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「各駅停車」―猫

特急、急行、準急、快速、区間急行などなど、列車にはいろいろ種類があります。
受験や通学、就職や通勤などで、はじめてひとりで、そんな列車に乗ったときのことを覚えていますか。

覚えていますか、と問わせてもらったのは、マスター(館長) 自身が、いつの頃だったろうかと、明確に覚えていないからです。(笑)

いわゆる、分からないことがあったら、人に聞けです。
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、です。
最近は、Wikipedia(ウィキペディア)を調べろ、というのが多いのですが。(笑)

はじめてひとりで、いつ乗ったかは、その人の生まれ育った環境にも寄りますね。
人里離れた辺鄙な土地だと、鉄道路線が近くに通っていなくて、公共交通機関は、せいぜいバスくらいでしょうから、なかなか列車に乗車する機会がなかったでしょう。

夜汽車に乗って嫁いでいった人もそんなに多くはないでしょう。(笑)

しかし修学旅行ではじめて、列車や電車に乗ったという人は意外に多いものです。
ただ団体や集団ですと、乗降は誰かが指示してくれますし、そのあとをついていけば良いのだから、ホームも乗る列車も、あまり意識もしていませんし、記憶も残りません。

家族で、でかける場合にも、子どものときは、親のあとをついていくだけですから、切符すら、どう買ったのかさえ記憶がありません。

しかし、記憶をたどると、マスター(館長) は母方の実家への帰省だったように思います。
小学校の夏休みだったか、仕事のある母よりさきに帰省したときだったでしょうか。
もちろん、途中からいとこたちと合流したと思います。

母方の実家が奈良市内なので、近鉄奈良線をよく利用しました。
これは、我が家の実家が、近鉄上本町駅や近鉄鶴橋駅に近かったためと思います。
近鉄電車は、特急は特急券が必要なので、急行か準急に乗ったように思います。
なお、京阪電車と阪急電車も、特急はありますが、特急料金はありません。

国鉄の関西本線の一区間(:現JR西日本の愛称、大和路線)もたまに利用しましたが、これは、母方の実家の最寄り駅が、国鉄桜井線(現JR西日本の愛称、万葉まほろば線)の京終(きょうばて)という駅で、国鉄奈良駅の一駅先、我が家の実家が大阪環状線に近くて、国鉄天王寺駅での乗り換えも便利だったためと思います。

国鉄は…、当時、急行券のいらない、快速というのが無かったような気がするのですが、このあたりは、いわゆるマスター(館長) は鉄道マニアではないため、よく知りません。

ただ関西本線は、電化が遅かったというより、いまも電化されていない区間があるようですが、マスター(館長) の子どもの頃、新世界の通天閣が見える天王寺駅の近くで、蒸気機関車が走っているのを見て、それまで電車しか見たことのない子ども目には鮮烈に映ったのでしょうか、記憶に残っています。

日本の代表的な蒸気機関車である、SL(Steam Locomotive )のD51(デゴイチ)が関西本線に走っていたのかはチェックしていませんが、おそらくは、各地で蒸気機関車が廃止される直前の最後の現役として蒸気機関車が走っていた頃のことでしょう。

そういえば、明治生まれだった母方の祖父が孫のぼくに、「今日は新しいジィゼルで来んたか」と言っていたことも思い出しました。
もちろん「ジーゼル」は、デーゼル(diesel engine)の機関車のことです。
電化されていない区間は、もちろん電車は走れれませんので、蒸気機関車に代わってデーゼル(diesel engine)機関車が走るようになり、いまでも、ローカル線では多く使われているようですね。

そういえば、「きかんしゃトーマス」という有名な幼児向けTV番組にも、「トーマス」「ヘンリー」「ゴードン」「ジェームス」などの蒸気機関車に対するチョイ悪役として、デーゼル(diesel engine)の機関車の「ディーゼル10」というキャラクターが出てきますね。
「きかんしゃトーマス」も時代背景も考えれば結構、興味深いですね。

   各駅停車の汽車は今
   想い出の街を出る
   僕の笑いがゆがんでいるのは
   降り出した雨のせいじゃない

JRの大阪環状線は、当時は、各駅停車の電車ばかりだったように思います。
これは現在の東京の山手線の状況と同じだと思います。
大阪環状線に、関空快速や大和路快速などが乗り入れしてからは、乗降客の少ない駅などは、止まらない駅もあるようになりました。

ところで、各駅停車とは、行先までにあるすべての駅に停車する列車のことで、例外があるようですが、通常は、普通列車です。
普通列車は、べつに列車が駄々をこねて、各駅に停まって、ぐすぐずしているわけではないのに、鈍行列車と呼ばれることもあります。(笑)
これに対して、止まらない駅がある特急や急行、快速などを優等列車とよびます。
なんとなく、優等生っぽいですね。(笑)

マスター(館長) は、ほとんど市内のターミナル駅しか利用したことがなかったので、駅のホームに入ってきて止まらない、通過する列車があるというのは、新鮮な発見でした

しかし、べつに各駅停車しか止まらない駅の近くに住んでおられる地域の方に、優越感を持って発言しているわけではなく、地球環境に優しい自然豊かな地域に住んでおられるものと思っておりますので、念のため申し上げておきます。
優等生的発言でしたね。(笑)

ちなみに、マスター(館長) は、大阪環状線と東京の山手線を一周した経験があります。
大阪環状線は、営業キロ21.7km、山手線は34.5kmと、約1.6倍です。
山手線は一周するのに1時間以上かかった記憶があります。

大阪環状線だと、大阪駅から京橋駅、森ノ宮駅、鶴橋駅、天王寺駅、弁天町駅、野田駅と、すべて聞きなれていますが、山手線は東京に土地勘がまったくないので、東京駅から有楽町駅、新橋駅あたりまでは、ああ歌謡曲や童謡の歌詞にもあった駅名だなとまだ車内アナウンスも余裕があって聞くことができました。

しかし、浜松町駅、田町駅あたりの駅名で、もうすでに見知らぬ街になり、渋谷駅や新宿駅という知名度のある駅名にほっとしながら、そういえば、不忍池の無縁坂のある上野駅は通り過ぎたのかな、まだなのかな、湯島聖堂の御茶ノ水駅は通らないのかというような感じで、体感的には、もっと長く所要時間がかかったように感じました。

そして、山手線にも乗り飽きてきたので、当時、大阪の電気の街、日本橋(にっぽんばし)と同じようなイメージをがあった秋葉原駅で降りてみようかと思ったのですが、その時、急に雨が降ってきたのが車窓から見えて、傘も持っておらず、途中下車を断念して、結果的に、無事、一周できたと思います。

雨のおかげかもしれません。
まあ雨男は、どこに行っても雨男だったということかもしれません。(笑)
だから降り出した雨のせいじゃない。(笑)

   各駅停車の汽車だけが
   ふりかえることもない
   僕の笑いが ふるえているのは
   消えそうな想い出のせいじゃない

中学生ぐらいから、ぼちぼち、友人たちと出掛けることも多くなり、高校の頃は、京都での大学生活にもあこがれて、受験の下見を口実に京都にもよく行くようになりました。

大阪から、京都への路線としては、JR西日本の東海道線の一部の、大阪駅と京都駅を結ぶJR京都線と、阪急電車の梅田駅と河原町を結ぶ阪急京都本線、京阪電車の淀屋橋駅と三条駅を結ぶ京阪本線があります。

あとは新大阪駅と京都駅のJR東海の新幹線や、近鉄奈良線を経由して大和西大寺駅から京都駅までの近鉄京都線もありますが、大阪から京都まで行くのには、実際、あまり利用しません。

大阪環状線の京橋駅から乗れる京阪本線は、よく乗りました。
京阪の京橋駅は、特急停車駅なので、そこから京都の三条駅まで。
現在は、京阪本線は京都の東福寺駅から三条駅まで、地下鉄と同じように地下を走っていますが、当時は、鴨川の川沿いを走っていました。
桜の季節などは、京阪電車の抹茶色の車体色が一種の風物詩に思えました。

冬は冬で、特急電車の赤色とオレンジ色の暖色系に、なんとなくホッとしたものです。
もっとも、底冷えのする冬の京都盆地をひとりで旅すると、いてつくような感じがします。
京都三条のイノダのコーヒーを飲んでも、ひとりじゃ温まりません。
しかしそれは、降り出した雪のせいじゃない。(笑)

   各駅停車の汽車をおり
   唇かみしめる
   僕の笑いがこおりつくのは
   降り出した雪のせいじゃない

大学時代は、大学が大阪の北部の阪急沿線にあったために、阪急電車を利用して、よく学校の行き帰りに、いや学校に行かずに、京都方面にでかけていました。

阪急電車や京阪電車の各駅停車に乗って、大阪まで帰って来たこともあります。
まあ、いくら物好きであっても、するもんやないなぁ〜、という感想です。
特急などの通過待ちなどで、想定以上に、所要時間はかかります。

各駅停車は、やはり各駅停車。
停車駅は降りる駅であっても、降りずに乗っている駅ではないようです。

でも、各駅停車も、信号が変われば、やがて走ります。
そして、各駅に止まりながらも、最終的には、目的地に運んでくれます。

だから、もし間違って、各駅停車の列車に乗り込んでしまったとしたら…。

乗り違えたことを、くよくよト悔やまずに、あせらずゆっくりと…。
腕時計ではなく、車窓の風景を眺めて、ちょっと居眠りを楽しみながら、たまに薄目を開けて、忙しそうに乗り降りする人たちを見ながら、また夢の続きを…。

各駅停車に乗り続けるのもまた、ひとつの目的地への行き方であり、あるいはまたそれが、人として、スローだけど素敵な生き方のひとつなのかもしれません。



「猫」は早稲田大学のカレッジフォークグループ「ザ・リガニーズ」のメンバーだった常富喜雄さん、内山修さんと、「ジ・アマリーズ」のボーカルだった田口清さんによって結成され、時期によってメンバーは交代していますが、石山恵三さん、大久保一久さんや、御守孝明さんなど、結成されていたグループです。

その後、活動を停止して、新旧メンバーによる一夜限りの再結成などされていましたが、田口さんが42歳で事故で亡くなられたあと、常富さん、内山さん、石山さん、新井さんで再結成し、現在、全国のライブスペースを中心に、活動されているいるようです。

なお、この楽曲の作詞家の喜多条忠さんは、大阪市出身で、大阪府立春日丘高校を卒業し、早稲田大学に入学するも、学費滞納で中退しましたが、かぐや姫の「神田川」は、大学時代の同棲生活をもとに作詞したということですので、この楽曲もあるいはそんな体験からのものなのかもしれません。

「猫」というグループの存在が、「ニューミュージック」という言葉を生みだしたという説もあるくらい、カレッジフォークを源流にして、フォーク風でもあり、ロック風でもあり、ポップス風でもある、先進的な「猫」サウンドですから、原曲を是非聞いてみてください。

マスター(館長) も、いつもどおり、いい加減なMIDIアレンジなんですが、一所懸命に走る、けれど鈍行である各駅停車が走っていくさまをイメージしながら、汽笛が聞こえるような、窓に流れていく雨の音やちらつく雪の音が聞こえるように、MIDIを構成してみました。

また、猫のメンバーであった御守孝明さんは、この楽曲がヒットしたときは、すでに他のグループを結成されていたようですが、現在も、神戸市灘区でLive&Cafe ommori猫というライブハウスをなさっており、有り難いことに、青春音楽館にもご来館されて、青春音楽館の掲示板に、御守さんご自身がご投稿してくださったことがありました。

(初稿2012.10 未改訂)


各駅停車

作詞 喜多条 忠
作曲 石山 恵三

あのひとと もう二度と
旅をすることもない
窓に頬あてて さよならを言った

 各駅停車の汽車は今
 想い出の街を出る
 僕の笑いがゆがんでいるのは
 降り出した雨のせいじゃない

鉄橋が見えてくる
あの街が消えてゆく
あのひとの住む街が たそがれににじむ

 各駅停車の汽車だけが
 ふりかえることもない
 僕の笑いが ふるえているのは
 消えそうな想い出のせいじゃない

この駅はさみしくて
おとずれる人もない
なのにただひとり 悲しみのさなか

 各駅停車の汽車をおり
 唇かみしめる
 僕の笑いがこおりつくのは
 降り出した雪のせいじゃない

1973年(昭和48年)
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