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都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
この歌が流行った、1972年(昭和47年)当時の若者といえば、ちょうど、戦後第一次ベビーブームの時代に生まれた世代です。
いわゆる、団塊の世代と呼ばれるこの世代。
そして、この世代は、数十年の時を経て…、折りしも、激増する中高年者の自殺として…、やはり新聞の片隅に書かれています。
若者たちの自殺、中高年者たちの自殺…、この符合する両者の自殺をどう考えればいいのでしょうか。
自殺ということを、個人の問題として捉えるのではなく、病んだ社会全体の病理現象の問題として、考えることもできます。
そして、この問題は…。
だけども問題は今日の雨 傘がない
…しかし、問題は、やはり、今日の雨と傘がないこと…。
やはり、それに尽きるのでしょうか。(笑)
なんか…自殺という人の死に関することを、こんなふうに「(笑)」文字を付けた文章で続けるのも、かなり、問題があるなぁという気がしないわけでもないんですけど、まあ、とりあえずは、これが雑文の限界と思って読み進んでください。
井上陽水さん、本名、井上陽水(あきみ)、福岡県出身、昭和23年(1948年)生まれ。
いわわる、バリバリの団塊の世代です。
彼は、大学受験に失敗したあと、めげずに、「アンドレ・カンドレ」の名前で、「カンドレ・マンドレ」でデビューします。
この曲名と芸名の相違については、きちんと理解して、サブノートでも作って、押さえておくようにね。
クイズや試験に出るかもしれませんから。(笑)
そして、次には、井上陽水の名前で「人生が二度あれば」で再デビュー、まさしく二度目の人生で、開花です。(笑)
このように開花したのは、やはり、解答を見出しにくい、若者の自殺を問題とせずに、単純明解で分かりやすい、傘がないことを問題として置き換えた、彼一流の前向きな姿勢の賜物、と考えていいのかもしれません。(笑)
もっとも、だからこそ、大学受験では、それでは通用せずに失敗したのかもしれませんが。(笑)
でも、これは受験一般についても言えることですが、解けない問題について、しつこく、こだわり、関わっちゃダメです!
解けて正答できる問題まで、ミスしてしまいがちになりますから。
時間との闘いは、何も、クイズ番組の「タイム・ショック」だけの問題だけではありません。(笑)
そういえば、初代「タイム・ショック」の司会者も…。
まあ、あっさりと、解けない問題は、見限ってしまいましょう。
全問正解をめざすのは、通常の試験では必要ないのです。
以上、音楽館予備校講師からの特別アドバイスでした。(笑)
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
さて、ここで気がつくのは、この歌の構成が、まさしく、日本の伝統的な古典芸能の構成である「序破急」を採用していることです。
冒頭の歌いだしについては、緩やかに、淡々と語るように流れていき、そして次の中間部分は、緩やかだけども意外性を有した破天荒な展開に持っていき、そして、最終章については、急に速くなって、リフレインしながら、シャウトします。
「序破急」そのものですね。
そういえば、団塊の世代から、少し遅れて生まれた松山千春さんの歌なんかは、この「序破急」の構成ではなくて、もっぱら、「起承転結」の構成手法を採っているように思われます。(笑)
なお、このネタの笑いについていける人は、アルフィーの坂崎幸二さんとも対等にお話しできるニューミュージック通です。
NHK-BSから、ゲストとしてお呼びがかかるかも知れません。(笑)
(注:「起承転結」は松山千春さんのアルバムシリーズ名です。)
テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をしてしゃべってる
だけども問題は今日の雨 傘がない
深夜や早朝のテレビに登場して、眉をひそめて、声を荒げて、難しく、深刻そうに我が国の将来の問題をしゃべっている人も、傘がないことの問題に負ける、とは思わなかったでしょう。(笑)
この団塊の世代の人たちは、かって、社会変革を目指した激しい学生運動の中核を担った世代なんですが、ポリティカル(政治的)な人と、ノンポリティカルな人に、極端に分かれました。
でも、確かに、我が国の将来は国民多数に関わる大きな問題であっても、みんなの問題はみんなの責任、個人的な問題は個人の責任、だから、いま、個人的に、傘がなくて困ることの方が、深刻な問題といえるのは確かですね。(笑)
冷たい雨が 僕の目の中に降る
君の事以外は 何も見えなくなる
それはいい事だろ?
しかし、それにしても、冷たい雨が、目の中にまで降ってくるなんて、よほど大きな目なんでしょうね。(笑)
ひょっとしたら、陽水さんのサングラス(-■-■-)の大きさは、目の大きさをカバーしていたのかもしれません。(笑)
でも、なんで、それはいい事だろ?って、聞くのでしょうね。
君の事以外は何も見えなくなる…とだけ、ウソでも、言い切っちゃえば、ウソでも嬉しいのに。(笑)
戦後民主主義のスローガン、男女同権が、まるで流行り言葉のように言われて育った団塊の世代ですから、両性の同意と合意を尊重するということなんでしょうが、一方では、男性側の自信のなさから来る責任転嫁のようにも受け取れます。
いい事だろ?…、いい事よ!って、会話が続いた日にゃ、開かずの踏み切り、渡りたい気持ちになるような気がしますが。(笑)
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない
まっ、しかし、雨にぬれてでも、どこへでも行って下さい。(笑)
行ったことではなく、行くことにこそ、意義があります。
雨にぬれるのがいやだから、親に車で送り迎えしてもらおうか、相手を携帯で呼んで来てもらうか、それとも、キャンセルして、家で独りでテレビゲームでもしておこうか…って言うのが、団塊の世代の子供たちの世代、それよりは、ましかも知れませんから。(笑)
…で、起承転結の結です。(笑)
ともかく、自殺しようとしているあなた!
…って、人がこの音楽館に来ているとは思いませんが。(笑)
まあ何かの間違いで迷い込むこともあるでしょうし…。
とりあえず、呼びかけてみませう。(笑)
ともかく、そこの、自殺を考えているあなた!
あなたに、自殺の大先輩、太宰治の言葉を贈ります。
これを読んでからでも遅くはないでせう。(笑)
死のうと思ってゐた。
ことしの正月、よそから着物を一反もらつた。
お年玉としてである。
着物の布地は麻であつた。
鼠色のこまかい縞目が織り込められてゐた。
これは夏に着る着物であらう。
夏まで生きてゐようと思つた。 (太宰治「晩年」より)
そう…、も少し生きてみませんか。
そう…、やまない雨はない。
そう…、も少ししたら、雨は…。
(初稿2002.6 未改訂) |