青春音楽館トップページへ

「戦争を知らない子供たち」―ジローズ

こんにちわ〜、こんにちわ〜、世界の国から〜♪、のテーマソングに乗って、高度経済成長期のまっただ中の、1970年(昭和45年)に、大阪の北部、千里丘陵で、日本で初めて、万国博覧会が開催されました。
その、万国博覧会のイベントのひとつとして、万博ホールで開催されたのが、フォークソング・フェスティバル。
そして、その統一テーマ曲に選ばれたのが、この曲です。

  戦争が終って僕等は生まれた
  戦争を知らずに僕等は育った

戦争といえば、何戦争を連想するでしょうか。
ぼくは、ベトナム戦争です。
人によっては、その少し前、朝鮮戦争でしょうか。
あるいは、もっと時代が下がって、湾岸戦争かも知れません。

しかし、この戦争は、太平洋戦争、第二次世界大戦のことです。
この戦争は、1941年(昭和16年)、日本がアメリカのハワイの真珠湾を攻撃したことから始まり、世界中を巻き込んで、1945年(昭和20年)に、広島・長崎の原爆投下で終わります。

  おとなになって歩きはじめる
  平和の歌をくちずさみながら

1945年(昭和20年)の終戦から、数年後に、平和になって、今の団塊の世代と言われる人たちが生まれました。
いわゆるベビーブーマーです。
その人達が、ちょうど大阪万博の頃に、大人になったので、この歌が生まれました。

  若すぎるからと許されないなら
  髪の毛が長いと許されないなら

髪の毛を伸ばす…お洒落のためにというよりは、反体制運動のシンボルとして、長髪が流行しました。
また、学生運動が盛んで、日本では、その中で、政治的な内容をもつフォークソングが連帯を深めるために歌われました。
しかし、やがて学生運動の終焉に呼応するかのように、万国博覧会という産官学共同の体制側の帝国主義的国家イベント(というタテ看板を見た記憶があるだけですが``r(^^;))に、フォークソングが市民権を得て、参加したのです。

  青空が好きで花びらが好きで
  いつでも笑顔のすてきな人なら
  誰でも一緒に歩いてゆこうよ
  きれいな夕陽の輝くこみちを

ジローズは、杉田二郎さんと、同じくなんとかジロウさんという名前の人(実は名前忘れました、知っている人がいたら教えて``r(^^;))の二人組。
  ※追記:その後、情報提供があり、「森下次郎」さん…愛称はじんたん(森下仁丹から)…ということが分かりました。

ただ、このフォークデュオのジロウさんは、杉田二郎さんの野太い声とは対照的に細い声だったので、ツーコーラス目で、ハーモニーを受け持つ杉田二郎さんの声が、(^o^)顔の大きさに比例するかのように、前面に出ていたのが印象的です。(笑)
ジローズには、「青春のわかれ道」「愛とあなたのために」などのヒット曲もありました。

これ以降、フォークソングは、歌謡曲と融合しながら、ニューミュージックへと進化していきます。

(初稿2000.3 最終改訂2000.10)



戦争を知らない子供たち

          作詞 北山 修
作曲 杉田 二郎

戦争が終って僕等は生まれた
戦争を知らずに僕等は育った
おとなになって歩きはじめる
平和の歌をくちずさみながら
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

若すぎるからと許されないなら
髪の毛が長いと許されないなら
今のわたし私に残っているのは
涙をこらえて歌うことだけさ
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ

青空が好きで花びらが好きで
いつでも笑顔のすてきな人なら
誰でも一緒に歩いてゆこうよ
きれいな夕陽の輝くこみちを
僕等の名前を 覚えてほしい
戦争を知らない 子供たちさ
戦争を知らない 子供たちさ

1970年(昭和45年)
「青春音楽館」トップページへ