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ふきのとう…北海道出身の山木康世さん、細坪基佳さんの二人のフォークデュオで、1974年(昭和49年)に、白い冬でデビューし、この曲をはじめ、「南風の頃」、「やさしさとして想い出として」、「雨降り道玄坂」、「風来坊」、「春雷」などを残して、1992年(平成4年)に解散しました。
ふきのとう…ぼくは、長い間、ふきのとうは、「ふき」が成長しすぎて、すじが硬くなって「とうが立っ」たものだと思ってました。(笑)
ちょうど、女の子が成長し過ぎて「とうが立っ」て、おば……これ以上は書けません。(笑)
ふきのとうは、ふきの根茎(こんけい…地下茎の一種で、横に長く伸びて、株をつけるもの)から伸びる花茎(かけい…花をつける茎)のことだ…そうです。
青森県など東北地方においては、「ばっけ」、または「ばっきゃ」と呼ぶのだ…そうです。
春告げ草ともいい、北国の雪の深い地域の早春に、日だまりの雪の下から黄緑色の頭をのぞかせるのだ…そうです。
少し苦味がありますが、本体と同じく食用になるのだ…そうです。
すべて、伝聞です…だって見たことなかったもの。(笑)
アスファルトを割って生える「ふきのとう」ってないです…。
フォークデュオ「ふきのとう」がいなかったら、ぼくは、一生、植物の「ふきのとう」を、知らずにいたかもしれません。(笑)
一人で想う 秋はもう深く
過ぎ去れば 空しく消えた日々
二人で過ごしているときは、小さなことでも、なんでもかんでも、メモリアル(想い出)にしたいと思い、そして、毎日が、アニバーサリー(記念日)になるものですね…。
はじめて一緒に映画を観た日、はじめてドライブした日、そして、はじめて二人で朝を迎えた日…うふっ(゚∇^*)⌒☆
しかし、秋深まり、冬の足音が聞こえそうな移ろいゆく季節の中で、別れがあったとしたなら、それこそ過ぎ去った日々の、なんと、寒々しく、空しく、うつろに想えることでしょうか。
あなたに逢えた 秋はもう遠く
迎えつつあるは 悲しい白い冬
別れた人との日々を、懐かしく想い出せるとしたら、それは、いくつもの同じ季節を越えなければならないでしょう。
白い季節の中での別れなら、想い出も白くなっていくまで…。
もう忘れた 全て あなたの事は
秋の枯れ葉の中に捨てた
まっ、ともかく、こんな場合はね、対処療法としてですが、相手のことを、一刻も早く忘れ去るしかありません。
指輪、ハンカチ、イヤリング、二人の写真、借りたままのCD…おっとCDは、のちになって、こんなページを作りたくなったときに、必要となりますから、残しておいた方がいいかも知れません。(笑)
もう忘れた 全て あなたの事は
秋の枯れ葉の中に捨てた
まっ、その他いろいろ、想い出なんかも、いじいじしないで、すべて秋の枯れ葉の中に捨てましょう。
ついでに、サツマイモでも入れて、焚き火で燃やしましょう。(笑)
そして、焼きあがった、ほっかほっかのお芋さんに、涙の塩味をつけて食べて、それから、あとは生理現象を待ちましょう。
それから豪快に、ブッーとやって、いままでの想い出を吹き飛ばすのが大切です。(笑)
ただし、次の恋のために、周囲に人が、特に彼氏(彼女)になるような人がいないことを、必ず確かめてくださいね。
もっとも、その姿を見られた人と、そのあと、くさい仲になるなんてこともあるかも知れません。ヾ(・・;)そりゃ、ないやろ〜(笑)
えっ、秋に何もなくて、燃やせるものがない方の場合ですか…。
`s(・'・;) エートォ...そんな方は、…静かに冬眠してください。(笑)
今回は、元気が出るように、多少、電気(エレキ)と打撃(ドラム)を強めておりますが、ふきのとう…、繊細なアコースティックサウンドに、調和のとれた穏やかなハーモニーは、やはり絶妙でした。
最後の「もう忘れた〜」の前に、三回鳴らされるギターのハーモニクス演奏は、とてもきれいです。
実際の演奏をCDなんかででも、是非、聞いてください。
当時のレコーディングでは、山木さん自身が、このハーモニクス奏法の演奏をしているそうですが、さすがです。
山木さん、細坪さん、現在はソロ活動をされています。
(初稿2000.11 未改訂) |