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「白いページの中に」―柴田まゆみ

青春の一ページ、ってよく言いますよね。

そうならば、青春の二ページ目、青春の三ページ目って、どこにあるのでしょうか。

いや、そもそも青春って、いったい何ページくらいあるものなんでしょうね。

パンフレットくらいの厚みがあるのでしょうか。
ツヤツヤしてて、やたらと目立って気を引くけど、あまり内容はないくらいの厚み。(笑)

いや、週刊誌くらいの厚さでしょうか。
見出しは大きくても、どうでもいいことを、さも一大事のように書いてあったりして。(笑)

それとも電話帳くらい分厚いのでしょうか。
探しているうちに、疲れてしまって、もういいやと投げ出すか、昼寝の枕にしてしまうくらい。(笑)

そういえば、青春の一ページとはいいますが、朱夏の一ページ、白秋の一ページ、玄冬の一ページとは言いませんね。

えっ、朱夏って、なんでしゅかって?(笑)

まあ、そんなギャグを平気で使えるようになれば、もう白秋、はい、はくしゅ(^-^)//""ぱちぱち(笑)

ついでに玄冬、お昼は弁当、夜は幻燈って、ダジャレをゲットするのも、かなり苦しいなぁ。(笑)

青春、朱夏、白秋、玄冬、というのは、人の一生であるライフサイクルを、春夏秋冬の四季のステージになぞらえての言葉です。

青春時代は言わずもがなでしょうが、朱夏時代は燃えるような夏、働き盛りの青年後期から中年前期、白秋時代は実りの秋、そろそろ髪に白いものが目立つようになった中年後期、玄冬時代はそろそろ冬ごもり、老年期以降にあたりますか。

しかし、これは人によって、かなりの個人差があって、何歳以上から何歳未満はと確定的にいえるものではありませんし、また平均寿命との兼ね合いもありますから、およその目安の区分となりますね。

また、春夏秋冬の修飾をしている青朱白玄の色は、青龍(せいりょう)、朱雀(すざく)、白虎(びゃっこ)、玄武(げんぶ)という、東南西北を守る中国伝来の四神の名前にも使われていますね。

そういえば、ふつう方位は東西南北なんですが、ここでは東南西北、つまり、トウ・ナン・シャ・ペー、つまりは中国伝来の麻雀用語にも使われていますね。(笑)

ちなみに、マスター(館長)、高校時代に友人たちから麻雀を教えてもらったのですが、結局、覚えきれずじまいでした。

博打(ばくち)の才能がないのと、面子(メンツ)を組まねばならない人付き合いが苦手でしたから。

えっ、麻雀パイより、ほかのパイパイの方に、興味がいってしまったんやろって?(笑)

そうそう、アップルパイに、パンプキンパイね。(笑)
ついでシナモンティもつけてね。(笑)

     いつの間にか私は 愛の行方さえも
     見失っていた事に 気付きもしないで
     振り向けばやすらぎがあって
     見守る瞳があった事を
     サヨナラの時の中で
     やっと気付くなんて

不思議なもので、探し物は、必要とするときには見つからず、いらないときに見つかり、失せ物は、失ってから気がつくという特性があります。

まあ、失うまえに気がついていれば、失わないものだし、気がついてて失うというのは、つまりは捨てているということになると思いますが。(笑)

しかし、ときとして愛は、煩わしくもあり、その桎梏(しっこく)から逃れたいと思うことがあります。

自己の自由を奪っているのは、その他者からの愛の手かせ足かせのせいであり、その束縛、呪縛を忌むべきものとして考えてしまうのです。

でも、思索をめぐらせば、自己の自由は、なにも他者から与えられたものではなく、自己に内在するものであって、自己から自由を奪い取っているのは、実は他者ではなく自己にほかならず、自己が自己を解放したときこそ、真の自由になれるのだ。

…なぁんて、難しいコトオね、青の季節、青春時代には言ってみたいものなんでしょうが、ほんとに、な〜に言ってんだか、です。(笑)

でも、ぼくも、青春時代の一時期には、そんなことがちらっと脳裏を掠めたことがあります。

しかし、あんまり、それを考え続けると、それこそ、人生不可解になって、華厳の滝にでも飛び込まないといけないし、もし華厳の滝に飛び込むつもりならば、まずは、東大に合格しないと、日光の猿にも笑われるしなと、断念するのでありました。(笑)

そして、まず、なにより、ともかく愛を失うためには、まず愛を得なければならないのだ、さよならをするためにはまず出会いがなければならないのだ、という真理に気付いて、愕然とするのでありました。(笑)

     優しいはずの声が 悲しい糸をひいて
     許しあえた短さを 遠くで響かせる
     色あせてゆくものに
     やさしさを帰してみても
     過ぎ去った日々の前では
     もうさめた振舞ね

いずれにしろ、鮮やかな色を見せていた想い出たちは、色あせて過ぎ去っていく日々の中に埋もれて、いずれ、忘却の彼方へと押しやられていきます。

ところで、色の三原色のことをご存知でしょうか。
絵の具やインクなどを混ぜるときの基本の色なんですが、シアン(Cyan)、イエロー(Yellow)、マゼンタ(Magenta)の三色です。

えっ、シアンってなに色?って、思案顔の人もいるようですので、簡単に説明すれば青緑色です。
ちなみに、シアン化カリウムというのが毒殺や自殺に使われる猛毒の青酸カリ (KCN)です。

さすがに、イエローの説明は、もういいえろー?(笑)

なんて、ボケておきまして、マゼンタ色の説明は、赤色と紫色を混ゼンタ色の赤紫色です。(笑)

この親父ギャグに反応するスピードの差が、青春との距離の差に反比例するということになりますので、よくチェックしておけばいいでしょう。(笑)

さて、この三原色を混ぜると、何色になるか、ご存知ですか?。
はい、そうです、黒色ですね。
小学校レベルの問題ですので、そんな手をあげて答えるほどのものではないですって。(笑)

ちなみに、かってパンフレットの印刷発注を担当したときに得た知識なんですが、シアン(Cyan)、イエロー(Yellow)、マゼンタ(Magenta)でも、黒色は出せるのですが、鮮明さに欠けるので、文字の入る印刷物のときなどには、ブラック(black)を加えて、四色刷りにすると、いわゆるフルカラー印刷になります。

では、つぎに、光の三原色のことは、ご存知でしょうか。

そうですね、赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)を、光の三原色と呼びます。
いわゆる、映像系の機器類には、RGB端子というものがありますが、このRGBは三原色のことです。

さて、この三原色を混ぜると、何色になるか、ご存知ですか?。
はい、そうです、白色ですね。
でも、これは、知ってる人は知ってるし、知らない人はやはり知らないまま、この世を去るでしょう。(笑)

ちなみに、高校のときに、演劇部の手伝いで照明を担当したときに、このことを知りました。

なにぶん、予算のない公立高校演劇部ですから、普通の照明器具の前に、色セロハンをかぶせる方法で、照明の多様化を図ります。

赤(Red)と緑(Green)を重ねると黄色、緑(Green)と青(Blue)では水色になります。

そして、赤(Red)と青(Blue)では、ほらっ、ドリフの加藤茶さんが、お決まりのセリフ、「ちょっとだけよ〜〜〜♪あんたも好きねぇ〜〜〜♪」というときに使われるピンクっぽい照明になり、学校演劇の硬い内容の劇でも、結構、色っぽかったりしました。(笑)

そして、それに、緑(Green)を重ねると、なんと一瞬にして、白になるのが、不思議で感動しました。

純真な高校生だったのですね。(笑)
まあ、演劇部を手伝ったのが、部長をしていた彼女のためという、下心はありましたけどね。(笑)

     長い長い坂道を 今登っていく
     好きだった海のささやきが
     今は心にしみる
     よみがえる午後のやすらぎも
     白いページの中に

心の中の想い出に、スポットライトを浴びせて、さまざまな季節に、さまざまな場面に、似合うような色の光を重ねていきます。

ほのかな桜色がかった想い出、透きとおった青空のような想い出、校庭に降る五月雨のような緑色の想い出、舞い散る銀杏紅葉のトパーズ色の想い出、そんな想い出たちが、浮かび上がってきます。

しかし、一瞬、鮮やかに浮かび上がった想い出たちも、すうーと消え入るように、色が抜けていきます。

そして、白っぽく、白っぽくなって、フェードアウトしていくように、白いページの中に収まります。

そう、すべてが白いページの中に…。

そう、ふたたび、白いページの中に収めたならば、今また目の前にある、長い長い坂道を登っていかなければなりません。

でも、かけがえのない想い出たちは、いつでもあなたの心の中の白いページの中にいます…。



この曲は、1978年(昭和53年)第15回ヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)つま恋本選会で優秀曲賞を受賞しました。

柴田まゆみさんの透明感のある声に、印象深いゆったりとしたメロディライン、そして特徴のあるリフレインと、ポプコンの原点、オーソドックスな一曲でした。

ポプコンのラジオ番組であるコッキーポップのオープニングテーマソングとしても使われて、この曲は、多くの人の印象に残ったと思います。

柴田まゆみさんは、しかし、入賞後、シングルを1枚リリースしただけで、すぐに結婚、引退してしまい、音楽シーンから、それこそ白いページに吸い込まれるようにして消えていきます。

しかし、その後も、カバー曲として多くの人に歌い継がれてきました。

2004年(平成16年)、柴田まゆみさんは、コッキ−ポップin札幌にて26年ぶりのステージに立ち、アルバム「白いページの中に and more tracks」をリリースして、活動を再開されています。

(初稿2005.10 未改訂)


白いページの中に

作詞/作曲 柴田まゆみ

いつの間にか私は 愛の行方さえも
見失っていた事に 気付きもしないで
振り向けばやすらぎがあって 見守る瞳があった事を
サヨナラの時の中で やっと気付くなんて

長い長い坂道を 今登っていく
好きだった海のささやきが
今は心にしみる
よみがえる午後のやすらぎも
白いページの中に

優しいはずの声が 悲しい糸をひいて
許しあえた短さを 遠くで響かせる
色あせてゆくものに やさしさを帰してみても
過ぎ去った日々の前では もうさめた振舞ね

長い長い坂道を 今登っていく
好きだった海のささやきが
今は心にしみる
よみがえる午後のやすらぎも
白いページの中に

好きだった海のささやきが
今は心にしみる
よみがえる午後のやすらぎも
白いページの中に

1978年(昭和53年)
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