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思えば遠くへ来たもんだ」―海援隊

幕末の尊攘討幕派の志士に、坂本竜馬という人がいます。
坂本竜馬は、剣豪と呼ばれる千葉周作に剣を学び、また勝海舟からは航海術を学ぶとともに、西郷隆盛らと、薩長連合を策して、大政奉還を成功させました。
まさに文武両道に秀でた人物です。
しかし、道半ばにして、京都の近江屋で、中岡慎太郎とともに刺客に暗殺されました。
土佐藩出身である彼の銅像が、高知県桂浜に、太平洋を見下ろすように建っています。

坂本竜馬らが結成した結社の名前が、海援隊で、もちろん、武田さんの海援隊の名前の由来でもあります。

  踏切りの側に咲く コスモスの花ゆらして
  貨物列車が走り過ぎる そして夕陽に消えてゆく

線路ぎわに咲くコスモス…なぜか、イメージが湧きませんか。
そんな風景を見たような記憶がありませんか。
日本人の心の中の原風景のような気もします。
ひょっとして、旧国鉄は、貨物列車に、コスモスの種を付けて、全国にばら撒いていたのでしょうか。(笑)

  十四の頃の僕はいつも 冷たいレールに耳をあて
  レールの響き聞きながら 遥かな旅路を夢見てた

残念ながら、都会で生まれ育ったシティボーイ(あくまで自称(笑))のぼくには、レールに耳をあてるといった経験がありません。
鉄道というものは、都会では、ビルの谷間の高架の上を走るか、地下にもぐっていますから。
おそらく、こんなことができるのは、地方ローカル線の、しかも単線の区間でないとできないでしょう。
過密ダイヤの大阪環状線(東京で言えば山の手線かな)で、そんなことすれば、旅路を夢見るどころか、そのまま天国に旅立って、二度と目覚めることはなくなるでしょう。(笑)

  思えば遠くへ来たもんだ 故郷離れて六年目
  思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

故郷を離れた経験がないのですが…、なぜか、じ〜んときます。
ひょっとして、この故郷というのは、生まれ育った土地のことではなく、まして武田鉄矢さんのヒット曲「母に捧げるバラード」の歌詞にある母親のことでもなく、自分自身の過ぎ去った日々たちのこと、過去たちのことなのかもしれません。
そうであれば…、嗚呼やはり…、思えば遠くへ来たもんです。(笑)

  二十歳になったばかりの僕は 別れた女を責めながら
  いっそ死のうと泣いていた 恋は一度と信じてた

死のうとまでは思いつめなくても、恋に破れた当座は、二度と恋などしないし、またできない、と思うものです。
恋が決して、一度きりのものでないことは、何度目かの恋を経験して分かることですね。
でも恋は一度きりと、思いつめていた昔の自分の姿が、妙に懐かしく、そして愛おしく思えてきたとしたら、やはり、それは…。

  思えば遠くへ来たもんだ 振り向くたびに故郷は
  思えば遠くへ来たもんだ 遠くなるような気がします

都会の雑踏の中で、ふと立ち止まり、故郷のことを思う。
どうして俺は、ここにいるのか。
どこへ私は、行こうとしているのか…と。

  思えば遠くへ来たもんだ ここまで一人で来たけれど
  思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

いずれにしろ、旅路は遠く、果てしなく…。
ため息混じりに出る言葉は…、思えば遠くに来たもんだ…。

(初稿2000.9 未改訂)



思えば遠くへ来たもんだ

作詞 武田 鉄矢
作曲 山木 康世

踏切りの側に咲く コスモスの花ゆらして
貨物列車が走り過ぎる そして夕陽に消えてゆく
十四の頃の僕はいつも 冷たいレールに耳をあて
レールの響き聞きながら 遥かな旅路を夢見てた

思えば遠くへ来たもんだ 故郷離れて六年目
思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

筑後の流れに 小ぶな釣りする人の影
川面にひとつ浮かんでた 風が吹くたび揺れていた
二十歳になったばかりの僕は 別れた女を責めながら
いっそ死のうと泣いていた 恋は一度と信じてた

思えば遠くへ来たもんだ 今では女房子供持ち
思えば遠くへ来たもんだ あの頃恋しく思い出す

眠れぬ夜に酒を飲み 夜汽車の汽笛聞くたびに
僕の耳に遠く近く レールの響きが過ぎてゆく
思えば遠くへ来たもんだ 振り向くたびに故郷は
思えば遠くへ来たもんだ 遠くなるような気がします

思えば遠くへ来たもんだ ここまで一人で来たけれど
思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

1975年(昭和50年)
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