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雨は、大気中に含まれる水蒸気が、上昇気流に乗って、上空で冷えて凝結して、細かな水滴となり、それが雲となって、さらに雲の中で大粒になって、雨として地上に落ちてくるという自然現象です。
日本は、世界的にも降水量の豊富な多雨地帯にあり、四季がはっきりしており、梅雨や台風のもたらす降雨により、雨とも縁の深い土地柄です。
山間部であれ、海岸部であれ、また都市部であっても、それは一緒です。
ただし、同じ雨であっても、雨の情景はやはり異なってきます。
車のワイパー透かして見てた
都会にうず巻くイリュミネーション
くちびる噛みしめタクシーの中で
あなたの住所をポツリと告げた
ところで、世界で初めて自動車にワイパーを装備したのは、フランスの自動車メーカーのプジョー(Automobiles Peugeot )とされていますが、このワイパーの特許が1920年(大正9年)に切れると、ほとんどの自動車に標準装備されるようになったといわれます。
最近は、ガラス面に撥水剤を塗布(コート)するノンワイパー方式も普及していますが、やはり低速走行のときや、雨量が多いときなどは、機械式のワイパーが必要です。
客待ちのタクシーの運転手がフロントガラスやワイパーを掃除している姿を見かけますが、確かに、長時間の運転には、都会のネオンやイルミネーションに、フロントガラスに付着した油膜がぎらつくのを防止して、安全運転のための良好な視界の確保のために必要なんでしょう。
さて、都市部でなければ、タクシーというのは、呼ぶものであっても、拾うものではないようですが、雨の日は確かに乗車率が高くて、タクシーも拾いにくいものです。
かって東京都内の某所の公共のセンターの建物を出ると、雨が降っていて、タクシーを拾おうとすると、空車なのに、手を上げているこちらをちらっと見ているように見えるのに、何台も止まってくれないこともありました。
やっと止まってくれた運転手さんに聞くと、あのセンターからのお客さんは、たいてい近くの駅前までというお客さんが多くて、タクシーにとっては、距離が伸びないので気がつかない振りして通り過ぎたのではということ、気がついていたら、乗車拒否したということになるから、気がつかなかった振りをするということでした。
大阪でも、繁華街の客待ちタクシーに近寄ると、ドアは開けずに、窓を開けて、行き先を聞いて、ごめん悪いれけど、方向が違うさかい、よそのタクシーに回ってくれへんかということがよくあり、乗せてくれた他のタクシーの運転手さんに聞くと、方向よりも近い距離やからや、実際は乗車拒否やで、通報したったらええねんといって、笑ってました。
ところで、なにかといつもはド派手さが強調される大阪ですが、タクシーの車の色だけは、黒か、黒っぽい色で、かなり地味になっており、東京や他都市のタクシーの色が、やたらとカラフルなのは、面白い対比ですが、同じ料金ならハイヤー並みに高級感がある方という実利主義、平たくいえば、がめつさでしょうか。(笑)
ガラスを飛び去る公園通り
あなたと座った椅子も濡れてる
さっきの電話で あなたの肩の
近くで笑った女は誰なの?
ちなみに突然の雨に、公園の公衆電話ボックスで何度か雨宿りしたことがあります。
もちろん電話をかけて、傘をもってきてもらったり、待ってもらったりしてもらうためですが、小ぶりになるまで、公衆電話ボックスで雨宿りするのです。
ところが、最近は、そんな公衆電話ボックスどころか、駅や店内などの公衆電話すら、探すのが難しくなりました。
総務省の設置状況の調査では、2000年(平成12年)に、73万台あった公衆電話は、2010年(平成22年)には、28万台に減り、およそ3分の1になっています。
もちろんこれは、携帯電話の普及率とともに減少したことは明らかです。
また、公衆電話や固定電話のように、電話の設置場所が固定化されていませんから、どこで電話をかけているかも分かりにくくなっています。
もっとも携帯電話では、メール機能や着受信の記録機能、現在地を測定するGPS機能も標準装備されていますから、これはまたこれで、便利というか、親切というか、大きなお世話というか、そんな風に感じる人もいるでしょう。(笑)
あのときに、携帯電話があれば、なんてことも考えることもありますが、あればあったで、また違った状況や情景とはなったでしょうが、やはり移ろいゆく季節ともに、心も移ろっていくことには、変わりはなかったでしょう。
季節に褪せない 心があれば
人ってどんなに幸福かしら
ライトに浮かんで流れる傘に
あの日の二人が見える気もした
イルミネーションが動くわけでも、公園通りが飛び去るわけでも、傘が流れているわけでもなく、もちろん動いているタクシーの窓ごしの風景が移り変わるからです。
夏の風物詩、俳句の季語にも使われる、走馬灯というのがあります。
走馬灯というのは、影絵が映し出された影絵がゆっくりとくるくると回っている仕掛け灯篭のことで、回り灯篭ともよばれます。
走馬灯の仕掛けは、内側に光源ともなるろうそくにより暖められた空気が上昇気流となって、内側に取りつけた風車を回して、外側に影絵を回転して映し出すというものです。
めぐりめぐるモノクロームの影の映像が、死ぬ瞬間といいますか、臨死体験といいますか、人の脳裏に、過去の一生の思い出がフラッシュバックし、よきることが報告されてから、これを走馬灯現象または走馬灯体験といいます。
医学的に諸説があり、また解釈や仮説も多様にありますが、いずれにしろ、体験は体験として、ときに人生観も変えてしまうことがあるようです。
まさしく人の世にある恋愛等の出来事においても、それが終わるときには、そのようなことが起こるのかもしれません。
愛はこんなに辛いものなら
私ひとりで生きてゆけない
愛がこんなに悲しいのなら
あなたの腕にたどりつけない
愛が昨日を消して行くなら
私明日に歩いてくだけ
いずれにしろ、始まりがあれば、終わりがあるものです。
それはすべてのものにいえるもの。
走馬灯は、中に灯されたろうそくの火が消えるときに、中の影を映し出している円筒は回るのを止めて、そして影を映し出すのも止めるものです。
思いというものが断ち切れない、まだ熱がこもっているうちは、難しいものです。
しかし、その思いや情熱がやがて現実と向き合って、必ず冷めていきます。
September rain rain 九月の雨は冷たくて
September rain rain 思い出にさえ沁みている
September rain 九月の雨は冷たくて
September rain rain 九月の雨の静けさが
September rain rain 髪のしずくをふるわせる
September rain 九月の雨の静けさが
September rain rain 九月の雨は優しくて
September rain rain 涙も洗い流すのね
September rain九月の雨は優しくて
そう、九月の雨も、雨は雨に違いはありません。
そして、雨にやまない雨はない、のも間違いはありません。
太田裕美さん、1955年(昭和30年)1月20日に、東京都荒川区に生まれ、埼玉県春日部市にて育ちました。本名は 福岡弘美さんで、旧姓は太田弘美さんです。
太田裕美さんは、1975年(昭和50年)12月にリリースした、「木綿のハンカチーフ」が大ヒットし、続いて「赤いハイヒール」もヒットして、そして、この「9月の雨」の3曲が代表的なヒット曲となり、いずれも、作詞は松本隆さん、作曲は筒美京平さんです。
また、オリジナルだけでなく、伊勢正三さんの「君と歩いた青春」や、大滝詠一さんの「さらばシベリア鉄道」などもカバーされてヒットしました。
逆に、太田裕美さんの曲をカバーされているアーティストもたくさんいます。
やはり、名曲はこころに沁み入るものがあるからでしょうね。
ところで、今回、雨のときの上昇気流の話しからヒントを得て、走馬灯のときの上昇気流の話に関連づけて、走馬灯の思い出の上昇気流が、雨となって、思い出ととともに洗い流すのだというようなことを書いていたのです。
しかし、最近は、走馬灯も、ろうそく式のものはほとんどなく、電池式や電気式になっているとのことで、構想がくずれてしまい、ああ、くずれてしまえ、あとかたもなく流されて行く、愛のかたちって、それは、「みずいろの雨」―八神純子さんでしたね。(笑)
(初稿2012.9 未改訂) |