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「大空と大地の中で」―松山千春

北海道…というと、「少年よ、大志を抱け(Boys, be ambitious!)」のクラーク博士のいた札幌農学校(現:北大)を連想し、そして札幌はというと、ビールと雪まつりと、冬季オリンピックを連想する方などは、やはり同時代を生きた方たちでしょうか。(笑)
おっと、生きたという過去形でなく、まだ生きておられますよね。(笑)

さて、冬季オリンピックといえば、1968年(昭和43年)、フランスのグルノーブルで開催された冬季オリンピック大会は、純白の雪の中で競われた競技とともに、フランシス・レイさんの名曲『白い恋人たち(13 JOURS EN FRANCE)』のラブソングと言っても遜色のない甘くせつないメロディーが印象的でした。

その『白い恋人たち』の余韻が残る4年後の、1972年(昭和47年)に、日本で初めての冬季オリンピックが、当時、冬季大会史上、もっとも南に位置した北海道の札幌市で開催されました。
テーマ曲は、トワ・エ・モアさんの『虹と雪のバラード』、これも綺麗なメロディーでした。

ところで、1998年(平成10年)に開催された長野冬季オリンピックのテーマ曲…って、なんでしたっけ?覚えていますか?
昔のことは鮮明に覚えているのに、最近の事は忘れる…っていう症状は、結構、危ないんですよね。(笑)

さて、話を戻して…、昔通りに…戻ります。(笑)

当時、この札幌冬季オリンピックのテレビ中継を熱心に観ながら、子供の頃、あまり遠くに旅行に行った事のないぼくは、特にスキーなどのウインタースポーツに興味があったわけでもないのですが、この曲をバックに映し出される北海道の広々とした真っ白な風景に、あこがれたものです。

もっとも、最近は、その真っ白な風景も、あの疑惑の雪印問題と、あの疑惑の北方領土問題で、少しくすんだしらけた白の感じになりましたが…(苦笑)

   果てしない大空と広い大地のその中で
   いつの日か 幸せを
   自分の腕でつかむよう

果てしない大空と大地の中で…。
北海道を旅すると、狭い日本…なんて言葉は、ほんとに果てしない大空と大地の中で、沈黙してしまいます。

   歩き出そう 明日の日に
   ふり返るには まだ若い
   ふきすさぶ 北風に
   とばされぬよう とばぬよう

歩いてみたらなおさらなんでしょうが、車で縦断や横断ドライブしただけでも、北海道の広さは実感できます。
函館から札幌、小樽をマイカーでドライブしたことがありますが、その広さは地図上からイメージした想像以上でした。

そして、なにより北国の道路は広い…。
特に夏の季節にメインストリートを走るとそう感じます。
銀杏並木とビル街のない御堂筋って感じです。(笑)

人や車の数に比べて、なんでこんなに道路が広いのかな?、という疑問は、雪の季節に行くと、氷解します。…まぁ、雪の季節に氷解するというのも変なんですけどね。(笑)

雪なんて滅多とは降らず、たとえ降って、積もったとして一日で消えてしまう大阪育ちのぼくには、想像できないことでした。
道路は雪かきしたあとの雪の置き場所だったんですね…。
春までには、道路の端は、雪の壁になるんですね。

   こごえた両手に 息をふきかけて
   しばれた体を あたためて

しばれる(凍れる)、という言葉は、妻の実家(青森)に初めて行ったときに、義兄と酒を酌み交わしながら、「今夜はしばれるっしょ」と言われて、返答が遅れて、「しばれるって分かる?、とても寒いってことなんだよ。」と言い直されたことが記憶にあります。

松山千春さんのこの歌で、「しばれる」という言葉はすでに知っていたのですが、北海道地方の言葉だと思っていて、東北地方では、「しばれる」は、どんな意味なのかと、一瞬考えて返答が遅れたのですが、結局、同じ意味でした。(笑)

北海道というのは全国からの開拓移住の地ですが、札幌などの大都市圏の一部地域などを除けば、やはり、全体的には、東北文化圏の影響が大きいように思います。
そういう意味では、北海道から津軽海峡を経た青森を第二のふるさととするぼくなどは、かなり親しみがもてます。

そういえば、好奇心旺盛なぼくは、妻の実家に戻った時に、「しばれる」ことの実証実験をしたことがあります。(笑)
風呂上りのぬれた手ぬぐいを屋外で振り回せば凍ってすぐに直立する…という話しに、多少、まゆつばと思っていたのですが…。

実際、実験してみると、振り回さなくとも、一回振れば、カチンコチンに、凍り付いてしまって、剣のようになりました。
零下五度以上の世界…しばれるということを実感しました。
横丁の風呂屋に、赤いてぬぐいマフラーにして…などというのは、極寒の北国では考えられません。(笑)
小さな石鹸だけでなく、身体全体がカタカタ鳴ります。(笑)

   生きる事が つらいとか
   苦しいだとか いう前に
   野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

長々と北海道・北国の紹介をしてしまいました…。(笑)

ともかく、生きる事がつらいとか、苦しいとか、天は我を見放したか〜なんて、言ってては、言ってるそばから、凍りますからね。(笑)
まずは歩きだしましょう。

野に育つ花…ということは、温室育ち、つまり乳母日傘(おんばひがさ…これは標準語なんやろうか、関西弁なんやろうか…(^^ゞ ポリポリ)で育った花では無いのならば、逆境、逆風の中で、やはりこの歌詞のように、他力本願ではなく、自分の腕で、自分の力で、弱音を吐かずに、生きていかなければなりません。
うん、そうやろうな〜と自戒を込めて。(笑)

それにしても、この曲の歌詞、引用しながら気がついたんですけど、以上で歌詞の全文を引用してしまってます。
あとはすべてリフレイン(繰り返し)なんですね。
これは、とどのつまり、一番しかないようなものですね。(笑)
まあ、細かいことは言わずに、題名にたがわない、おおらかな曲ということにしまひょか。(笑)

しかし、松山千春さんといえば、少し、へそ曲がりという感じがするのは、足寄町がテレビドラマの「北の国から」で有名な北海道のヘソとも言われる富良野より、東に外れているからでしょうか。(笑)

(初稿2003.1 未改訂)


大空と大地の中で

作詞/作曲 松山 千春

果てしない大空と広い大地のその中で
いつの日か 幸せを
自分の腕でつかむよう

歩き出そう 明日の日に
ふり返るには まだ若い
ふきすさぶ 北風に
とばされぬよう とばぬよう

こごえた両手に 息をふきかけて
しばれた体を あたためて

生きる事が つらいとか
苦しいだとか いう前に
野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

こごえた両手に 息をふきかけて
しばれた体を あたためて

生きる事が つらいとか
苦しいだとか いう前に
野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

こごえた両手に 息をふきかけて
しばれた体を あたためて

果てしない大空と広い大地のその中で
いつの日か幸せを 自分の腕でつかむよう
自分の腕でつかむよう

1977年(昭和52年)
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