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「サボテンの花」―チューリップ

ぼくがはじめてサボテンの花を見たとき、その花は、きっと、ほかの草花のドライフラワーか、上手に似せて作られた造花を、適当にサボテンに刺して、飾り付けているものだと思っていました。

ほかの鉢植えの花とは違って、水遣りの手間ひまを怠ったとしても、滅多とは枯れないサボテン…まさに、その尖った棘のようにとげとげしく、その厚みのある葉肉のように憎々しげなサボテンが、あんなに小さく可憐で、かつ色鮮やかな花をつけるとは…。

でも、ときとして相手に棘を刺し、傷つけているサボテンだって、些細な一言、ちょっとした態度に対して、ときには、人知れずに、傷ついていることだってあるのかもしれない…。

そう思えるようになったのは、それなりに人生経験を積んでからです。

   ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて
   君は部屋をとびだした 真冬の空の下に
   編みかけていた手袋と 洗いかけの洗濯物
   シャボンの泡がゆれていた
   君の香りがゆれてた

一方の当人にとっては、ほんの小さな出来事…、でも、時として、それが、もう一方の相手を、切り刻んでいる事だってあります。

普通は、棘が指に刺さった、と考えますが、果たしてかならず、そうでしょうか。

指の方が反対に棘に向かっていって、刺した、つまり刺させたのかも知れない…。

他者に厳しく、自己に寛容という、極端なエゴイスト同士ではなくても、ものごとの受け止め方は、百人百様です。

それは十数年来の友人同士や、永遠の愛を誓った恋人同士、腰の曲がった老夫婦同士だって、同じことがいえるかもしれないのです。

   思い出つまったこの部屋を 僕も出てゆこう
   ドアにかぎをおろした時 なぜか涙がこぼれた
   君が育てたサボテンは 小さな花をつくった
   春はもうすぐそこまで 恋は今終った

恋の終わりは、時として、春の嵐のように、何の前触れもなく、突然に襲いかかり、そして、あっけなく幕を引いてしまいます。

なぜ終ったのかという、客観的な検証も、論理的証明も、合理的説明もつかぬ不可解なままに…。

ドアにかぎをおろしたから、涙がこぼれたのか、あるいは、哀しくなって、涙が出たのか、または、涙が出たから、哀しくなったのか…。

考えれば、ますます混沌としてきます。

   この長い冬が 終るまでに
   何かをみつけて 生きよう
   何かを信じて 生きてゆこう
   この冬が 終るまで

長い冬…聞こえてくるのは、吹きすさぶ、雪まじりの木枯らしの音…いずれにしろ、季節はまだ冬。

春の足音が聞こえてきそうで、こない冬。

冬は必ず春となる…なんて、ことを考えながら、生きていくのが人生なのかも知れません。



サボテンの花ならぬチューリップは、昭和46年7月、財津和夫さんが中心となって、ビートルズの影響を受けた福岡の大学生5人で結成し、47年に「魔法の黄色い靴」でデビューしました。

そして、リードボーカルの財津和夫さんのボーカルではなくて、キーボード担当の姫野達也さんがボーカルをとった「心の旅」が、なぜかミリオンヒットしました。

平成元年に解散しましたが、平成5年「サボテンの花」がフジテレビ系ドラマ「ひとつ屋根の下」の主題歌でリバイバルヒットしました。

(初稿2002.4 最終改訂2007.1)


サボテンの花

作詞/作曲 財津和夫

ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて
君は部屋をとびだした 真冬の空の下に
編みかけていた手袋と 洗いかけの洗濯物
シャボンの泡がゆれていた 君の香りがゆれてた

たえまなくふりそそぐ この雪のように
君を愛せば よかった
窓にふりそそぐ この雪のように
二人の愛は 流れた

思い出つまったこの部屋を 僕も出てゆこう
ドアにかぎをおろした時 なぜか涙がこぼれた
君が育てたサボテンは 小さな花をつくった
春はもうすぐそこまで 恋は今終った

この長い冬が 終るまでに
何かをみつけて 生きよう
何かを信じて 生きてゆこう
この冬が 終るまで

この長い冬が 終るまでに
何かをみつけて 生きよう
何かを信じて 生きてゆこう
この冬が 終るまで

ララララ…………
1975年(昭和50年)
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