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悲しけりゃここでお泣きよ
涙ふくハンカチもあるし
愛がこわした君の心を
やさしく包む椅子もある
とうとう、降りだしてきよったなぁ。
雨足はきつそうやし、気温も下がってきたし、客足も、これで今夜は、もう止まってしまうんやろうな。
「悪いけどな、店先のメニューボード、もう、中に入れといてくれるかな。」
今日は、そこそこの売り上げかな。
でも、このところ、おすすめメニューもよく売れ残りよるし、ちょっと、なんとかしな、あかんかな。
ポッカリあいた胸の奥に
つめこむめしを食べさせる
そんな失恋レストラン
いろんな人がやってくる
あれっ、お客さんかな。
二人連れか。
えっとぉ、見たことあるな。
誰やったかな。
うわ、びしょびしょに濡れとるやん。
「まいど、いらっしゃい!、タオル貸してあげて。」
そのまま入られたらかなわんからな。
「ひさしぶりやねぇ。」
と、ゆうてはみたけど、思い出さんな。
どんな子やったかな。
「元気にしてたん。」
大学生やったかなぁ。
いや、ガソリンスタンドでバイトしてるちゅう子かな。
けど、なんか今夜は、ごっつう、暗い雰囲気やなぁ。
そういうたら、奥のアベックも、さっきから暗いねん。
今夜の客筋は、こんなんばかりやな。
さっきから、なんか別れ話しとるみたいや。
こんなんやから、うちの店、失恋レストランなんて、うわさ立ちよるんやろうな。
まあ、心霊スポットのレストラン、ちゅう、うわさが立つよりは、ましなんやろうけどな。
でも、まあ、どっちみち、ええ客筋にはならんわな。
「あっ、タオルはこっちに返して。奥のボックス空いてるから。えっ、カウンターでええんか。」
ちょっと、うっとおしいな。
込み入った話するなら、奥に行ったらええのに。
でも、まあ、そろそろ片付けなあかん時分やし。
まっ、ここで、ええか。
おっと、奥の二人立ちよった。
「あっ、ありがとうございます。」
もめてた話ついたんかな。
でも、さっさとレジに来てよ。
財布開けるのは、レジの前でええんやから。
あれ、割り勘とちゃうんか。
「おおきに。じゃ、これお釣りね。あっ、傘ある?。あっ、持ってるの。じゃ、気をつけてな。」
…って、なんで一本の傘で、相合傘なん?
さっきまでの涙の別れ話はなんやったん。
まっ、ええけどな。
くっついたり、はなれたり、そうして青春は過ぎ去っていくことに、あとで気がつくもんやもんな。
「はい、おまたせ、なにしましょうか。」
って、どうでもええけど、こっちの左側のやつ。
ぜんぜん元気ないやん。
それに比べ、なんか、右側のやつ元気余っとる。
「えっ、今日はおいしいもんを、お腹いっぱい食わしたってやっててか。う〜ん。よっしゃ。」
でもそんな言い方したら、まるで、いつも、まずいもん食わしてるみたいやん。
すかん言い方やな。
丸い玉子も切りよで四角、ものも言いようで角がたつって、ゆうやろが。
けど、客にけんか売っても、ゼニにならんしな。
店のもんを売ってこそ、あきんどやもんな。
死んだおじいちゃん、ようゆうとったな。
「おすすめメニューは、そこに書いたぁるで。」
でも、左側の子、あんまし食欲なさそうやな。
食事やなく、ドリンクだけでええんちゃうか。
なんか、もう涙目やし。
一晩泣き明かしましたって感じやな。
「あまりめし食うてないの?せやったら、おすすめより、もっと、消化のええもんの方がええかもしれん。」
反対に、右側の子は、えらい血色ええな。
一食くらい、抜いた方がええかもしれん。
それに比べて、左側の子はまるで幽霊やな。
好きな女に裏切られて
笑いを忘れた道化師が
すがる失恋レストラン
ほらきた、また、やっぱり、これかいな。
「そうか、そうなん、振られたんかいな。」
かなんなぁ。
こんなん近頃多いんや。
失恋レストランって言われるわけやな。
でも、失恋レストランって、まるで、なんか、この店が失恋の原因みたいやん。
それもいうなら、失恋癒し系レストランって、正確にゆうてほしいもんやなぁ。
brokenhearted spiritual healing restaurant って、うわぁ、横文字似合わん店やな。
店やのうて、マスターからしておうてへん。
けど、ほんまは、マスターとしたら、若い子の話しを黙って聞いてあげて、枯れた笑顔で、うなずくだけでええんやろうけどなぁ。
でも、そんな渋〜いキャラとはちゃうしな。
かといって、コーヒーベーカリーの引っ込み思案で照れ屋でまぬけなマスターのキャラでもないしな。
ただ単にいっちょかみの性分のマスターやから。
せやから気になる、左の子の髪の毛が短くなったの。
ほんで、ひとこと言うてしまうんやな。
「髪、短くしたんかいな?」
さっぱりして、ええやん。
中途半端な色と長さやったしな。
ちょっと、ちょっと、右の方、カウンターに身を乗り出して、話かけてこんでええちゅうねん。
こっちは、左の方に聞いてるんやさかい。
この子もいっちょかみやな。
ゆわれるで、小さな親切、大きなお世話って。
「えっ、失恋したから、髪の毛切ったんやて。」
そんなん解説せんでも、分かるがな。
ちょっとあってね、なんて、本人にぼつぼつと、しゃべらせたりぃな。
でも、聞いた以上は、しゃあないな。
「ふ〜ん、なんか女の子みたいやな。まあ、髪を切るのは、むかしから、思い切る、想いを断ち切る、いうからな。」
あかん、左のやつ、なんか泣き出しよった。
泣かしたんちゃうで。
でも、なんか、女々しいやっちゃな。
いや女の腐ったみたいなやっちゃなぁ。
はよう、右、ぼぉとせんと、慰めたりぃや。
肩でも抱いて、そうそう、そうや。
ハンカチ足らんかったら、ナプキン貸したるし。
「うん?、これで三連敗してるってか。」
うれしそうに言うなよって、右ちゃん。
あんたが勝ったわけやないやろが。
左の子、いよいよ落ちこんでるやん。
暗いわぁ、肩落として、深いためいきか。
「そうなん?もてそうなのにね。」
まっ、おきまりの言葉でも、返しとこかな。
でも、見た目でほんまに、もてるようなやつには、もてそうなのに、なんてこと、言わんわな。
たいがい、いまいちやからな。
思い出した、左の子は芸人めざしとるやっちゃ。
このまえ来た時、道化師気取りやったな。
「せや、覚えてるで、前来たときは、めっちゃ、明るくて、おもろいことばかりいうてたやん。」
それが、このザマかいな。
涙隠して、芸をするのが、道化師なんやで。
どんならんわ。往生するわ。
こんなときは、話題、変えさせなあかんからな。
でも、この子の芸は、むかしからある大学生のコンパ芸と、ほとんど同じやねんけどな。
オリジナリティーちゅうもんがあらへん。
あれだけじゃ、仲間内の人気者にはなれても、プロにはなれんへんのちゃうか。
「えっ、また、オーディションも落ちたってか。」
あかん、最悪パターンに入ってもうた。
あっ、思い出した。
右の子は市役所の福祉係の窓口の子や。
このまえ、住民票もらいにいったときに、なんか、アル中のヨッパのおっさんと、どなりあっとったよな。
まぁ、あそこも、まあ、客商売やもんな。
いろんな人やってくるもんなぁ。
おまけに、客見て、うちは予約で満席ですねん、ほかの空いてる市役所行ってくれまっか、なんていうて、断られへんもんな。
「うん、うん、うん、そうか。そらあ、ひどいこと言う子やな。でも、良かったやん。そんな子やって、はやく分かっただけ、良かったと思うこっちゃな。」
まっ、これは、慰めの常套句やな。
振った子はワルでひどい子で、振られた子はいつも善人で正しい良い子って決まってるんや。
まっ、弁護人不在の欠席裁判ちゅうやつやな。
でも、それで訴えられることないし、かまへんな。
しかし、そら、どう贔屓目に見ても、女の子の考えの方がしっかりしてると思うで。
ここだけの話しやけどな。
才能もないのに、しかも、夢見てるばかりで努力もせん男を、愛想づかしするのは無理ないで。
まっ、お互いの将来考えたら、この選択しかあらへんねんやろね。
「せやせや、運も実力やしな。」
あれ、運が無いんやって嘆いているのに、これで、慰めになってるんやろか。
料理の出来具合を気にしてて、適当に答えてたら、わからんようになった。
ほんまは、どんなに実力あっても、運がなかったら、あかんからなぁ、と言うべきところやな。
せやけど、気いついてないようから、ほっといたろ。
どうせ、運も実力もなさそうやしな。
もうおどけることもない 今は
ねぇ マスター 作ってやってよ
涙忘れるカクテル
「えっ、カクテルのオーダ?。そら、まあ、ええけど。」
もう、食い物はええんかいな。
厨房の火、落としてもええんかな。
そりゃ、カクテル、商売やから作るけどな。
けど、ちゃんと帰ってや。
酔ってくだまいて、ここにお泊りはさせへんで。
「じゃ、おまかせでええやろ。」
それにしても、ゆうたオーダーが、涙忘れるカクテルやて、どこで覚えてきたんや。
あほな、そんな洒落たもんを作れたら、こんな場末で、ちまちまと、マスターしてまへんがな。
でも、まあ、いつもより度数高めたろか。
身体熱くなったら、涙も乾くやろうからな。
愛をなくした手品師などは
恋の魔術を使えない
だから失恋レストラン
そんなに、じぃっと、二人して、シェーカー振る手つきを見つめられたら、やりにくいがな。
なんちゅうても我流仕込みのバーテンダーやから。
それにしても、左の子、芸人めざしてるわりに、ほんま話ベタな子やな。
右の子の方がうまくようしゃべってるやん。
せや、話芸がダメなら、手品でも覚えたらええねん。
どこぞでネタ売ってるらしいで。
けど、やはり、不器用やったら、あかんやろな。
不器用は不器用やと自覚して、不器用なりに、コツコツと、やらなあかんねんで。
マスターも、なんぼ、この厨房で、血流したことか。
野菜剥かんと、指剥いてしもうたりしてな。
献血できるくらいもう流したんちゃうかな。
ともかく、あきらめないこっちゃ。
休んでもええから、継続こそ、力なりやで。
なくした恋のふきだまり
歌をうたえぬこの俺でも
話し相手になれるなら
いいさ失恋レストラン
右の子、ともかく、よう、左の子の話を聞いたりや。
励ましたろとか、なんかアドバイスしたろとか、そんなん二の次で、考えへんでええから。
こんなときはな、ともかく聞き手に回り、聞き上手になったったら、ええねんから。
話してるうちに落ち着いてくるもんや。
そういうもんやで。
でも、わしも、も少し、寡黙にならんとあかんな。
このごろ、口が疲れるんや。
料理作らんと、しゃべってばかりやしな。
オーナーシェフの悪い傾向やな。
誰も注意せんからな。
まっ、自分で自制、自戒しなあかんな。。
「入り口の看板の明かり、落としてくれるか。ほんで、もう、上がってくれてええから。ご苦労さん。」
あら、もう、ええ時間やな。
明かりつけとったら、ろくな客入ってこんしな。
人件費も高いから、はよ上がってもらわな。
「あっ、いや、気をつかわんと。まだ閉店時間ちゃうから、ゆっくりしていきや。」
ほお、遠慮しとるんか。
近頃の若いもんにしては、常識ある方かもな。
金さえ払ったらええ、客やからなに無理いうてもええんやって感じ、最近、多いからな。
まっ、うちは店が客を選ぶさかいな。
せやから、売り上げ伸びんけど。
でも、マスターの性分やから、いまさらしょうないな。
君のそばにいてあげる ずっと
ねぇ マスター 唄ってやってよ
痛みを癒すラプソディー
「ああ、弾けるのなら、いいよ、弾いても。」
前のオーナーが、ピアノ残していったからな。
ちょっと場違いなピアノやけど。
でも、生演奏の似合うような店やないしな。
ピアノもろくに調律してないから、ちょっと変やし。
まあ、装飾品としては申し分ないけどな。
「ごめんな。そのギターの弦、切れたままやねん。」
ほんまは、カラオケでも入れた方がええんかな。
でも、うちなんか、そうそうに、カラオケ目当ての客があるわけやないしな。
それで儲かるご時世やないし。
しかし、ラプソディーって、 狂詩曲のことやで。
わかってるんか。
なんか、あのひとも、このひとも、っていうのが、ラプソディーって、思うてへんか。
まっ、ええけどな。
今日は声の調子が悪いから、勝手に唄って。
でも、右の子、弾き語り、上手やん。
左の彼よりも、芸人の素質あるんちゃうか。
まっ、彼も、あんなに食って飲んで唄って、楽しそうな雰囲気になってきたやん。
少しは吹っ切れてきたんかな。
落ち込んだときは、なんか違うことして、目先を変えてみるっていうこっちゃな。
うん、えっ?。
「えっ、さきに帰るって。大丈夫か。」
宴もたけなわってとこで、残ったカクテル一気に飲んで、手をあげて、出て行きよったで。
と、思ったら、すぐ戻ってきた。
と、思ったら、部屋の鍵らしきものをもらって、また出て行きよった。なんやねん。
「えっ、帰るとこが一緒、一緒の部屋なん?」
ああ、二人でくらしてるって。
そうか、うん?
なんでやねん。
ということは、あんたら、どういう関係なんや?
「あっ、お疲れさん。明日は夜からでええ。」
っと、みんな帰ったで。
そして、誰もいなくなった、ってか。
そろそろ、あんたも…、って、あかん、座りなおしたで、この子。
みんな帰ったそのあとで
強がりいってたこの俺は
ひとり失恋レストラン
まだ恋したこともない そうさ
「へえ、彼とは、ルームメイトなんか。」
って、ルームメイトって、たいがい同性同士ちゃうん。
異性やったら同棲やん。
同性は同棲ちゃうけど、異性は同棲になって、同性は、もう、どおーせいいうねんって、ギャグいうても、誰も聞いてへんわな。
「そっか、幼なじみやったんか。」
同じ田舎から出てきて、とどのつまりは、食いっぱぐれの彼が、転がり込んできたとゆうわけか。
で、彼、ガソリンスタンドでバイトしてるって。
「やっと、話がつながったわ。いや、こっちの話や。」
良かった、まんざら、ボケてない。
まだらボケくらいやな。
「で、恋愛経験ないんか。そう見えへんけどな。」
って、いちおう、ゆうとこ。
もてそうなのに、の逆バージョンやな。
しかしな、恋愛の話し以前に、さっきから、俺さ、俺さって、言ってたけどな、その言葉遣い、なんか気になるんやけどな。
「プライベートのときだけ?。でもな。う〜ん。」
むかしも、女の子が、ボク、ボクっていうのが流行ったころがあったし、いま、オレ、オレって、電話でささやくのが流行ってるけど…、えっ、流行っているんやなくて、あれはオレオレ詐欺ってか。そうともゆう。
まあ、そんなん、ええねんけどね。
いまさら、女のくせに、なんて古い言葉、出すつもりはないし、男と女の友情もあるとは思うで。
でも、やっぱり、なんかひっかかる。
もちろん、性同一障害とかは別やけどな。
せやから、恋に落ちたら、およそ、男は男らしく、女は女っぽくなるものらしいと、誰かゆうとった。
わざと男っぽくしているところが、なんか、はたから見てて、不自然なんやな。
ねぇ マスター ラスト・オーダーは
失恋までのフルコース
ねぇ マスター ねぇ
マスター ねぇ マスター早く
ちょっ、ちょっ、ラストオーダーでフルコースって。
フルコース出すのって、こんな店でも、軽く、これから二時間近くはかかるよ。
それはもう、堪忍してぇな。
それより、君は彼のこと、どう思ってるの。
いや、ルームメイト、幼なじみって話は聞いたよ。
じゃなくて、異性として、異性という言い方がイヤなら、男友達としてでもええやん。
どう思ってるんや。
うん、なんかほっておけんのんやろ。
なんか、気になるんやろ。
うん、うん、でも、ほんまに、そうかな。
もっと、素直になってもええんちゃうか。
こんな仕事してる人間の勘やけど、君は彼に、そして、彼も君に、好意以上のもん持ってると思うよ。
あとは、これから、君たちがどう本音でつきあっていくかどうかやと思うよ。
いや、ここで、はぐらかしたらあかん。
ちゃかしても、あかんって。
説教してるわけでもないんやで。
ただ、恋愛って、傷つくことを怖れてたら、いつまでも、できんもんやで。
もし、君に、失恋の覚悟があるんなら、いちど素直に相手にぶつかってみたらどうやって思うんや。
うん、うん、うん…。
うん、そうや…。
うん、うん。
うん、またおいでや。
せや、君は君らしく、振舞ったらええねんから。
ここの椅子は、いつでも空けてるから。
えっ、用意してほしくないってか。
そう言わんと、ついでに、ハンカチ代わりのナプキンもいっぱい用意しといたるわ。
じゃ、気をつけて帰りや。
それから彼に、来週の面接、頑張れって伝えてな。
はい、じゃ、おやすみ。
おっ、雨も上がったようやな。
星空が見えてるやん。
でも、風が冷たくなったな。
またひとつ季節が移ろったんやろな。
さて、今度の休みにギターの弦でも買いにいこか。
悲しけりゃここでお泣きよ
涙ふくハンカチもあるし
愛がこわした君の心を
やさしく包む椅子もある
清水健太郎さん、1952年(昭和27年)10月11日、福岡県北九州市生まれ、血液型B型。
この「失恋レストラン」でデビュー、これが、大ヒットして、レコード大賞新人賞、そして紅白歌合戦にも出場しました。
清水健太郎、略して「シミケン」の愛称で呼ばれ、その後は役者として活躍していましたが、覚せい剤取締法違反の現行犯で、何度も逮捕されました。
薬物依存を断ち切るのは、容易ではないのでしょうが、つのだ☆ひろさんの異色の名曲「失恋レストラン」は、いまなお根強い人気があるのですから、是非とも更正して、復帰を期待したいですね。
(初稿2005.12 未改訂) |