫ゆえに、剣豪の強靭な精神力を羨みこそすれ、真似できるものではありませんが、しかし信仰とはなにかということを考えさせられることではあります。
不信の時代と言われて久しいのですが、またそれは、信じるものを求めようとする裏返しでもあります。
そう、信じるものは救われるといいます。
でも、信じるものは騙される、ともいいます。
悲しいかな、どちらも、真理だと思います。
詐欺が横行している時代です。
詐欺にひっかからない心得は、信じる、信じないということよりも、「おいしい話は、絶対に向こうから、やってくることはない。」ということを、常に意識しておくことに限ります。
示談にするから、和解にするから、訴えないから、秘密にするから、穏便にするから、などというのも、考えれば、身勝手な「おいしい話」なのですから。
そんな「おいしい話」なんて、向こうからやってくるはずはないということは、信じてもいいでしょう。(笑)
求めないで 優しさなんか
臆病者の 言いわけだから
優しさといえば、ハードボイルドを代表するカッコイイ言葉、「強くなければ生きていけない。 優しくなければ生きていく資格はない。」(「プレイバック」−レイモンド・ チャンドラー)を思い出します。
しかし、建前を抜きにすると、「優しさと甲斐性の無さが裏と表についている」(「雪椿」−小林幸子)、という歌の方が本質をついているような気もします。(笑)
弱いものの痛みが分かるのは、弱いからなのであり、優しくするのは、優しくしてほしいからなのです。
優しいとは、人を憂うと書きます。
人のことを心配して、わが事のように、思い悩むことが、優しさの本質だと思います。
しかし、人のことではなく、自分のことばかりを、憂えている人も、優しく見えるときがあります。
そして、そのような人は、見せかけの優しさを人に与え、またそんな自分の優しさに溺れ、そしてまた人まで溺れさせてしまいます。
臆病者だから、優しさを求めるのだ、ということは、この意味では、悲しいけれど、ひとつの真実かもしれません。
優しさは、ときに厳しい場合があります。
相手を思うがゆえに、真剣に相手のことを思うがゆえに、ときに厳しく接するのも、優しさのひとつです。
しかし、ほんとに強ければ、優しくしようなんて思わなくても、自然に優しくなれるものです。
強そうに見えても、優しくない人は、ほんとは強がっているだけの弱い人かもしれません。
人として生まれ、人として生きていく限り、それでも、あえて、強くなって、優しくありたい、と最後の最後まで思い続けたいものです。
はじめて愛した あなたのために
飾りもつけずに 贈る言葉
このフレーズにいたって、そういえば、この歌はラブソングだったんだって、気がつきます…って、ちょっと気がつくのが、遅いですか。(笑)
そういえば、この曲のタイトルは、「送る言葉」ではなくて、あくまで「贈る言葉」なんですね。
送る言葉は、つまりは送辞のことで、卒業や退職、あるいは、旅立ちや新たな門出に際して、激励や祝福の気持ちを込めた、はなむけの言葉です。
「はなむけ」というのは、むかし、遠方への旅立ちに、道中の安全を祈願し、馬の鼻先を行き先の方向に向けた習慣から、「馬の鼻向け(うまのはなむけ)」という言葉になり、略して、「はなむけ」となったとのことです。
そういえば、「人間万事塞翁(さいおう)が馬」といいます。
「にんげんばんじ…」と読むことの方が多いと思いが、出典である中国前漢、淮南(わいなん)王の劉安が編纂した淮南子(えなんじ)という書物では、「じんかんばんじ」と読み、「人間(じんかん)」というのは、世間一般というほどの意味です。
似たような言葉に、禍福は糾(あざな)える縄の如しもありますが、いずれにしろ、塞翁の馬をめぐっての故事から、人生の運、不運や幸、不幸は予測できないものであるから、一喜一憂せずに、どっしりと構えなさいということを示しています。
そういう意味では、やはり、馬の鼻向け、はなむけの言葉ですから、送る言葉の方が適切なんでしょうが、やはり言葉のプレゼント、素敵な言葉を贈りたいという意味では「贈る言葉」もいいですね。
そういえば、この曲「贈る言葉」は、1979年(昭和54年)放映開始の武田鉄矢さん演じるドラマ「3年B組金八先生」の主題歌として、ヒットしたので、なんとなく、教師が卒業していく教え子に対して、教え諭すような、卒業訓話的な歌のイメージがあるのですが、よく歌詞を読めば違うことが分かります。
これから始まる 暮らしの中で
だれかがあなたを 愛するでしょう
だけど私ほど あなたのことを
深く愛した ヤツはいない
僕は死にましぇ〜んっ!
武田鉄矢さんが出演したドラマ「101回目のプロポーズ」に出てくる有名なセリフです。
急死した婚約者のことを忘れられない彼女(浅野温子さん)に、見合い相手の冴えない中年男性(武田鉄矢さん)が、トラックの前に飛び出して、命がけで、「僕は死にましぇ〜んっ!」と叫ぶシーンはかなり印象的でした。
改めて「贈る言葉」の歌詞を見ると、これにも、かなり強引なセリフ回しがあるんですね。(笑)
私ほど深く愛したヤツはいない、と断定しているのですが、これほどまでに、断定できる自信と根拠は、いったいどこからくるのでしょうか。
咲き誇る桜花でさえも、夜半の嵐に散り急ぐことがあるように、命あるものの定めとして、僕は死にません、などとは決していえるものではありません。
おそらくは、その思い上がりと軽薄さが、気付かぬうちに、恋の致命傷となるのでしょう。
しかし、実際、それが限りなく嘘に近い大袈裟な言い回しと分かっても、ここまで言われたら、決して悪い気がしませんから不思議です。
だから、ともかく、理屈や真実は別にして、最後の「贈る言葉」としては、こんな風に言い切るのがいいのでしょう。
そして、その言葉を受け取る方も、それを素直に受けとめて、微笑みかえすだけでいいでしょう。
それが相手に対する最後の優しさです。
遠ざかる影が 人混みに消えた
もうとどかない 贈る言葉
もし遠ざかる影に、その言葉が、とどかなかったとしても、そんな言葉を贈ったというあなたの優しさは、きっと明日のあなたには届いているはずなのです。
「海援隊」は、武田鉄矢さん、中牟田俊男さん、千葉和臣さんの3人グループで、1971年(昭和46)年、博多で結成、その後、武田鉄矢さんが映画やテレビドラマの役者となって、1982年(昭和57年)解散、しかし、その後、復活、再結成して活躍されています。
もちろん、「海援隊」の名前の由来は、幕末、坂本竜馬らが長崎で組織し、貿易・海運に従事しながら倒幕を企図し、西国諸藩、特に薩長両藩のために物資の輸送や西洋の武器・船舶の輸入などに当たった組織の名称からです。
(初稿2005.3 未改訂) |