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「旅立ち」―松山千春

   私の瞳が ぬれているのは
   涙なんかじゃないわ 泣いたりしない

「泣いているの?」
「ううん、涙なんかじゃないわ、泣いたりしない、目にゴミが入っただけ。」

「目にゴミ? 泣いているんだろう?」
「違うわ、涙なんかじゃないわ、泣いたりしない、汗が目に入ったのよ。」

「汗なんか出てないよ、泣いてるんだ?」
「いいえ、涙なんかじゃないわ、泣いたりしない、煙草の煙が目に沁みたの。」

「禁煙してるくせに、うそだろ、泣いているよ。」
「はいはい、そうよ、あなたの別れ話が、あまりにしつこくて退屈だから、あくびが出て涙が出たのよ。」 

(#/__)/どて

ちゃん・ちゃん・ちゃら〜〜〜ん♪
ちゃら・ら・ら〜〜〜ん♪
そして、イントロに続く。(笑)

ところで、涙というのは、目尻に近い上まぶたの内側にある涙腺から分泌され、目頭の上下にある涙点で吸収される無色透明の体液で、医学的には涙液といわれるものです。

この涙液には、目の表面を潤して乾燥を防いだり、目に入ったゴミなどを洗い流したり、あるいは目に栄養や酸素を供給したり、細菌と戦ったりもする大切な役目があります。

たまに、女の武器としての役目もありますが。(笑)

ですから、目が濡れているのは、必ずしも泣いているからではありませんが、涙なんかじゃない…、ことはなくて、やはり涙は涙で、量は少なくてスズメの涙であったとしても、涙は涙なのです。(笑)

まあ、正確には、感情的な涙ではなく、生理的な涙といえるのかも知れません。

生理的な涙が出にくくなったり、涙の成分に異常が生じて、目の表面が乾燥するのが、いわゆるドライアイという病状ですが、加齢とともに、涙の産生量も減少し、眼の表面を潤すための涙の量が不足がちになって、ドライアイになりやすく、これはさらに重篤な視力障害を引き起こす要因にもなりかねません。

年とともに、涙もろくなったから大丈夫、かというと、そうではなく、残念ながら、これは、目頭の上下にある涙点の機能が加齢により低下して吸収不良になり、その涙があふれ出てくるだけのことですので、涙もろくても、ドライアイにはなります。

やはり、人間の目と、犬の鼻は、適度に濡れているのが健康の証拠です。(笑)

このような生理的な涙ではなく、感情によって出る涙は、喜怒哀楽によって少し成分が異なります。

悲しいときや嬉しいときには交感神経が働いて薄く水っぽい、また怒りや悔しいときには副交感神経が働いてやや塩辛いといいます。

だから、悲しいときに、涙が塩辛いと感じたときは、悲しさの方よりも、実際は、悔しさの方がまさっているのかもしれません。

オレの方がカッコいいのに…、わたしの方がカワイイのに…なんて、思いながら、振られたときに流す涙なんかがそうかもしれませんね。(笑)

そして、近年の研究では、涙の成分には、ストレスの成分も含まれていることが分かってきました。

つまり、涙は、ストレスを感じたときに、そのストレス成分を体外に排出する役目も担っているそうです。

つまり、泣いて涙を流したあとに、すっきりとした気分になるのは、泣いて涙を流すことで、精神的にも生理的にもストレスが発散できるからだそうです。

意外なことに、病気がちな人よりも、健康な人ほど、涙を流す機会が多いことも分かってきました。

こうなりゃ、泣かなきゃ損ですね。(笑)

   この日がいつか 来る事なんか
   二人が出会った時に 知っていたはず

会うは別れの始めなりといいます。

しかし、出会った時が、じつは別れる時の始めであるなんて、考えれば、この言葉は悲しいですね。

それが、人生の真実であるならば、人は人と別れるために、人と出会うということになるのでしょうか。

でも、出会った時から、別れの日が来る事を予感して身構えていても、何も始まりません。

いつかは別れる人だからと、悲観的に、刹那的に接していては、人とのつきあいが、深まることも、またそれにより、自分を高めることもありません。

だからこその一期一会。

一生に一度だけの機会と心得て、前向きに、誠意をもって接していこうという言葉なんでしょうね。

   私の事など もう気にしないで
   貴方は貴方の道を 歩いてほしい
   さよならいわずに 笑ってみるわ
   貴方の旅立ちだもの 泣いたりしない

あとに心が残って去りがたいというほどの意味で、後ろ髪を引かれるという言い方があります。

世の諸兄がみな後ろ髪を引かれてしまって、後頭部が…いや、明日はわが身、お口にチャック!(笑)

まあ、チャンスの神様には前髪しかない!ともいいますから、後ろ髪は…いや、明日はわが身、お口にチャック!(笑)

そこでケラケラ笑ってる諸姉、最近は、女性の方も、ストレスのせいか、まだあげ初めし前髪も、かなり危機的な状況になっていますから、明日はわが身、お口にチャック!(笑)

そう、四の五の言わずに笑ってください。

最後のはなむけには、笑顔ほど、素敵な贈りものはないでしょう。

   言葉はいらない 笑顔をみせて
   心の中の貴方は いつもやさしい

着飾った言葉よりも、素直な笑顔。

もちろん、限りなく泣き顔に近い笑顔であったとしても、ひきつった笑顔であったとしても、笑顔。

思い出を、どうとらえるかによって、ネガティブにもポジティブにもなります。

もはや戻ることができないものならば、せめて、いまは前向きに、思い出を明日のエネルギーに変えて、歩き続けていくことがたいせつです。

   私は泣かない だって貴方の
   貴方の思い出だけは 消えたりしない

そう、もう会えなくても、心の中では、思い出の中では、いつでも会える、いつまでも、生きている、いつまでも、微笑んでいる、いつまでも…。

   私の瞳が ぬれているのは
   涙なんかじゃないわ 泣いたりしない

そう、涙なんかじゃないわ、泣いたりしないと、そんな強がりを言っているうちに、ほんとに、強くなれそうな、そんな気がします…。

そう、あなたの旅立ちだから、わたしも旅立ち…。



松山千春さん、1955年(昭和30年)12月16日、いて座、血液型O型、北海道足寄郡足寄町出身。

この「旅立ち」は、松山千春さんのデビューシングルで、ファーストアルバム「君のために作った歌」に収録されています。

「旅立ち」は内容的には恋愛仕立てになっていますが、素材としては、足寄高校を卒業して地元で就職した松山さんが、就職や進学で、足寄を去っていく友人たちを思って作ったそうです。

1975年(昭和50年)に、ニッポン放送の音楽番組「バイタリス・フォークビレッジ」が主催した全国フォーク音楽祭の北海道・帯広地区予選会がありました。

二十歳くらいのちょっと神経質そうな痩せぎすの男子が、高校のときに道路工事のアルバイトをして買ったという5000円くらいのチープなギターをひっさげて、この「旅立ち」という曲で参加します。

審査員の一人は、彼に、こう言います。
「歌はいいが、ギターがひどいな。」
この講評に、彼は臆することなく反論します。
「俺は、ギターの品評会に来たんじゃない。歌の批評をしてくれ!」とその審査員をにらみつけました。

そして、彼は予選会は通過しますが、北海道大会では落選して、本選会に出場できませんでした。

ちなみに、1972年(昭和47年)の本選会では、中島みゆきさんが優秀賞を受賞しています。

本選会に出場できなかったこの彼が松山千春さん、そして、このときの審査員が、札幌テレビ放送(STV)ラジオディレクターだった竹田健二さんでした。

竹田さんは、北の大地に育まれた反骨精神の中にナイーブな優しさを秘めた彼の素質を見抜いて、他の反対を押し切り、担当していたラジオの深夜番組のコーナーに、彼を抜擢します。

そして、1977年(昭和52年)の1月25日に、この「旅立ち」で、松山千春さんはデビューします。

1974年(昭和49年)「白い冬」のふきのとうがデビュー、1975年(昭和50年)中島みゆきさんが、「アザミ嬢のララバイ」でデビューと、北の大地から、続々とアーティストが生まれてきた頃のことです。

竹田さんは、地方ローカル局とはいえ、北海道ではメジャーなSTVラジオのディレクターとして、北海道出身のアーティストたちを応援するとともに、とくに、北海道に愛着を持ち、地元志向の強い松山千春さんには目をかけていました。

「東京なんか出てく事もないし、お前の好きな北海道で足寄でずっと唄ってれ、そのために俺いろんな事してやっから。」と松山千春さんに言ったそうです。

そして、1977年(昭和52年)8月27日、ファーストコンサート「旅立ちコンサート」の函館ツアーの朝、松山千春さんは、竹田さんの訃報を聞くことになります。
竹田健二さん、享年36歳でした。

松山千春さんは、その後、竹田さんの期待を裏切らずに、「時のいたずら」をヒットさせ、「季節の中で」で、北の大地ブランドの松山千春を確立しました。

私事になりますが、マスター(館長)も一度、高校時代に、アマチュアが出演できるテレビ番組のオーディションを受け、そのとき、審査員から、歌はいいがギターのチューニングが甘いよ、と言われて、入念にしたはずで、どこが甘いのか分からず、臆してしまって、再チャレンジすることなく断念しました。

この松山千春さんのエピソードを聞いて、松山さんの頑張りと自信に裏付けられた必死の気迫が、審査員の竹田さんにも、ひしひしと伝わったのだろうなと、羨ましく思いました。

千春さんが、コンサートで竹田さんの話をすると、いつも「旅立ち」が涙声になって歌えなくなり、客席ファンが合唱しながら静かにフォローしているさまは、あたかも北の大地に咲くはまなすの群落が風にそよぐときのような感じで、優しい気持ちにさせてくれます。

今でも北海道にこだわり続ける松山千春さん。

最近は、政治的な活動も目立ちはじめて、往年のファンとしては、少しヒクところもあるんですが、それもこれも、松山千春さんにとっては、純粋な郷土愛ゆえの行動だと理解しておきたいと思います。

まぁ、千春兄さまよ、したら、頑張るべしネ。
えふりこいてええから、ムネオにゼンコ稼がせて、近くて遠い、北方領土をひっぱってくるしかないっしょ、と大阪から一票の代わりに、エールだけ贈っておきまっさ。(笑)

(初稿2005.9 未改訂)


旅立ち

作詞/作曲 松山 千春

私の瞳が ぬれているのは
涙なんかじゃないわ 泣いたりしない
この日がいつか 来る事なんか
二人が出会った時に 知っていたはず

私の事など もう気にしないで
貴方は貴方の道を 歩いてほしい
さよならいわずに 笑ってみるわ
貴方の旅立ちだもの 泣いたりしない

言葉はいらない 笑顔をみせて
心の中の貴方は いつもやさしい

私は泣かない だって貴方の
貴方の思い出だけは 消えたりしない

私の瞳が ぬれているのは
涙なんかじゃないわ 泣いたりしない

涙なんかじゃないわ 泣いたりしない

1977年(昭和52年)
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