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「海を見つめて 」―松山千春

海をみたいと思うことがあります。
海をみたくなるときが確かにあります。

えっ、この文章、どこかでみたような文章ですって?
きっ、気のせいじゃないですか。

えっ、確かにみたって?
あっ、探さなくていいです、確かにあります。(笑)

う〜む、ごまかせかなると思いましたが、みなさん、まだまだ記憶力はお達者みたいですね。(笑)

改めまして…、でも、やはり…。(微笑)

海をみたいと思うことがあります。
海をみたくなるときが確かにあります。

でも、海をみたい、というより、海のある風景に会いに行きたいなあ、なんて思うんでしょうね。

なぜでしょう。

赤ちゃんが、お母さんのお腹の中にいるとき、赤ちゃんは、地球に初めてできた時の海水の成分に近いといわれる羊水という水の中で育つそうです。

海でいのちが生まれたからでしょうか。
海はいのちのふるさとだからでしょうか。
みんな海から生まれてきたから、ということでしょうか。

   さざ波は束の間の安らぎに似て
   何もかも優しさに包まれてしまう

ところで、波というのは、風の力によっておこる水面の起伏運動のことですが、風によって発達しつつある波を風浪といい、風が収まって水の粘性によって減衰しながら伝わっていく波をうねりと呼びます。

この風浪とうねりを総称して、波浪と呼び、天気予報でおなじみの波浪注意報や波浪警報となりますが、注意報や警報が出るような波浪は、ときとして重大な災害をもたらすような場合もあります。

一方、天気晴朗な日のおだやかな波浪は、さざ波と呼ばれ、細波、小波、または漣と書きます。

細波は、細雪(ささめゆき)や細石(さざれいし)のように細やかな波、小波は文字通り、大波小波の小さな波、漣は、波の大小というよりは、漣々(れんれん)というように、ゆっくりと、しかしとめどなく流れ続くという意味で使うことが多いのでしょうか。

   僕は海を見ています身動きもせずに
   やるせない日々の中で溜息をつき
   青春のきらめきさえ忘れてしまう

「身動き」を「みうごき」と読むか、「みじろぎ」と読むかで、意味は身体を動かすということでも、ニュアンスはかなり異なってきますね。

日本語の微妙なところですが、もちろん、ここでは、みうごきもせずに、と読みます。

身動きもせずにということから、身体がフリーズしちゃったのでしょうか。
それとも、金縛りにでもあったのでしょうか。

館長先生が診察してみましょうか。

女性の方は、上着のボタンを外して、胸を開けてみせてくださいね。
あっ、40代以上の方は、そのままで結構ですよ。
問診で済ませますから。(笑)

男性の方は、レントゲン室に直行して、バリウムでもチビチビと飲んでいてください。(笑)
つまみは鼻でもつまんでいてね。(笑)

なんか、あ〜あまた親父ギャグのネタかという、溜息が聞こえてきそうなので、お医者さんごっこは、このへんにしときまひょか。(笑)

ところで、さざ波の立つ水面がキラキラときらめいて美しくみえるのは、日差しが乱反射するからですね。

青春時代が、きらめいてみえるのは、実は乱反射のせいかもしれません。

自身が荒削りなものだから、一定方向からくる光も、さまざまな方向に、反射散乱させてしまうから、きらめくのかもしれません。

年とともに表面が滑らかになると、反射も一定となり、落ち着いてきたというか、くすんだというか、光沢もつやもなくなってきたというか。(笑)

まあ、物理的には反射には屈折率も影響すると思うのですが、記憶がすでに屈折しているいまとなっては、これ以上、考えないことにします。(笑)

興味のある方は、こんど海をみつめたときに、考えてください。(笑)

   荒波は一時の情熱に似て
   押し寄せるときめきが砕け散るようだ

荒波というと、波の荒い海、荒海を想像し、それから、次の句が出てきますね。

     荒海や 佐渡によこたふ 天河
              「おくの細道」-松尾芭蕉

もちろん、この句は天の川が出てくるところから、七夕の頃の句なんでしょうが、確かに、見た目には、太平洋は穏やかな海のような感じがして、日本海は荒々しい海というイメージがありますね。

ビジュアルだけてなくサウンドとしても、太平洋や瀬戸内海などでは、海から聞こえてくるのは、潮騒という明るいイメージなのに、荒海では、海の方から鳴り響いてくる遠雷のような低い響き、すなわち海鳴りというイメージがしますね。

荒海に、さらに北の方の海という要素が加わるオホーツク海ともなれば…、荒波は波立ったままに凍ってしまい、海鳴りも凍(しばれ)て聞こえないのかもしれません。(笑)

   僕は海を見ています身動きもせずに
   限りない日々の中でしがみついて
   燃え尽きる時を求め彷徨い歩く

でも、やはり海ってどこか魅かれるものがあります。

えっ、マスター(館長)が海に魅かれるのは、マスター(館長)の前世が、港、港の女を渡っていったからちゃうのって…って、その話しは、もういいの。(笑)

しかし、包み込んでくれるような静かな海も、頬を打たれるような荒々しい海もいいものです。

想い出のなかのさわやかな海も、悲しくなるような海も、どこか懐かしい気持ちにさせる海もいいですね。

海を見てみましょう。

かもめが飛んでいる朝の海でも、ひき潮の昼の海でも、漁り火が輝く夜の海でも、海鳴りの激しいときの海でも、いつでも海はどこまでも広がっています。

海の広さを実感してください。
生きるのが下手な自分がちっぽけに思えて、抱えきれないほどの悩みや苦しみをもてあましていても、海はそれをすべて受け入れてくれるはずです。

なぜならそれは、あなたも、僕も、みんな海から生まれてきたからなんです。

そして、きっと、あなたの心の中にもきっと、すべてを包み込む広い広い海が広がっているのです。

海をみつめてください。

そして、やがて海に帰るときまで、燃え尽きるまで、寄せては返す波なんか気にせずに、少し濡れたってかまわずに、どこまでも彷徨い歩いていきましょう…。



この曲は、「恋」、「長い夜」、「人生(たび)の空から」、「ふるさと」など、松山千春さんの初期の頃の代表曲を集めたいわゆるベストアルバム「起承転結 II」に収録されています。

松山千春さん、1955年(昭和30年)12月16日生
まれ、北海道足寄郡足寄町出身、血液型O型。

松山千春さんの曲には、よくオホーツクの海が出てきますが、足寄からオホーツクの海を見るには、自転車で気楽に行けるような距離にはないようです。

足寄町のHPによれば、足寄町は、札幌から280km、旭川から165km、函館から520kmの距離にあるそうです。

ちなみに、東京と大阪間の距離は、410kmですから、やはり、北海道はでっかいどぉ〜〜〜。(笑)

ついでに、大阪府の面積が1893平方kmで、足寄町の面積は1408平方kmですから、もし、大阪府に足寄町が引越ししてきたら、大阪府の4分の3が、足寄町になるべ、やんか。(笑)
(初稿2006.9 未改訂)


海を見つめて

作詞/作曲 松山千春

さざ波は束の間の安らぎに似て
何もかも優しさに包まれてしまう
僕は海を見ています身動きもせずに
やるせない日々の中で溜息をつき
青春のきらめきさえ忘れてしまう

荒波は一時の情熱に似て
押し寄せるときめきが砕け散るようだ
僕は海を見ています身動きもせずに
限りない日々の中でしがみついて
燃え尽きる時を求め彷徨い歩く

限りない日々の中でしがみついて
燃え尽きる時を求め彷徨い歩く

1980年(昭和55年)
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