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「青春時代」―森田公一とトップギャラン

青春時代…なんとも耳に心地よく響く言葉です。

しかし、ふと考えると、青春とはなんだ!(笑)

実は、青春とはなんだ!については、別項の「太陽がくれた季節(青い三角定規)」にも、少し書いてますが、果たして、青春とは何なんでしょう。

青春とは中国の漢詩にも出てくる言葉で、一般的には、人間の生涯を四季の循環になぞらえて、春夏秋冬をそれぞれ、青春、朱夏、白秋、玄冬というそうです。

ちなみに、青・朱・白・玄は、東西南北の方位も表し、平安京が遷都されたのも、「左青竜、右白虎、前朱雀、後玄武、四神相応の地なり(平家物語)」と、帝都の理想郷とされたからです。

ゆえに、京都の朱雀門は御所の南大門となるわけで、さらに、会津の白虎隊は西方を守備する少年隊に付けられた名前です。

青春時代に、カッコつけるために覚えたウンチクでした。(笑)

   卒業までの半年で 答えを出すと言うけれど
   二人が暮らした歳月を 何で計ればいいのだろう

学生時代という一種のモラトリアム(猶予期間)の終了を、意識するのが、卒業までの半年でしょうね。

就職や進学の方途もほぼ定まり、今まで、まだ、学生だから…と、言訳して先送りしていたことが通用しなくなる。

そんな時期…。

でも、卒業までの半年といえば、通常、日本では10月ぐらい。
感じる季節としては、まあ、青春というより、白秋ですね…。

「君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」
…白秋といえば、北原白秋…、まあ、白秋とまでは行かなくともに誰もが詩人になるのが、卒業までの半年の秋。

人恋しく、人肌のぬくもり恋しき季節に、果たして答えは出せるのでしょうか。

  青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの
  青春時代のまん中は 道に迷っているばかり

過ぎてしまえば、確かに、ほろ苦く切ない想い出たちとなる出来事も、そのときは、そんな余裕はないはずです。

青春時代の夢は夢でも、真夏の世の夢、寝苦しく、時としてうなされるような悪夢なのかもしれません。

  二人はもはや美しい 季節を生きてしまったか
  あなたは少女の時を過ぎ 愛にかなしむ人になる

いずれにしろ、季節は移ろうもの。
そして、人の気持ちも状況も、刻々と変わっていくものです。
愛に憧れた少女がいつしか大人になって、愛に哀しむ人になるように…。

  青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの
  青春時代のまん中は 胸にとげさすことばかり

しかしながら、胸にとげさすことばかりあったような青春時代であったとしても、やはり、あとからほのぼの思うというのは事実です。

青春時代の苦悩を忌避する近頃の若年寄たちは、後年、何を思い出せるのか…と、青春時代をはるか遠方に見るようになったぼくは思います。大きなお世話かな。(笑)


森田公一さんは、北海道留萌出身で、昭和44年、「森田公一とトップギャラン」を結成、YAMAHAのポプコンなどの入賞歴がありますが、シンガーソングライターというよりは、森山良子「愛する人に唄わせないで」、天地真理「一人じゃないの」、アグネスチャン「ひなげしの花」、和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」などなど、むしろ、作曲家としての活躍が目立ちます。

(初稿2000.12 未改訂)



青春時代

作詞 阿久 悠
作曲 森田公一

卒業までの半年で 答えを出すと言うけれど
二人が暮らした歳月を 何で計ればいいのだろう

青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの
青春時代のまん中は 道に迷っているばかり

二人はもはや美しい 季節を生きてしまったか
あなたは少女の時を過ぎ 愛にかなしむ人になる

青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの
青春時代のまん中は 胸にとげさすことばかり

青春時代が夢なんて あとからほのぼの思うもの
青春時代のまん中は 胸にとげさすことばかり

1976年(昭和51年)
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