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「風を感じて」―浜田省吾

   ブルー レッド イエロー スクランブル交差点

Blue Red Yellow 学生時代、英語が苦手だった人のために、直訳すれば、青・赤・黄です。(笑)

なんて、親切なんでしょうね、このサイト。
国語だけでなく、英語まで、お勉強できちゃいます。
しかも、こんなに親切なのに、なぜか、無料!(笑)

でも、こんな「小さな親切」は、「大きなお世話」とも、いいますから、ご注意くださいね。(笑)

さて、青・赤・黄という、色の三原色を採用しているものといえば、もちろん、シグナル(signal)のことです。
もちろん、このシグナルは、間違っても…

     風に震えるオレンジ色の
     枯葉の舞い散る停車場で
     君と出逢った 九月の午後
     男と女のめぐり逢い
             「二十歳のめぐり逢い」―シグナル

…なんて、歌いませんので、お間違いなく。(笑)

まあ、交差点のシグナル、つまり交通信号機ならば、「通りゃんせ」くらいは、律儀にも、毎回一定間隔で歌ってくれるかも知れませんが。(笑)

もちろん、この信号機の「通りゃんせ」は、かわいいケメくんは歌っていません。

この話題についてこれる人は、青春音楽館に足繁く通われている方と認められますので、是非、お年を召されても、いつでも「通りゃんせ」。(笑)

行きはヨイヨイしながら、いつまでも常連のお札納めに来てください…、でも、帰りはこわくないけど、お年を召されても、天国に召されないようにね。(笑)
まあ、歩行者天国くらいなら召されるかも。(笑)

ところで、交通信号機の色について、Blue Red…って、ハマショウさんは書いていますが、信号機の青信号って、昔は今のような青色ではなくて、もっと緑色ぽっかったのを覚えていますか。

は-い(^O^")/覚えているよ〜と答えたあなた!
多分、あなたは○○才以上ですね。(笑)

つまり、昭和40年代後半から、信号機の青信号が、緑色から青色へと、付け替えが始まりましたから、それを知ってるということは、昭和40年代に○○才…とすると…、えっ、数えんでもええってか?(笑)

ちなみに、信号機の世界標準は、国際照明委員会(CIE)で定められていて、基本的には、交通信号は、緑・赤・黄の三色であり、これに、航空信号の白と青を加えて、五色が規定されています。

しかし、色弱者の方にとっては、赤と緑の区別がつきにくいという理由から、日本では、緑色の範囲とされる色の中で、できるだけ青色に近いものに取り替えられていったのです。

まっ、目に青葉…とか、青によし…とか、青と緑の区別が曖昧な日本語では、ほんとは緑信号なのに青信号と呼ぶことに、まったく抵抗はありませんが、英語では、交通信号機の青信号は「Blue light」ではなく、やはり「Green light」と表記されています。

ところで、信号機の青と緑の違いの分かるナイス・ミドル・エグゼクティブ・スペシャルのあなた!(笑)

多分、そんなあなたは、小学校の通学路の横断歩道で、緑色の制服と、緑か黄色の旗を持った「緑のおばさん」という人がいたことも、知っているはずです。
でも、このおばさんは、「緑のおばさん」から、「青のおばさん」には、変身しませんでしたよね。(笑)

昭和30年代に、東京や大阪などの交通激化の都市部地域から全国に広まった「緑のおばさん」、正しくは、通学路の交通事故防止のための交通指導員制度は、母子家庭などの女性就労支援事業としての位置づけで創設され、昨今の女性の労働環境の変化や自治体の財政状況、また信号機、歩道橋の整備などから、廃止された地域が多いようで、残念ですね。

あっ、べつに残念やいうても、マスター、緑のおばさんに対して特別の思い出があるわけやないです。
そこまで、守備範囲は広くなかったですよぉ。(笑)

まあ、「手を上げて横断歩道を渡りましょう。」の標語が、笑点の座布団運びの松崎真さんの言葉としてしか生き残っていない時代です…。
あの時代は、すっかり遠くになりましたね…。

そういえば、歌詞にあるスクランブル交差点。
この言葉も定着しましたが、設置された当時は若者受けするナウい言葉だったのでしょうね。(笑)

     君はスクランブル交差点斜めに
     渡り乍ら不意に涙ぐんで
     まるでこの町は
     青春達の姥捨山みたいだという
                      「檸檬」 さだまさし

ところで、スクランブル交差点を和英辞典でひくと、「an intersection with diagonal crosswalks」 とあり、直訳すれば、対角線の横断歩道が設置された交差点…となりますが、これは、直訳したら、よけいによく分かりませんね。(^^ゞ

定義としては、交差点内に入るすべての方向の車両を一時停止させ、歩行者がどの方向にも自由に横断できるようにした交差点というらしいんですが、これは百聞は一見にしかず、田舎にいて、見たことのない人に説明するのは極めて難しいです。(笑)

ぼくは、大阪シティーボーイとして生まれ育ちましたので、小学校のときにはもう、実家前の交差点が、スクランブル交差点になっていました。
まあ、おかげで頭の中も、スクランブルエッグ(scrambled eggs)状態に育ったのかも。(笑)

だから嫁の実家近くで、津軽海峡防空識別圏内に侵入した国籍不明機を、三沢米軍基地からスクランブル(緊急発進)する米軍の黒い迎撃戦闘機を見ても、あまり驚かなかったのかもしれません。(笑)

   頭の中 飽和状態 ショーウインドウ
   欲しいものたち ひしめいてる

ぼくは、大阪シティーボーイとして生まれ育ちましたから…って、なんど声を大にして、言っても、実際はとてもシティーボーイには見えないらしくて、シャレにしか聞こえないかもしれませんが。(^^ゞ

でも、人に、都会はおっとろしぃ街だぁ〜、欲望の街だょ〜、怖いべぇ〜〜と言われると、やはりなにか「ふるさと」をけなされたような気持ちがします。

     都会はけっして 人を変えてはゆかない
     人が街を変えてゆくんだ
     人と人との距離が 心に垣根を
     静かに刻みはじめる
                 「距離(ディスタンス)」 さだまさし

都会のショーウィンドウには、確かに欲しいものが、これみよがしに、ひしめくように並んでいます。
これらのものは、田んぼのあぜ道や、田舎の堤防には、並んでいないものばかりです。

大阪シティーボーイのぼくには、田舎の国道沿いの無人販売所に、大根やトマト、ミカンなど、素敵なものが並んでいると思うんですけどね。(笑)

でも、ショーウィンドウの前に立つのは、根っからの都会人であれ、由緒正しき田舎人であれ、同じ人であることには、変わりはありません。
そうそうに、人として違いがあるわけじゃありません。

そして、街はそんな人たちが作ったものです。
街が、人を作るのでも変えるのでもありません。

でも人が、街を作り変えていくことはできます。

この街という言葉を、あなたが住み暮らしている場所や、家庭、職場や学校など、総じてあなたの居場所という言葉に、置き換えてみてはどうでしょう。

おはようと、挨拶をしない街ではなくて、おはようと、挨拶をしない人がいる、街なのです。
その街にも、あなたがおはようと、声をかければ、おはようと、答えを返してくれる人が必ずいます。

すべての人ではなくても、挨拶を交わせる人が、あなたの周りに必ずいるのです。

あなたが動けば、あなた自身が動き出せは、その居場所を、そして周囲を、変えていくことができます。

風が吹いてこないことを嘆くよりも、あなたが動きだせば、風はそこに、自然に生まれてくるのです。

そして、立ち止まらずに、走り出せば、さらに心地よい風を、感じることができるでしょう。

   It's so easy 走り出せよ
   (Easy to be happy) 風の青さを
   抱きしめて 荒野へと まっすぐに Oh yeah

挨拶してくれないからと悩むよりも…、どんな挨拶をしようかと迷い続けるよりも、挨拶をして挨拶が返ってこないかもしれないと恐れるよりも…。

   It's so easy うつろな夢 
   (Easy to be happy) 
   ふり切って 時の流れ飛び越えてゆけ

ほたら、まずは歩き出してみぃへんか。
走らへんでも、ゆっくりでも、足がもつれて、ずっこけても、ともかく、一歩まえへ、進んだらよろしいがな。

ほんで、もっと、気楽に、肩の力抜きまひょうや。
四十肩、五十肩の肩になってもな。(笑)

   自由に生きてく方法なんて
   100通りだってあるさ
   It's so easy, easy to be free

いろんなやり方、試したらええがな。
そしたら、あんさんには、あんさんのやり方っていうのが、かならず見つかりまっせ。
こたえはひとつや、ないんやさかいな。

ほんでな、ぼちぼちとやりまひょ。
せや…、It's so easy, Take it easy.

   It's so easy うつろな夢
    (Easy to be happy)
   ふり切って 時の流れ飛び越え
   まっすぐに Oh yeah…

ほらみぃや、幸せになるのは、なぁんも難しいことあらへんねん、ほんま、やさしいことなんやで。

Are you happy?
I wish you every happiness!


この歌で、ハマショウ、こと浜田省吾さんの存在を知ったという人も少なくないでしょう。
日清カップヌードルのCMソングとして採用されてヒットしたのが、この「風を感じて」です。

日清のカップヌードルは、1971年(昭和46年)の発売ですから、70年代が青春時代の人には、青春時代のおやつ、夜食の友、必須アイテムでした。(笑)

そして、その日清がスポンサーとして提供していたのが、桂三枝さんなどが司会をしていた大阪MBSの人気テレビ番組「ヤングOH!OH!」でした。
斎藤努アナウンサーが、客席を回りながら「ハッピー?」とマイクを向けると、客が「ハッピー!」と答える、まさしく、(Easy to be happy)でした。(笑)

マスターが、なぜこんなに詳しく覚えているのかというと、実は、この番組系列のアマチュアバンドの公開オーディションを従兄と受けて、審査員に誉められながらも、高校生だったために惜しくも落ちた(今となってはそう言っておこう(笑))からなんですが(^-^;

この曲、「風を感じて」は5thアルバム「君が人生の時…」に収録されていますが、当時は、「It's so easy, easy to be free. Easy to be happy」 というフレーズが、なにか、あまりに軽佻浮薄な感じがして、実はあまり好きでなかったのですが、多少なりとも人生を経験するにつれて、このフレーズを素直に受けとめることができるようになってきました。

浜田省吾さん、ぼく自身は、ロック系は苦手な方なんですが、浜田省吾さんは、「路地裏の少年」のデビュー当時から、なぜかサングラスの下に優しい兄貴の目を感じて、バラード系の曲目を中心にして好きなアーティストの一人です。

(初稿2004.4 未改訂)


風を感じて

作詞 浜田省吾/三浦徳子
作曲 浜田省吾

ブルー レッド イエロー スクランブル交差点
しかめっ顔 片手ハンドル ネクタイほどき
素敵な気分は 車輪の下さ
Wow wow wow ho Wow wow wow
化石の街 転がってゆく Oh no,oh no,oh no
It's so easy 走り出せよ
(Easy to be happy) 風の青さを
抱きしめて 荒野へと まっすぐに Oh yeah
It's so easy うつろな夢 (Easy to be happy)
ふり切って 時の流れ飛び越えてゆけ
自由に生きてく方法なんて 100通りだってあるさ
It's so easy, easy to be free

頭の中 飽和状態
ショーウインドウ 欲しいものたち ひしめいてる
緑の草原 アスファルトの下
Wow wow wow ho Wow wow wow
欲望の街 転がってゆく Oh no,oh no,oh no
It's so easy 走り出せよ
(Easy to be happy) 風の青さを
抱きしめて 荒野へと まっすぐに Oh yeah
It's so easy うつろな夢 (Easy to be happy)
ふり切って 時の流れ飛び越えてゆけ
自由に生きてく方法なんて 100通りだってあるさ
It's so easy, easy to be free

It's so easy 走り出せよ
(Easy to be happy) 風の青さを
抱きしめて 荒野へと まっすぐに Oh yeah
It's so easy うつろな夢 (Easy to be happy)
ふり切って 時の流れ飛び越え まっすぐに Oh yeah…

1979年(昭和54年)
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