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私は時折苦しみについて考えます
誰もが等しく抱いた悲しみについて
生きる苦しみと 老いてゆく悲しみと
病いの苦しみと 死にゆく悲しみと
現在の自分と
「生老病死(しょうろうびょうし)」という言葉を、はじめて聞いたのは、いつの頃だったでしょうか。
記憶は不確かですが、お釈迦様の四門出遊(四門遊観)の故事を描いた絵本だったように思います。
王族の子として生を受けた釈迦が、あるとき、東の門で老人を、南の門で病人を、西の門で死人を見て、この世界のさまざまな苦しみを知り、北の門で、修行僧を見て、出家して人々の苦しみを救うことを決意したという物語でした。
可愛がってくれた叔父や父親の死に幼くして出会って、そして自身も行動を制限せざるを得ない不治の病魔に侵されているのを、もの心ついた頃から知り、生老病死の四苦のうち、すでに二苦を身近に感じていたために、悲しいことですが、他の人に比べれば、理解は早かったのかも知れません。
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必滅の理をあらはす
「平家物語」
そして、平家物語を理解できる年頃になっては、病や死というものより、もっと万人に普遍的に訪れるであろう、老いというものについて、そしてそれに至るまでの生きざま、生きるということについて、それもまた無常というものに、抗えない人の世の苦なのだということが分かり始めてきました。
ところで、無常をあらわしているという沙羅双樹は、釈迦が入滅したときに、東西南北で時ならぬ白い花を咲かせたという伝説があるインドの樹木ですが、日本では、同じく白い花を咲かせるナツツバキ(夏椿)が沙羅双樹とされているようです。
夏椿に限らず、椿は、花の盛りが過ぎると、桜の花のように花びらごとにではなく、花の形のままに落花するので、縁起が悪いとされるのですが、咲いた花なら、散るのを覚悟しなければならないのは、一緒のことでしょうね。
やはり、花の色はうつりにけりな、でしょうか。
花の色は うつりにけりないたづらに
我が身世にふる ながめせしまに
「古今集」−小野小町
確かに、いつまでも、咲いたままの花なんて、造花かドライフラワーしかないものです。
生ある花は、かならず、しおれ散りゆきて、枯れ果てていくのです。
答えてください
この世のありとあらゆるものの
すべての生命に約束があるのなら
春は死にますか 秋は死にますか
夏が去る様に 冬が来る様に
みんな逝くのですか
生あるものは死にます。
死ぬことは約束されてるといえます。
生を受けて、幸か不幸か、運がいいとか悪いとか、それはさまざまなんですが、ともかく生あるものとして、死ぬべきことだけは、かならず約束されています。
悲しいですね。
でも、それは真実です。
季節はめぐります。
夏が過ぎ、秋が去って、冬がゆき、春もまた留まることを知りません。
そして、また夏がめぐり来ても、でもこの夏は、去年の夏ではありません。
年年歳歳花相似
歳歳年年人不同
(年年歳歳花あい似たり)
(歳歳年年人同じからず)
「代悲白頭翁」−劉廷芝
でも、だからこその一期一会なのです。
わずかな生命の
きらめきを信じていいですか
言葉で見えない望みといったものを
去る人があれば 来る人もあって
欠けてゆく月も やがて満ちて来る
なりわいの中で
輪廻転生(りんねてんしょう)という言葉があります。
これも仏教で用いられる言葉で、深い意味はさておき簡単に言えば、いわゆる生まれ変わりです。
残念なことに、ぼくには前世の記憶はありませんから、輪廻転生というのが、真実のことなのか、方便に過ぎない類のことなのかを検証できません。
でも、その考え方としては肯定できます。
この世を去って、あの世に行っても、またいつか、この世に戻ってくる、という考え方です。
あの世でなにをするのか分かりませんが、少なくとも、またこの世に戻ってくるとしたら、戻ってくるこの世のことを、やはりこの世で真剣に考えて行動していかないと、戻ってきたときに大変だと思います。
あるいはこれも、因果応報という仏教思想につながるのかも知れません。
戦争で死んだ人が、あの世に行って、またこの世に戻ってきたときに、また、きな臭い戦争前夜だったら、どう思うでしょうか。
戦のために、恋人と別れたつらい青春時代を、また繰り返さなければならないのでしょうか。
そして、それは、私たち、戦争を知らない子どもたちにも同じように当てはまります。
戦争を知らない子どもたちは、幸いなことに、戦のない時代に生まれて、年老いて、やがて死んでいくでしょう。
しかし、今度、生まれてきたときにも、、果たしてそのまま戦のない時代が続いていると言い切れますか。
輪廻転生して、悠久のいのちがあると考えるなら、今生(こんじょう)の生も、やはり刹那の時間、つまり極めて短い時間です。
もし来世があるとしたら、その来世のために、来世の自分のために、いま、なにができるのか、考えてみてもいいのではないかと思います。
未来の子どもたちは、自分の生まれ変わり、そうみんなが考えれば、あだやおろそかに、未来へと続くいまの状況を傍観するわけにはいきません。
なにができるか、それは人それぞれ違っても、本当にいま、真剣に考えなければならないと思います。
おしえてください
この世に生きとし生けるものの
すべての生命に限りがあるのならば
海は死にますか 山は死にますか
春は死にますか 秋は死にますか
愛は死にますか 心は死にますか
私の大切な故郷もみんな
逝ってしまいますか
愛は死にますか、心は死にますか。
大切な故郷もみんな逝ってしまいますか。
この答えはおしえられるものではないでしょう。
しかし答えといものはは、見つけようとしないと、見つけられないものです。
ただいえるのは、すべての生命に限りがあるとしても、その生命を大切にする、我の生命も我以外の生命も、人の生命も人以外の生命も大切にしていく。
そうすることにより、限りある生命は、永遠の生命へと連綿と続くものだと、信じたいし、信じます…。
防人は、「さきもり」と読みます。
防人は、664年(天智三年)に中大兄皇子が朝鮮半島での白村江の戦いに負けたために、日本の本土防衛のために創設されて、筑紫・壱岐・対馬などの北九州の防衛にあたった兵士達のことです。
主に東国の人達が選ばれ、任期は3年で、目的地に赴任するまでに、行き倒れとなる人たちや、任期の途中で病気等により二度と故郷に帰れなかった人達も多かったということです。
そんな防人達が家族と離れる寂しさや、残された家族の無事を祈る気持ちを読んだ悲しい歌が防人の歌で、万葉集に84首が残されています。
「防人の詩は」、1980年(昭和55年)製作、公開された、三船敏郎さん、仲代達矢さん、あおい輝彦さん、夏目雅子さんなどの出演で、舛田利雄さん監督の
東映映画、「二百三高地」の主題歌です。
地味な映画でしたが、日清戦争に続く、日露戦争のなかでの重要な戦いを描き、明治から昭和へと続く我が国が選択した国際紛争を解決する手段としての戦争の歴史を知るには役立ちました。
そして、一握りの軍人や政治家たちの思惑や権謀術数のために、多くの人のかけがえのない生命を奪うものが戦争だということも分かります。
この歌は、さだまさしさんのレッテルに、「暗い」「軟弱」「女性蔑視」に加えて「右翼」というのが貼られた記念すべき歌でした。(笑)
しかし、本来は、「右翼」でも「左翼」でもなく、人が好きで、好きだからこそ、その生命を大切にすべきだと、それを強く主張している、ただそれに尽きるとぼくは思っています。
(初稿2006.8 未改訂) |