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「大阪で生まれた女」―BORO

ジョン・トラボルタ主演のミュージカル映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が、ヒットしたのが、1977年(昭和52年)、その後、日本に「ディスコ・ブーム」が巻き起こります。

猫も杓子もディスコでしたね…、もっとも、猫が踊っているのは、たまに見かけはしましたが、杓子が踊っているのは、当時でも、見たことなかったです。(笑)

そういえば、1983年(昭和58年)にも、ジェニファー・ビールス 主演の『フラッシュダンス』というのもヒットしましたね。

それ以前は、ゴーゴーダンスとか、モンキーダンスとかのブームがあったそうです。(ちょっとこの時代はよく知りません(^^ゞ )

健全な青春時代の想い出としては、フォーク・ダンスというのもあるのでしょうが、これはジャンルとしては、お兄さんたちの青春歌謡の「高校三年生」あたりにまかせましょう。(笑)

いずれにしろ、結局、青春の血と汗と涙を発散させるために、ともかく身体を激しく動かすことが流行るのは、いつの時代でも、同じなんでしょうね。

   踊り疲れた ディスコの帰り
   これで青春も終わりかなと呟いて
   あなたの肩を眺めながら
   痩せたなと思ったら泣けてきた

疲れを知らないのは、子供の特権なんですが、そのすぐ延長線である青春時代も、ある一定の時期が来ると、ある意味、疲れを感じてくるようになり、そんなときが、青春時代の終焉を実感するときだと思います。

もっとも、疲れやすく、その疲れもなかなか取れないようになり、もっと切実に感じるようになる中年以降ともなると、あの頃も、まだまだ若かったんやなぁ〜、と思うものですが。(笑)

そうそう、痩せたなと思ったら泣けてきた…というのは、なにも、ダイエットの効果が出てきて、嬉し泣きをしている…のではない…と、いちおう、念のため、飽食の時代と言われて久しいこの時代ですので、コメントしておきます。(笑)

でも、痩せる…というか、つきあっている相手がやつれた姿になっていくのに気がつくときって、やはり悲しいものがあるのでしょう。

   大阪で生まれた女やさかい 大阪の町よう捨てん
   大阪で生まれた女やさかい 東京へはようついて行かん
   踊り疲れた ディスコの帰り
   電信柱に染み付いた夜

長年住み慣れた街というのは、その街が、魅力があるかないのかに関わらず、愛着というものが生まれます。
そして、生きていく以上は、さまざまな人間模様のしがらみもまた生まれます…。

電信柱に染み付いた夜…う〜ん、なんか、思わず、右足上げて、電信柱に、おしっこしたくなるようなフレーズやなぁ…と、近所の大阪ネィティブの野良犬が申しておりました。(笑)

   辿り着いたら 一人の部屋
   裸電球を点けたけどまた消して
   あなたの顔を思い出しながら
   終わりかなと思ったら泣けてきた

裸電球…なんて、言葉も知らない人が増えたかもしれません。
裸電球とは、かさなどがなくて、コードの先にただ電球がついているだけの簡易な電灯です。

かの大阪を代表する企業、松下電器(National/Panasonic)の創業者の松下幸之助さんは、和歌山県に生まれ、裸電球のもとで、母親がアイロンがけしようとするときに、電球を消して、アイロンをつながなければならない不便さに、二股ソケットを考案したことは、あまりに有名ですね。

まあ、裸電球については、なにも大阪名物ではなくて、南こうせつ(かぐや姫)さんなんかも、赤ちょうちんとともに、いろいろと想い出があるようですが…。(笑)

   大阪で生まれた女やけど 大阪の町を出よう
   大阪で生まれた女やけど あなたについて行こうと決めた
   辿り着いたら一人の部屋
   青春に心を震わせた部屋

1996年(平成8年)に実施された第4回人口移動調査によると、生涯の平均移動回数は3.12回(男子3.21回・女子3.03回)、これまでに居住したことのある都道府県の平均数は2.13でした。
もっとも、これまでに居住したことのある都道府県数が1つのみの人は全体の約4割を占め、一方、3つ以上の都道府県に住んだ経験のある人は全体の3割でした。

進学や就職、そして結婚などで、生まれた町を出て行く人が多い中で、その経験がぼくにはないので、想像するしかないのですが、やはり、相当の覚悟が必要なんでしょうね。
まあ、女性は、島から島へと船で渡ったり、あるいは夜汽車に乗って、お嫁に行く強さがありますからそうでもないのかも。(笑)

   大阪で生まれた女が今日 大阪を後にするけど
   大阪は今日も活気に溢れ またどこからか人が来る
   振り返ると そこは灰色の町
   青春のかけらを 置き忘れた町 
   青春のかけらを 置き忘れた町 

いずれにしろ、青春のかけらを、置き忘れた…というより、置いてきた町というのが、人には、みなあるのか知れません。

2000年(平成7年)の国勢調査人口は、東京都が12,064,101人、大阪府が8,805,081人で、日本の総人口に占める割合では、東京都(9.4%)、ついで大阪府(6.9%)となっています。

しかし、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県など、首都圏と、大阪府、兵庫県、京都府などの、近畿圏を対比させれば、もはや比較すべきもなく、首都圏に一極集中しています。

近畿圏、とりわけその中心となる大阪は、人口集中度合いだけでなく、高度経済成長期以降は、経済的、社会的な、文化的な地盤沈下も激しく、「大阪で生まれた男」であり、大阪をふるさととするぼくも、残念ながら、ひとつの地方都市となってしまったと実感せざるをえません。

ぼちぼちでええけどな、大阪よ、もっと頑張らなあかんのんちゃうの!って思う今日この頃です…。


オンボロ自転車に乗ってたからボロというあだ名を芸名にしたBOROさん、本名、森本尚幸さんは、兵庫県伊丹市出身です。
伊丹市というのは、大阪国際空港のあるところで、兵庫県ながら、大阪府と隣接している地域です。

BOROさん、最大のヒット曲「大阪で生まれた女」は、実は、もともとは18番まであるたいへん長い曲で、大阪などのライブハウスなどで弾き語りで、歌っていました。
徐々に人気が出て、東京に呼ばれて、そのレコード化にあたり、4番と6番を中心に再構成されました。
再構成された曲と、元の歌を比べて見れば、かなりストーリーが違うことに、気がつくと思います。
やはり、東京中心でないと、ラブストーリーにはならず、ヒットしないのかなと、思うのは、大阪人のひがみかな。(笑)

(初稿2003.3 未改訂)


大阪で生まれた女

作詞/作曲 BORO

踊り疲れた ディスコの帰り
これで青春も終わりかなと呟いて
あなたの肩を眺めながら
痩せたなと思ったら泣けてきた

大阪で生まれた女やさかい 大阪の町よう捨てん
大阪で生まれた女やさかい 東京へはようついて行かん
踊り疲れた ディスコの帰り
電信柱に染み付いた夜

辿り着いたら 一人の部屋
裸電球を点けたけどまた消して
あなたの顔を思い出しながら
終わりかなと思ったら泣けてきた

大阪で生まれた女やけど 大阪の町を出よう
大阪で生まれた女やけど あなたについて行こうと決めた
辿り着いたら一人の部屋
青春に心を震わせた部屋

大阪で生まれた女が今日 大阪を後にするけど
大阪は今日も活気に溢れ またどこからか人が来る
振り返ると そこは灰色の町
青春のかけらを 置き忘れた町 
青春のかけらを 置き忘れた町 

1979年(昭和54年)
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■1■
放課後のグランドで待ち合わせて帰る
二人を西陽がつつんでいる
生徒手帳の中の写真が
愛を教えていた
大阪の風をうけて歩いた
まだなにも知らなかった
大阪は二人にとって大きすぎて
怯えるようにながめていた
放課後のグランドで待ち合わせて帰る
風にほこりが笑ってた
■2■
ある日 母が眠った朝
ただとまどっていた二人
すべてがその日から変わりはじめ
男は夢にむかいはじめた
大阪の街を二人で歩き
少し大人を演じていた
大阪の街は二人を見ていた
小さな恋人達を見ていた
ある日 母が眠った朝
小さな男が歩き出した
■3■
卒業をむかえた 3月のある日
二人はもっと愛しはじめ
この愛のくずれることだけが
とても怖かった
大阪でぎこちなく生きていても
夢を見れないと思ってた
大阪を出ることでそれに変わる
夢を手にいれようと思った
卒業をむかえた3月のある日
愛はより深くなった
■4■
踊り疲れた ディスコの帰り
これで青春も終わりかなとつぶやいて
あなたの肩をながめながら
やせたなと思ったら泣けてきた
大阪で生まれた女やさかい
大阪の街 よう捨てん
大阪で生まれた女やさかい
東京へはようついていかん
踊り疲れたディスコの帰り
電信柱にしみついた夜
■5■
男は夢に 立ちむかうけれど
女はまもるものがある
男は壁をのりこえるけれど
女は愛をさがした
大阪で生まれた女やさかい
この街をまもりたい
大阪で生まれた女やさかい
この街で何かをさがしてた
男は夢に立ちむかうけれど
女はまもる愛をみた
■6■
たどり着いたら 一人の部屋
裸電球をつけたげど 又消して
あなたの顔を思い出しながら
終わりかなと思ったら泣けてきた
大阪で生まれた女やけど
大阪の街を出よう
大阪で生まれた女やけど
あなたについて行こうと決めた
たどり着いたら一人の部屋
青春に心をふるわせた部屋
■7■
ひかり32号に乗って 東京へと
涙がとめどなく流れつづけた
街をすてることの涙と
止める言葉をふりきる涙
大阪の街をふりかえると
そこにも夢はあった
大阪の街をふりかえると
そこにも愛は確かにあった
ひかり32号に乗って東京へと
二人きりの夢を持って……
■8■
立教大学の近くの小さな部屋
それが二人の愛のかたまり
夢を追いつづける二人は
現実のすべてを見た
大阪で生まれた女やさかい
負けられへんと思った
大阪で生まれた女やさかい
がんばらなあかんと言いつづけた
立教大学の近くの小さな部屋
何もないけど輝いていた
■9■
学生達でにぎわうこの街に
似合いもしない二人のくらし
求人広告を目でおいながら
なんとかなるよとつぶやいた
大阪で生まれた女やもん
夢をもたんとよう生きていかん
大阪で生まれた女やもん
負けられへんそれが口ぐせ
学生達でにぎわうこの街に
今夜小雨の空の色
■10■
今日 西口のロータリーでのもめごと
警官が学生を追いかけてた
生きることに必死の二人には
馬鹿げたことだと思えた
大阪で生まれた女にとって
夕焼け色のビルは喜び
大阪で生まれた女にとって
明日を感じる何かがほしい
今日 西口 ロータリーでのもめごと
テール・ランプに揺れる人影
■11■
あつい日々を生きてた二人
夢は現実にくずれ去ろうとする
苦しみの中で二人の愛だけが
ただ一つの本当のこと
大阪で生まれた女にとって
喜びはどこにあるのだろう
大阪で生まれた女にとって
悲しみはどこにあるのだろう
あつい日々を生きてた二人
愛しか信じるものはなかった
■12■
ゆうべ二人の部屋に届いた手紙
つらいメッセージだった
そんな暮らしをはやくやめて
大阪へ帰れと言っている
大阪から飛び出した若い二人は
とまどうばかりだった
大阪から飛び出した若い二人は
この街で怯えていた
ゆうべ届いた手紙に
目をふさぐ二人がいた
■13■
なすすべもなく眠る人よ
あなたの夢は終りじゃない
現実にくずれ去ることよりも
現実を生きてほしい
大阪で生まれた女が今日
東京を一人 出て行く
大阪で生まれた女が今日
生まれた街へと帰って行く
なすすべもなく眠る人よ
自分をこわさないでほしい
■14■
扉をあける 扉をしめる
きしむような 音がする
心に扉があったら
二人の扉に鍵がかけられた
大阪からの手紙はやがて
色あせた悲しみに変わり
大阪からの手紙はそして
色あせた人生の事実となった
二人には好きな人が出来
やがて大人の扉をあけた
■15■
やがて愛する子供が出来
あの青春を思い出す
やがて愛する子供が出来ても
あの日々は消えない
大阪はめまぐるしく変わって行く
時代を創る人達の手で
大阪を変えて行く時代の中で
あなたのうわさを聞くことがある
ここで愛する子供が遊んでいる
あの日の思い出にありがとう

■16■
最後の手紙
夢をつかんだ人へ
すばらしい人生を創る人よ
あなたがくれた日々に乾杯
大阪は今日もあの日のまま
あなたの青春が残っている
大阪は今日も活気にあふれ
又どこからか人が来る
最後の手紙
夢をつかんだ人へおめでとう
大阪で生まれた女より
大阪で生まれた女より
■17■
すべてをつつむ力があれば
愛は終わらない
たとえばあの陽のように
すべてをつつめば……
そこに 街があり人が住む
そこに 川が流れ、鳥が舞う
そこに 小さなアパートがあり
そこに 永久の愛があるかも知れない
でも それを
大人達は知らない
■18■
青春は何かを
つかもうとする時
ゆがんだ正義を
つかまされもする
それを否定することは出来ない
たとえ小さな過ちでさえも
それは小さな二人の
愛のせいではなく
青春そのものが
ゆれ動く時代

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