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汚れちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
汚れちまった悲しみは
たとえば狐の皮衣
汚れちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる
汚れちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れちまった悲しみは
倦怠のうちに死を夢む
汚れちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れちまった悲しみに
なすところもなく日はくれる
中原中也詩集・山羊の歌より
夭折の叙情詩人、中原中也(なかはらちゅうや)は、悲しみに小雪が降りかかる…と詠った。
そして、浜田省吾は、悲しみが雪のように積もる…と歌った。
君の肩に悲しみが
雪のように積もる夜には
心の底から
誰かを愛することが出来るはず
孤独で 君のからっぽの
そのグラスを 満たさないで
中原が悲しみに翻弄されて、悲しみを持て余しているのに比べ、浜田は悲しみを、前向きな姿勢で捉えていこうとする。
30歳にして生まれたところを遠く離れた異境の地で悲運に果てた天才詩人中原と、当時30歳を超えた天才ロックミュージシャン浜田の人生観の違いや人生模様を、昭和初期と昭和後期の時代を超えて対比させれば興味深い。
誰もが泣いてる(I'm crying for you)
涙を人には見せずに(You're crying for him)
誰もが愛する人の前を(He's crying for her)
気付かずに通り過ぎてく(She's crying for me)
この歌は、浜田省吾さんの母親が危篤になり、意識が戻らないままのときに、広島から次のコンサート会場に向かわざるを得なくなって新幹線に乗っているときに思い浮かんだ曲だそうです。
悲しみの涙の中で、悲しみは、決して自分だけにあるのではなく、車中の他の人にも、車窓から見える人にも、見えない涙を流しながら、みんなに悲しみがあるんだ、ということに気がついたそうです。
君は怒りの中で
子どもの頃を生きてきたね
でも時には
誰かを許すことも 覚えて欲しい
泣いてもいい 恥じることなく
俺も独り泣いたよ
そういえば、浜田省吾さんは、ベトナム戦争でクリスマス停戦というのがあることを知って、それならば1年中クリスマスになればいいのに、それならば、みんなが1年中、人に優しくなれるような気持ちになれるのにと思いながら作ったのが、それが、当時のシングル「悲しみは雪のように」のB面「センチメンタルクリスマス」らしい です。
浜田省吾さんの人柄を示すエピソードですね。
君の幻想 時の中で
壊れるまで 抱きしめるがいい
いずれにしろ、夢や希望を失って、悲しみに打ちひしがれたときこそ、その夢や希望を抱きつづけることが必要なのかもしれません。
悲しみが雪のように積もる夜に……
雪のように積もった悲しみも…やがては消えていく。
降り続く雪も、春の来ない冬もないのだから…。
それにつけても悲しみが雪のように降り積もる「チャップイ」時は、ど〜しても、人のために涙するなんて芸当は凡人にはできず、自分のための涙がちょちょぎれますよね。(笑)
この曲は、もともと、1981年にリリースされていますが、ヒットしたのは、1992年の鈴木保奈美さんや、唐沢寿行さんが演じたテレビドラマ「愛という名のもとに」の主題歌となってからです。
浜田省吾さんの最初のメジャーヒット曲です…というより、若い人の中には、このドラマの主題歌として、浜田省吾をハマショーとして、認知した人も多いはずで、このときのシングルのB面は「愛という名のもとに」という曲です。
ちなみに、中原中也さんは山口県湯田温泉出身、父親の転勤で広島、そして金沢に移り住み、やがて京都の立命館中学へ。
生前は、詩作が評価を得ることのないままに、東京、千葉、神奈川と転々とし、望郷の念を持ちながら、異境の地で没しました。
一方の浜田省吾さんも、 広島県竹原市に生まれ、大学在学中にロックバンド「愛奴」を結成、吉田拓郎さんのバックバンドや、山口県の米軍キャンプで歌い、「路地裏の少年」でソロデビューしました。
(初稿2002.12 未改訂) |