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テレビの名画劇場で
「ジョンとメリー」を見たよ
ダスティン・ホフマンが主演の
行きずりの恋のお話しさ
テレビの名画劇場…むかし、映画は、映画館の封切館や、少し遅れた名画館での上演と、テレビでゴールデンタイムの映画番組の放映を見逃せば、あとは、深夜時間帯に放映される名画劇場くらいしか見る機会はありませんでした。
いまは、レンタルビデオ・DVDやBS放送、CS放送の普及で、往年の名画を見るのも、簡単に、便利になりました。
「ジョンとメリー」、原題は「JOHN AND MARY」で、1969年(昭和44年)の作品です。
主演はもちろん、ダスティン・ホフマンで、ニューヨークの朝を迎えた名前も知らない同士の行きずりの男女のラブストーリーです。
この歌の影響で、ぼくも、この映画をテレビの深夜放送の名画劇場で見た記憶がありますが、あまり印象に残ってません。
行きずりの恋…と言う、怪しげな、あるいは、みだらな、不道徳な語感に拒否反応があったのか、あるいは、ただ単に睡魔に勝てなかっただけかも知れませんが。(笑)
まるであの日の ふたりみたいで
胸が熱くなって 仕方がなかった
行きずりの恋…は、ともかくとして、男女の出会いは、偶然のきっかけと、そのときの勢いから始まるものですね。
そして、おそらくは、恋のひとつやふたつを経験した人ならば、この映画の恋人達に、いくつかの想い出をオーバーラップさせることができるでしょう。
君と一緒に見に行った
「卒業」を覚えているかい
花嫁を奪って逃げる
ラストシーンが心にしみたね
「卒業」、原題は「THE GRADUATE」で、1968年(昭和43年)の作品です。
サイモン&ガーファンクルの数々の名曲とともに、映画のラストシーンで、教会から、花嫁のエレーン(キャサリン・ロス)を抱きかかえて、走っていくベンジャミン(ダスティン・ホフマン)の姿が、あまりにも印象的です。
もっとも、この映画の封切りのときは、まだ映画館に足を運べる年齢ではなかったので、ようやく中学生になってから、名画館で上映されたのを見に行った記憶があります。
それも、ダスティン・ホフマンよりも、サイモン&ガーファンクルの曲を聴きたかったから、というのが正直なところでした。
やはり、この映画を理解して、感情移入が出来たのは、大学生になって、深夜のテレビの名画劇場を見てからのことでした。
なのにあの日 ぼくは教会で
君を遠くから ながめてるだけだった
別れた恋人の嫁ぐ日に、ふと、「卒業」のように、花嫁姿になった恋人を奪い去りたい…という思いに駆られながら、やはり思いとどまってしまう…という切なさ。
健全な常識人として生きていく限りは、やはり映画のようなラストシーンは迎えられないのかも知れません。
もっとも、「卒業」という映画でも、教会から逃げ出し、バスに乗った二人の笑顔は、バックに流れる「サウンド・オブ・サイレンス」の歌とともにいつしか無表情になっていく演出がされています。
君にもう
二人も子供がいるなんて
ぼくのまわりだけ
時の流れが遅すぎる
いずれにしろ、別れた恋人が結婚して、そして、子供までいるようになると、もはや、なすすべもないことは頭の中では理解できるはずですが…。
映画の主人公のようにはなれなかった過去の自分の行動を、ずっと後悔しながら、ゆっくりと、ゆっくりと時のしずくが、氷結した心を溶かしてくれるのを、ただ待つ…。
待つ身には、時の流れが恨めしいほど遅く感じられます。
そうした心象風景を、この曲は、ピアノの高音域の怜悧な音と、ギターのピチカート奏法(指で弦を弾いて音を出す奏法)で緊張感のあるメリハリをつけて、絶妙に描写しています。
原曲では、それに、大塚博堂さんの、豊かな声量ながらも、繊細にして優雅なボーカルがかぶっています。
大塚博堂さん…芸名は「おおつかはくどう」、本名は「おおつかひろたか」、そして、戒名は…知りません…。
博堂さんは、1976年(昭和51年)に、遅咲きの32歳で「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」でデビューしました。
そして、その、わずか五年後の1981年(昭和56年)、全国ツアー中に脳内出血で倒れて、逝去されました。
享年37歳でした。
(初稿2000.12 最終改訂2008.1) |