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哀しみの裏側に 何があるの?
涙さえも凍りつく 白い氷原
誰でも心に冬を
かくしてると言うけど
あなた以上 冷ややかな人はいない
君の手紙読み終えて 切手を見た
スタンプには ロシア語の小さな文字
独りで決めた別れを
責める言葉探して
不意に 北の空を追う
冒頭から、いきなり、一番目の歌詞の大部分を引用してしまって、非常に驚かれたかも知れません。
あるいは、館長も、さすがに寄る年波に勝てずに、思いっきり手抜きをして、歌詞について、まとめて話をしようとしているのかしら、と妙に訳知り顔でうなづいてくださる方もおられるかもしれません。(笑)
確かに、寄る年波については、寒風吹きすさぶなか、とくに年の瀬が押し迫った師走12月の頃になると、いよいよと、実感するようになった今日この頃です。
しかし、それを言い訳にして、せっかくご訪問されたみなさまに、老いたりといえども、手抜きの雑文を読ませるような館長じゃございませんことよ。(笑)
まあ、館長の手抜きについては、寄る年波に関わらず、いまに、始まったわけではありませんが…。(^^ゞ
そういえば、前置きが長いっていうのも、実は、館長の手抜きのひとつの手法なんですけどね。(笑)
ともかく、本題に入りましょうね。(笑)
引用した上の歌詞については、大きくふたつのブロックに分かれていますよね。
黒板があれば、ふたつの大きな楕円形で囲むところなんですが、要するには、このふたつの歌詞は、関連していも、それぞれ独立しています。
すなわち、上の歌詞はおそらく彼女の言葉で、下の歌詞はおそらく、彼女の言葉に対して、彼が答えた言葉でしょう。
すなわち、彼女の呼びかけの言葉に対して、彼が返答するという形式を取っています。
英語でいえば、コール・アンド・レスポンス(Call and Response)、呼べば答える、というほどの意味になるでしょうか。
国文学に明るい読者ならば、この歌詞が万葉集の和歌の部立てのひとつ、相聞(そうもん)に属する形式や内容に似ていることにお気づきでしょう。
あかねさす 紫野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る」
(万葉集巻1・20)額田王
むらさきの にほえる妹を 憎くあらば
人妻ゆえに われ恋ひめやも
(万葉集巻1-21)天武天皇
万葉集の中でも、とくに有名な歌で、解説するまでもないでしょうが、おさらいをしておきましょうか。
知ってるから、もういいよ〜って、あくびして居眠りしたら、館長先生は、チョークを投げるからね。(笑)
さて、額田王(ぬかだのおおきみ)というのは、この歌を詠んだときには、天智天皇の妻となっていました。
そして、返歌をした、天武天皇というのは、大海人皇子(おおあまのみこ)のことであり、彼の兄は、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)…ということは、すなわち天智天皇です。
つまりは額田王という一人の女性をめぐり、天智天皇、天武天皇という兄弟が…、ということになるのですが、さらに、驚くのは、額田王は、このとき、すでに、元彼ともいえる大海人皇子との間に十市皇女という子どもを生んでいる、という背景があります。
そして、さらに驚愕の事実が…。
続きはCMのあとで…でも、残念ながら、スポンサーがついてませんので、さっさと進めましょう。(笑)
ちかごろ、おトイレ近くなったという方は、お漏らしに気をつけて、我慢して読み進めてくださいね。(笑)
伝えておくれ 十二月の旅人よ
いついついつまでも
待っていると
さて、この歌を詠んだときは、額田王は、なんと、すでに40歳を過ぎていたそうです。
人生50年の時代の40歳過ぎですから、もはや、おばちゃん…ではなくて、おばあちゃんということですが…、実際、この歌が詠まれた翌年には、額田王には孫が生まれているということです。
もちろん、恋愛に年齢制限はありません。
何歳だっていいわけです。
そして、もちろん、女は灰になっても女…。
…なんて、いまさら、さらさら申し上げるつもりもございません。(笑)
しかし、残念ながら、この歌は万葉集の編者、大伴家持により、恋愛歌である相聞歌の部立てではなく、雑歌(ぞうか)という部立てに収載されました。
したがって、この歌が、雑歌という部立てにあるのは、この歌が、二人の間で親しく交わされた歌というよりも、宴席などのときに、皆に披露するための余興として詠まれた歌であるからと、推測されます。
内容的には、額田王と大海人皇子の人目を忍ぶような恋愛を歌った歌と解釈できるのですが、実際は、生々しい恋文、ラブレターである相聞歌というものではなかったというのが、いまの通説であるようです。
すこし、がっかりしましたか。(笑)
でも、まっ、戯れ歌(ざれうた)であっても、ラブソングというものは、なにか、読む方も、ときめくような感じがして、いつの時代になっても、いいものですね。
そろそろ、棺おけに片足がかかり、挽歌(ばんか)が似合うような、お年頃になってきたとしても…ね。(笑)
この線路の向こうには 何があるの?
雪に迷うトナカイの 哀しい瞳
答えを出さない人に
ついてくのに疲れて
行き先さえ無い明日に 飛び乗ったの
ぼくは照れて 愛という言葉が言えず
君は近視 まなざしを読みとれない
疑うことを覚えて
人は生きてゆくなら
不意に 愛の意味を知る
それでは、後半の歌詞に移ります。
またまた、二番目の歌詞の大部分を引用してしまって、今度は驚くより、あきれましたか。(笑)
ただ、こちらの歌詞も一番目と同じく、コール・アンド・レスポンスという形になってますから、ひとくくりに、まとめて取り上げるのが適当かと思います。
と言っても、やはり、今回は、館長の手抜きかも知れないという疑いも、かなり濃厚になりますが。(笑)
さて、ここまで歌詞についての、コール・アンド・レスポンスという形式を述べましたが、歌詞だけでなく、音楽的な形式としても、コール・アンド・レスポンスという、演奏形式があります。
コール・アンド・レスポンスは、米国南部のキリスト教会における賛美歌が、この演奏形式で合唱されはじめて定着したといわれ、これがジャズなど他のジャンルの音楽にも影響を与えたといわれます。
もっとも、コール・アンド・レスポンスという演奏形式自体は、多くの民謡や民俗楽曲にも見られるように、グループや集団での合唱・合奏に多く用いられる普遍的な演奏形式です。
もっとも、この「さらばシベリア鉄道」は、歌詞はともかく、音楽的に言えば、典型的なコール・アンド・レスポンス形式とは言いがたく、むしろ、同じ松本隆さん作詞になる「木綿のハンカチーフ」の方が、歌詞とともに、音楽的にも、コール・アンド・レスポンス形式に忠実かもしれません。
音楽的には、「さらばシベリア鉄道」は、題名が示しているように、ロシアをかなり意識しているようで、「トロイカ」、「一週間」などのロシア民謡のようなメロディラインを採用して構成されています。
また、イントロなどは、三角形の三本弦のロシア民族楽器バラライカで奏でているような感じをギターで出しており、ロシア風味をさらに醸し出しています。
そういえば、関係ないのですが、「ポルシカ・ポーレ」を歌ってヒットさせた仲正美さんっておられましたが、どうされてるのでしょうか。(^^ゞ
伝えておくれ 十二月の旅人よ
いついついつまでも
待っていると
…っと、最後に、やはり、せっかくのラブソングの曲のコメントですから、この講義形式で閉めないと、年のころなら、女子大生…二人分くらいの女性受講生たちが、納得しないでしょうから…、付け加えておきましょうね…。(笑)
さて、果たして、この二人の恋の行方は…。
結論を言えば、残念ながら、二人の恋は、シベリアの永久凍土、ツンドラに埋めるしかないでしょうね。(笑)
十二月の旅人さんが、どなたなのか、存知あげませんが、もはや、この局面においては、伝言を依頼する代理人を選任してはいけません。
まるで、これでは、自由契約選手(FA=free agent)を宣言しているのと同じですからね。(笑)
ここは、ともかく、自らが、モスクワ駅か、ウラジオストック駅かに駆けつけて、シベリア鉄道に飛び乗ってほしいところですね。
そして、伝えておくれ…と言う、伝える言葉の内容もかなり問題ですね。
「いついつまでも待っていると」
…おい、ちゃんと、わたしのメール読んだんかい、
って、思わず、言いたくなりますよね。
(あっ、言うのはこの歌詞の彼にですよ…館長に言っちゃダメですよ…ぼそっ(笑))
なかなか答えを出さない彼に、彼女は単刀直入に問いただしているのに対して、彼は、彼女に対して、独りで決めた別れを責める言葉探していると答えます。
こんなクールの意味を履き違えた冷ややかな彼には、きっぱりと、分かるように言ってやりましょう。
永遠に、探し回っとけって!! (笑)
照れて愛という言葉が言えない、近視だからまなざしを読み取れないと、いちいち言い訳する彼…。
こんな手前勝手な理屈っぽいやつには、はっきり、分かるように言ってやりましょう。
あなたこそ、乱視で、あちらこちらに愛の視点がずれてるんでしょって!! (笑)
そのまま、一生照れ続けて、一人で老眼になったらいいわって!! (笑)
う〜ん、でも書いてて、なんか、自分にグサっと来るのは、気のせいかなぁ(^^ゞ
大滝詠一さんは、この曲の作詞をした松本隆さんと、細野晴臣さん、鈴木茂さんと伝説のバンドと言われる「はっぴいえんど」を組んでおられました。
1997年には、「幸せの結末」というドラマの主題歌もヒットさせましたし、森進一さんが歌ってヒットした曲、「冬のリヴィエラ」なども大滝さんの作曲ですね。
この曲は、太田裕美さんに提供されましたが、ご自身もロングベストセラーの「A LONG VACATION」というアルバムに収録されておられます。
(初稿2003.12 未改訂) |