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ジョニィが来たなら 伝えてよ
二時間待ってたと
待ち合わせ場所というのがあります。
駅のモニュメントの前であるとか、有名な店の前であるとか、人と待ち合わせするときに指定する場所。
全国各地いたるところに待ち合わせ場所になるようなところがあるでしょう。
人それぞれに好きな待ち合わせ場所もあるでしょう。
好きな待ち合わせ場所は聞かれると、本屋さんの前と答えます。
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに
焼くや藻塩の 身もこがれつつ
「百人一首」―藤原定家
待つのが好きなわけじゃないのですが、待たせるのが嫌な性分ですから、早めに行って、本屋さんで立ち読みしながら時間調整をするのです。
本屋さんの前が待ち合わせ場所なら、一時間でも二時間でも、何時間でも待てそうな気がします。
いや、実際、何時間も待ったことがあります。
えっ、そして、それから、どうなったかって?。
まあ、ちょっと待ってください。(笑)
例えば君は待つと
黒髪に霜のふる迄
待てると云ったがそれは
まるで宛名の無い手紙
「まほろば」―さだまさし
私待つわ いつまでも待つわ
たとえあなたが振り向いてくれなくても
「待つわ」―あみん
待てというなら 二千年でも待ちましょう
去れというなら 夕暮れ迄に消えましょう
「桐の花」―さだまさし
まあ、やはり、正直なところは、そんなに長くは待っていられません。
いや、待っていたとしても、そんなときは、実は、ほんとに待っているのは、次に待つべき相手と出会うまでの時間(とき)なのかもしれません。
ところで、むかしは、そんな待ち合わせ場所には、伝言板というのが設置されていました。
伝言板というのは、来ない人へ「今日は帰る」とか、「先に行く」とか、「どこそこの店で待つ」とかの文字と発信時間と発信者の名前を添えた個人的な伝言(メッセージ)を書くための黒板です。
時間が経過すると、古い順に消されていきます。
待ち合わせ場所は、まだありますが、そんな伝言板はすっかりと見かけなくなりました。
おそらく、携帯電話の普及のせいでしょう。
待ち合わせ場所とおぼしき場所で、目と鼻の先にいる相手に携帯電話で通話して、手を振り合っているような体験や光景に遭遇することも多いようです。
多少、アバウトな待ち合わせ場所を指定しても、携帯電話で修正が可能ですし、時間に間に合わないときにも、携帯電話で逐一連絡がとれるし、あるいはメールや留守電での伝言も可能となりました。
そういえば、この頃は本も本屋さんでなく、ネットで買うことが多くなってきましたので、いずれ待ち合わせする本屋さんも消えてしまうのかもしれません。
まあ、しかし、いずれ、みなさん、お年もお年でしょうから、待ち合わせ場所は天国の入り口でってことになるんでしょうか。(笑)
おはつの方も多いでしょうから、そのときの合言葉は、もちろん「青春音楽館」にしましょう。(笑)
おっと、なかなか来ないと思ってたら、誰ですか、地獄の入り口を待ち合わせ場所にしているのは…ってことにならないように、しっかり善行を積み精進してください。(笑)
わりと元気よく 出て行ったよと
お酒のついでに 話してよ
友だちなら そこのところ
うまく伝えて
わりと元気よくというのは、思ったよりも、意外と、元気そうということで、ほんとは元気じゃないのでしょう。
つまりは、空(から)元気なのかもしれません。
空元気というのは、元気ではない状態のときに、無理やりに元気そうにして振舞う、見せかけの元気のことです。
空元気も元気のうち、という言葉があります。
でも、なぜか好きな言葉のひとつです。
空元気は意地っ張りの健気(けなげ)な元気。(笑)
もっとも、病気ではないことを元気といいますから、空元気もほんとに病気ではないことが必要です。
病気であるならば、まず療養に専念すべきです。
病(やまい)は気からといいますが、その「気」が病んでいると、「元」の「気」に戻れるはずもありません。
精神を病んでいるときには注意が必要です。
まずは、その「気」の病いを治すこと。
病気ではないのに、元気が出ない、出せない、そんなときこそが、空元気の出番です。
滋養強壮、栄養補給に、空元気です。(笑)
空元気だなと思いつつ、焦(あせ)らず弛(たゆ)まず空元気を出し続けていると、やがて、その空元気が、ほんとの元気になっていきます。
だから、空元気も元気のうちなのです。
生まれた時に誰もが
抱きしめてきた宝物がある
使えば使うほどに増えてゆく
不思議で大切なもの
右手には溢れる元気
左手には強い勇気
「小さな手」−さだまさし
空元気と分かっていても使ってください。
一歩で良いから踏み出す勇気といっしょに。
そうすれば、いつのまにか溢れる元気と強い勇気を持っている自分に気がつくことでしょう。
いつかはわかりませんが、焦らず弛まずに。
元気と勇気、そして前向きに。
ジョニィが来たなら 伝えてよ
わたしは大丈夫
もとの踊り子で また稼げるわ
根っから陽気に できてるの
踊り子という言葉からは、ノーベル賞作家の川端康成さんの名作「伊豆の踊子」を連想する人もいるでしょうし、○○ミュージックや○○ショーの「踊り子さんには手を触れないでください。」というアナウンスを思い出す人もいるでしょうね。(笑)
○○ミュージックの踊子さんほどに、あけっぴろげに開放的にはなれないにしても、人目をはばからず、というか、人目を引くために踊ろうとすれば、陰気ではつとまりません。
明るく朗らかに、陽気に振舞えば、また人は集まってくるもの、決して陰気で人を呼べません。
しかし、陽気は元気以上に、エネルギーを必要としますから、疲れたら、無理をせずに、元気回復のためにも休むことが肝要となります。
踊り疲れたら いつかは帰るわ
あなたを愛して 気づいたことは
そうネ 私も誰かを 探してること
「踊り子」―下田逸郎
そして、ちょっと休んでみると、動き回っていたときと違う風景が見えてくるときがあります。
今度のバスで行く 西でも東でも
気がつけば さびしげな町ね
この町は
喧騒に満ちた町で、騒々しく動き回っていたときには気がつかなかった町並みのさびしげな景色が、電信柱にしがみついているように取り付けられた街路灯に照らし出されて、浮かび上がります。
踊り疲れた ディスコの帰り
これで青春も終わりかなと呟いて
あなたの肩を眺めながら
痩せたなと思ったら泣けてきた
「大阪で生まれた女」―BORO
浮かび上がってくるのは、これまで過ごして来た日々かもしれませんし、未来の姿かもしれません。
答えを出さずにいつまでも暮らせない
バス通り裏の路地 行き止まりの恋だから
「踊り子」―村下孝蔵
答えを出さなくてはいけない時間(とき)。
時の過ぎ行くままにこの身を任せ
男と女が漂いながら
もしも二人が愛せるならば
窓の景色も変わっていくだろう
「時の過ぎ行くままに」−沢田研二
そして、最後の時間(とき)。
サイは投げられた もう出かけるわ
わたしはわたしの 道を行く
「サイは投げられた」は、正しくは「賽は投げられた」で、ポンペイウスと争ったユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が軍隊を率いて、ローマに攻め入るために、ルビコン川を渡る時に言った言葉とされます。
「ルビコン川を渡る」、あるいは「乾坤一擲(けんこんいってき) 」も同じ意味で、勝算や成否はともかく、決心して行動を開始したら、もう引き返せず、ただ前に進むだけしか許されないという意味合いです。
よく使われますが、難しい言葉でもあります。
「わかったわ、ジョニィが来たら、伝えたらええんやね。サイは投げられた、もう出かけるわ、っていうんやね、…ちょっと、あんた、うちがいないときに来たら、伝えてあげたってよ。」
「よっしゃ、ジョニィ来たら、犀が投げられたから、もう電話かけるわっていうんやな、犀やな、カバとは違うんやな。おい、そこのバイト君、わしがおらんかったら伝言頼むで。」
「マスターまたサボるつもりですか?わかりましたよ。ジーニョが来たら、犀が輪投げしたから、携帯してねっていうんですね。ちょっと、新入りの君も聞いといてや。」
「ええ〜、わたしですかぁ〜、わたしジージョって誰か知らへんしぃ〜。まっ、いいか、ともかく、犀川に身投げしたらメール入れるっていうんやね。うん、でも、犀川って金沢にあるんちゃうん。」
「おお、金沢で、犀皮の胸毛見たら、あの子がメールくれるって?ほたら、わしにも見せたってや。」
ちょっと話の展開に無理がありますかね?(笑)
しかし、伝言は意外と難しい。
伝言ゲームという遊びがあります。
ひとつの例文を次々に伝えていき、伝聞が事実と違っていくことを楽しむゲームです。
遊びというよりは、伝言することの難しさから、人と人とのコミュニケーションを正しくとることの難しさを意識し、啓発するような研修などでも使われます。
伝言とは、言葉を伝えること。
しかし、ほんとうに伝えたいのは、言葉ではなく、ほんとうの気持ち、ほんとうに考えていることです。
それがうまく伝われば…。
人への想いでも、未来の夢でも、平和への祈りでも…伝えきれない伝言を伝言してほしい。
友だちなら そこのところ
うまく伝えて うまく伝えて
ペドロ&カプリシャス(Pedro & Capricious)は、ぺドロ梅村さんをリーダーに、1971年(昭和46年)に女性ヴォーカルとして前野曜子さんをむかえて、デビュー曲「別れの朝」をヒットさせたグループです。
その後、1973年(昭和48)年に、二代目ヴォーカルとして、現在の高橋真梨子さん、こと高橋まりさんをむかえて、この「ジョニィへの伝言」や「五番街のマリー」などを大ヒットさせました。
高橋真梨子さんが脱退後は、1978年(昭和53年)には松平直子さんが三代目ヴォーカルとなっていますが、なお、初代ヴォーカル前野曜子さんは、脱退後、ソロ活動のあと、1988年(昭和63年)享年40歳で鬼籍に入られています。
この「ジョニィへの伝言」は、アンサーソングともいえる「五番街のマリー」とともに、作詞阿久悠さん、作曲都倉俊一さんのコンビの作品です。
阿久悠さんは、70年代から80年代にかけて、昭和の日本の歌謡曲史上に残る数々の名曲の作詞を手がけられ、2007年(平成19年)8月1日に、亡くなられました。享年70歳でした。
歌詞に込められた阿久悠さんの数々の伝言。
切なく悲しく哀愁を帯びた歌詞であっても、いずれもが、前向きだったことに、改めて気づかされました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
(初稿2007.8 未改訂) |