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「最終案内」―さだまさし

   標示板が君の飛行機を示す
   もう25分で君は舞いあがる

天空高く、真っ青な空に、真っ白なラインを引いていく、飛行機雲。

飛行機雲をはじめて見たのは、いつの頃のことだったのだろうか。

幼い頃の記憶のなかで、鮮明なひとこまとして残っているのは、幼稚園の運動会の徒競走。

スタートライン上で、帽子を目深にかぶって、緊張した面持ちで立っている写真が残っている。

競争順位よりも、決して転ばぬように、人並みに最後まで走るのが、ぼくの目標だった。

真っ直ぐに、一途に前を向いて…。
一気に走り出し、一気にゴール目指して…。

全開せずに、しかし全力で、なんとか最後まで走り抜けて、気がつくと、二等賞の列に並んでいた。

一等でなくても、充分に満足だった。
そのとき、仰ぎ見た空に一筋の飛行機雲。

それから覚えているのは、病室の窓から見た飛行機雲。

飛行機雲が、飛行機のジェットエンジンの排気ガスの煙ではないこと、エンジンから排出される熱い空気が、空の高いところの低い空気で氷結して雲になることは、いつかベッドの上で読んだ本に書いてあった。

イヤホンから流れるミスター・ロンリーを聴きながら、ジェットストリーム(Jet Stream)という言葉が、ジェット気流のことであり、飛行機雲(a jet stream trail)のことを意味する場合もあることを知ったのも、眠れぬ深夜の小児病棟だった。

N君は、博識だねと、ナースさんに誉められても、ちっとも嬉しくなかったのを覚えている。

一緒には遊べなくても、一緒に運動場で、みんなと飛行機雲が見たかった。

それから、見えなかった飛行機雲。

空に帰った幼いいのちをのせる「ひこうき雲」を、念じて作れるなら、ほんとに作りたいと願った。

飛行機雲を見ると、あの白さが、切なく見える。

子どもの頃は、飛行機雲を作り出す飛行機に、乗ることなんてないかもしれない、なんて思っていたのに、大人になって出張などでよく利用することになった。

もっとも、出張で多いのは、大阪から東京までの550kmくらいの距離だから、飛行機を利用するよりも、新幹線を利用することの方が多い。

時速だけの比較ならば、ジェット機ならば、滑走路を離陸する直前には、すでに新幹線の最高速くらいは出していて、その後は、時速800kmくらいで飛んでいるから、比ぶべくもない速さだ。

しかし、新幹線に乗車するのと、飛行機に搭乗するのとでは、手続きに違いがあって、飛行機の方が圧倒的に時間がかかる。

搭乗手続きが、機械化、電子化などにより、以前よりは、短くなったとはいえ、やはり手続き(チェックイン)は、出発の15分前までには済ませる必要があり、新幹線のように、自由席もなく、出発直前の駆け込みもできない。

飛行場までのアクセス時間を考えると、やはり近距離では飛行機の分が悪い。

それに、見送られるときに、新幹線だと、発車直前まで車内かホームにいられるが、飛行機だと、出発時刻のかなり前にゲートで隔てられる。

それでも、小さな空港で小さな飛行機を使うならば、タラップを登って行く人の姿が見えるが、大きな空港で大きな飛行機ならば、飛行機まで屋根と壁で周囲を覆われた箱型の可動橋(ボーディング・ブリッジ)が接続されて、送迎デッキに登っても、搭乗する人の姿は見えない。

アナウンスがあり、発車のベルが鳴り響くギリギリのタイミングに意を決して、ホームに連れ戻す、なんてことは、到底できないことだ。

だから、ひきとめるならば、ゲートに入る前の人ごみのロビー、ざわめきの中。

やがて、標示板に飛行機が示される。

デジタル時計の数字が、カウントダウンするかのように、進んでいく。

   ひきとめるのならば
   今しかないよと
   壁のデジタル時計が
   またひとこま進む

「ぼくたち…。」
「えっ?」
「…いや…、なんでもない。」
「…そう…。…向こうに着いたら晴れてるかな。」
「…かもしれないね。」
「…でも。」
「…でも?。」
「…そう、ぐずついているかもしれない。」

   あの頃は止まれとさえ祈った時間を
   知らず知らずのうちに
   君はもて余している

「着いたら、ふるさとの写真送るね。」
「ああ…ありがとう。きみのふるさと…。」
「私のふるさとを…、あなたに見せたかったな。」
「えっ?」
「ううん…、なんでもない。」
「そう…。…あっ、君の手荷物だ…。」
「うん…、行っちゃったね…。」

   手荷物はベルトコンベアーに流れて
   思っていたより確かに
   風は止まろうとしている

「…行っちゃうんだね…。」
「ありがとう。…そして、ごめんなさい。」
「いや、ぼくこそ、ありがとう。…それから…。」
「…それから?」
「それから、ぼくの方こそ、ごめん。」
「ううん、わたしもきっと新しい夢を見つけるから。」
「わすれない。」
「倖せでした。私もわすれない。」

   人ごみのロビーざわめきの中で
   君は静かに
   時計をはずす

「わすれてた…、ありがとう、この時計。」
「あっ、その時計…。」
「時計を失くしたときに、借りたまま…。」
「正確じゃなかったろう、この時計。」
「ううん、毎日5分しか進まなかったわ。」
「毎日5分も進むの?。」
「うん、慣れれば平気よ。…でも、逆に回ってくれれば、もっと良かったかな。」
「えっ?」
「ううん…、なんでもないわ。」
「…そうだね、二人の…。」
「…二人の?」

   最終案内が答を告げる
   穏やかな声がロビーに響く
   君の淡い肩が

「あっ、最終案内だ…、急がなくっちゃ。」
「…そうだね…。」
「…あれ、チケット、チケット、どこにやったかな。」
「相変わらずだね、胸ポケットに見えてるよ。」
「えっ、やだ、あっ、あった、ありがとう。えっと…。」
「えっと?」
「えっと…、えっと…、う〜ん、やっぱり、ありがとうしか、思い浮かばないや。ありがとう。」
「…うん、こちらこそ、…ありがとう。」

   心なしかふるえ
   チケットにすがるように
   背中を向ける

「元気でね…。」
「ありがとう、きみもね…。」
「うん、ぜったい無理しちゃだめだよ。」
「うん、無理はしない、でも…、も少し頑張ってみる。」
「…そう、あなたのその言葉が、いまの私にとって一番のはなむけになるかな。」
「…ありがとう。」
「…ありがとう。」
「…さようなら。」
「…さようなら。」
「…うん、じゃ、気をつけてね。」
「じゃ…。またね…。」

   君は今スポット浴びたスターのように
   滑走路というステージに
   呑み込まれてゆく

飛行機はブリッジが外され、滑走路へと向かう。
大きな機体がゆっくりと揺れ動き、静かに走る。

そして滑走路に進入し、スタートラインで停止する。
スタートラインで高まる緊張感とエンジン音。

真っ直ぐに、一途に前を向いて…。
そして、一気に加速して、一気に離陸していく。

   君をのせた鳥がやがて翼はためかせて
   赤や緑のランプを
   飛び越えてゆく

赤や緑のいくつもの誘導灯を飛び越えていく。
50…、100、150、そして200…。

コックピットの機長兼館長から御案内します。
当機は定刻通りに離陸しました。
なお、フライトの到着地は定まっていません。
そう、今回はフリーフライトです。

なお、墜落の危険はありません。…多分。(笑)
ゆっくり、おくつろぎくださいませませ。(笑)

   人ごみのデッキざわめきの中で
   僕は最後の風を
   ひとり受けとめる

風は吹いていますか…。
どこから吹いてきますか。
どこへ流れていきますか。

風はいつも吹いています…。

そして、ライオンのように風に向かって雄雄しく立てないけれど、風が吹いてくる方向を示す、風見鶏くらいにはなれるかもしれません。

そう、風見鶏も風に向かって立っている…。



この「最終案内」という曲は、さだまさしさんの二枚目のアルバム「風見鶏」に収録されていて、「最終案内」という曲名のくせに、冒頭の曲です。(笑)

風はいつも吹いています…。
「風見鶏」には「風」がいっぱいです。(笑)

 梅雨のあとさきのトパーズ色の風は
 遠ざかる 君のあとをかけぬける
                  「つゆのあとさき」
 東風吹けば 東風吹かば君は
 何処かで想いおこしてくれるだろうか
                  「飛梅」
 時折 すれ違う春風に
 少し照れながら でも訪ねてみよう
                  「きみのふるさと」
 だからそんなふうに自分の事
 いじめるのは止して頂戴
 わかるでしょ風の日には誰だって目をつぶるわ
                  「吸殻の風景」
 南風吹いて稲穂がそよぎ
 あなたの里は黄金に染まる
                  「桃花源」
 銀杏黄葉の舞い散る交差点で
 たった今風が止まった
                  「晩鐘」

こんなふうに、さださんは、あちらこちらに、風を吹かせてくれていますので、季節はずれの風邪引き注意ですよ。(笑)

おっと、生活習慣病の通風にも注意してね。(笑)

このアルバムは、さださんが好きなサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」のアレンジを手がけたジミー・ハスケル(Jimmie Haskell)氏をアレンジャーに迎えて米ロサンゼルスで録音製作しています。

もちろん、この「最終案内」もジミー・ハスケル氏のアレンジで、当初、エンディングにジェット機の離陸の実音を挿入するつもりだったのが、ジミー・ハスケル氏の弦で表現することに変えたそうです。

今回のMIDIでは、真似して、飛行機が離陸上昇してゆくようなストリングスアレンジを試みましたが、マスター(館長)のこだわりに気がついた人は…いや、けっこう、いるだろうと思うのが怖いですね。(笑)
そんな人は、マリンバも入っているか、入念にチェックしますからね。(笑)

なお、後半のドラマ仕立ての会話は、すべてフィクションであり、実在する人物・団体等とは、一切関係がありません、ということにして、航空安全と家内安全を祈りたいと思います。(笑)

ご搭乗、ありがとうございました。(笑)

(初稿2007.3 未改訂)


最終案内

作詞/作曲 さだまさし

標示板が君の飛行機を示す
もう25分で君は舞いあがる
ひきとめるのならば
今しかないよと
壁のデジタル時計が
またひとこま進む
あの頃は止まれとさえ祈った時間を
知らず知らずのうちに
君はもて余している
手荷物はベルトコンベアーに流れて
思っていたより確かに
風は止まろうとしている
人ごみのロビーざわめきの中で
君は静かに
時計をはずす

最終案内が答を告げる
穏やかな声がロビーに響く
君の淡い肩が
心なしかふるえ
チケットにすがるように
背中を向ける
君は今スポット浴びたスターのように
滑走路というステージに
呑み込まれてゆく
君をのせた鳥がやがて翼はためかせて
赤や緑のランプを
飛び越えてゆく
人ごみのデッキざわめきの中で
僕は最後の風を
ひとり受けとめる

1977年(昭和52年)
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