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「銀の雨」―松山千春

   貴方と暮らした わずかな時間
   通り過ぎれば 楽しかったわ

通り過ぎれば…楽しかった…。

喉元過ぎれば熱さを忘れる…熱いものでも、飲みこんでしまえばその熱さを忘れてしまうように、苦しい事も、過ぎてしまえば忘れてしまう…という、このたとえと同じように、文字通り、煮え湯を飲まされるような、辛く、苦しいことでさえ、通り過ぎてしまえば、楽しく思えるもの…っ、かなっ?(笑)

恋人たちが、いつでも一緒にいたいと思って、暮らした始めた当座の間はともかくも、しばらくすると、惰性に流されて、側にいることすら煩わしくなることも、また恋のひとつの方程式です。

そして、苦渋の選択、別れの意を決して、ふと、振り返ってみれば、楽しいことばかりが走馬灯のように思い出されます。
…ということは、少しも楽しくないと思うときこそが、振り返ってみれば、楽しいときだったと、思えるのものかも…。
かなり、意味深長な言葉です。(笑)

   これ以上私が そばにいたなら
   貴方がだめに なってしまうのね

そばにいて、この人のためなら…などと思う反面、ほんとうに、二人このままでいいのかなどと、自問と反問を繰り返しながら、ふと、だめになっていく相手の姿に気がつく…。
そして、そのだめにしているのが…。ひょっとして…。

   せめて貴方の さびしさ少し
   わかってあげれば よかったのに

人は孤独に生まれて、孤独に死ぬという、哲学的なことを意識せずとも、ひとりのときの孤独よりも、ふたりのときの孤独の方が、より孤独の深淵に近しいものだということを、人は出会いと別れの繰り返しの中で、経験的に知っていくものです。
そして、また、理解しようとすることは大切でも、理解しようとする努力だけで、理解できるとは限らないことも知るのです。

   ごめんと私に いってくれたのは
   貴方の最後の やさしさですね

百の言訳よりも、一つの謝罪…、最近の殺伐とした人間関係の中で、もっとも懸念するのは、こういったやさしさを持ち合わせていない人が増えてきているのでは、と思うことです。
ごめんという、心からの素直な言葉や態度が、その傷つけたものに対する癒しとなり、償いになるという、単純で当たり前の事に、なぜ気がつかないのでしょうか。

   貴方の夢が かなうように
   祈る心に 銀の雨が降る
   銀の雨が降る 銀の雨が降る

別れのシーンに、いつのまにか降りだした雨…。
細く…、細く、そして鈍く輝きながら、降りそそぐ雨…。
その雨に、想い出を重ね、そして、祈りを重ねる。
銀の雨…。

さて、ここに出てくる女性と、おなじく松山千春さんの「恋」に出てくる女性とを対比してみると、結構、興味深いです。
「恋」の女性が、「貴方になんかつまづかないわ」、と、本音を吐露しているのに比べて、「銀の雨」の女性は、「貴方の夢がかなうように」、と、本音よりも建前を優先しているのが分かります。

「恋」の女性は、素直…、そして「銀の雨」の女性は、けな気。
そう言えるかもしれません。
しかし、いずれにしろ、さよならを言われたのは、男性の方だというのは、共通していますが。(笑)

(初稿2002.5 未改訂)


銀の雨

作詞/作曲 松山千春

貴方と暮らした わずかな時間
通り過ぎれば 楽しかったわ
これ以上私が そばにいたなら
貴方がだめに なってしまうのね
いつの間にか 降りだした雨
窓の外は 銀の雨が降る

貴方のそばで 貴方のために
暮らせただけで 幸せだけど
せめて貴方の さびしさ少し
わかってあげれば よかったのに
貴方がくれた 思い出だけが
ひとつふたつ 銀の雨の中

ごめんと私に いってくれたのは
貴方の最後の やさしさですね
いいのよ貴方に ついて来たのは
みんな私の わがままだから
貴方の夢が かなうように
祈る心に 銀の雨が降る
銀の雨が降る 銀の雨が降る

1977年(昭和52年)
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