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「晩鐘」―さだまさし

ほんま、ここんとこ、めっきり、寒うなってきましたな。
今年は夏が暑かったさかいに、よけい寒さ、からだに染みますな。
えっ?、えらいなんか、親しげに声かけてくれはるけど…、って?。

あなた、いったい誰?ってか。
ハナテン中古車センター〜、って、ちゃうやんかってか。
もっとも、これ分かる人は、かなり大阪ローカルな人やろうけどな。

まっ、ええわ、わしのことを、尋(たん)ねてはるんかいな。
せやな、いったい、わしは、なにもんなんやろな。

まっ、線香くさい話しは、あんまし好きやないんやけどな、ほんま、これが生々流転(せいせいるてん)、輪廻転生(りんねてんしょう)ちゅうやつなんかも分からんな。
まあ、人身(にんじん)は受け難しともいうらしいしな。

あるときは、人に生まれ、男に生まれて、女に生まれ、あるときは、虎に生まれ変わって、あるときは、猫となって生き、犬となって死して、また銀バエとなったことも、あったような気がするで。

まあ、銀バエやったとしても、いまの季節や、もう冬の蝿やろし。
よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅、そんな感じなんやろなあ。

そんなこんなで、ほんで、いまは、わし、なんと、蚊や。
なんの因果か知らへんけど、蚊に生まれ変わったみたいやな。

それも、いまの季節の蚊やさかい、哀れ蚊(あわれが)いうらしい。
えっ、哀れ蚊って、なんか風情(ふぜい)あるやんかってか。
なぐさめてくれてんのか、まあ、おおきに、ありがとさん。
けど、あんまし、嬉しうないけどな。

いずれにしろ、季節はずれの弱々しい蚊を、古人達は、「あはれ蚊」と呼び、手で打ったり、除虫香をたいたり、という事をしなかった、というようなことを、デスノートか、ライナーノートかなんか知らんけど、それに書いてくれた、優しいちゅうか、軟弱ちゅうか、そんな歌手がいてくれたおかげで、まあ、殺生されんと、生かしてもろうてまんのや。

もっとも、もっとむかしの時代に、死のうと思っていたのに、お年玉に夏物の着物をもらったから、夏まで生きていようと思った、っちゅうような、これまた、おなごと心中でもしそうな、わけのわからん軟弱そうな小説家も、哀れ蚊のことを、書いてるけどな。

その作家の小説の中では、哀れ蚊を、秋まで生き残されている蚊のことで、蚊燻(かいぶ)しは焚(た)かない、不憫(ふびん)なゆえに、と老婆に語らして、古くからの風習があるように書いてるけど、どこぞが出典なんかは、とんと、分からんかったな。

まあ、この小説には、ほかに、北国の冬の寒い晩には、寝巻を脱いで裸になって抱き合って寝るみたいなことも書いてあるけど、出所不明の都市伝説みたいなようで、青森の津軽出身の人に聞いても、「わがんねぇ、したばって、寒ぐねえべか」、なんて反対に聞き返されたりするから、一般的には、ちょっと眉唾(まゆつば)もんなんかもしれんな。

まあ、それが無頼派たる太宰治の魅力なんやろかな。
太宰治ちゅう作家は、わしが人として生まれたときの中学一年生の頃の国語の教科担任やったK先生が好きな作家でな、その先生の影響で、わしも好きになったちゅう作家なんや。

そんときにな、同じように太宰が好きな、せやなアグネス・チャンにちょっと似た感じの同級生の娘(こ)がいてな、放課後の図書室で、太宰の作品の話なんかしているうちに、なんとなく良い雰囲気になって、…たんやけど…、なんせ、うぶやったからなあ…。

   風花がひとひらふたひら君の髪に舞い降りて
   そして紅い唇沿いに
   秋の終わりを白く縁取る
   別れる約束の次の交差点向けて
   まるで流れる水の様に
   自然な振りして冬支度

…って、おっと、そんなことより、わし、いま、哀れ蚊やったな。

なんか寒いなぁって思うたら、風花が舞ってるやんか。
人にしたら、風花って、風流なんかもしれんけど、わしらにしたら、隕石みたいなものや、当ったら吹っ飛んで、いのちにかかわるわ。

風花って言葉があるの知ったんは、北海道出身の作家の作品の中やと思うから、風花っていうのは、北海道や東北の雪国の言葉やと思ってたら、本来は、山などに降り積もった雪が風によって飛ばされてくる雪片のことで、静岡や群馬で見られるような気象現象いうらしい。

まあ、わしは、生まれ育ちが大阪やから、雪は、めったと見かけんかったし、風花いうよりは、細雪いう方がなじみがあるんかもしれんけど、その谷崎潤一郎の「細雪」という小説に出てくる船場ちゅう地域は、わしのご先祖さんが商いの店を構えていた東横堀の近くやさかい、むかしのわしのご先祖さんも大阪の細雪は見てたかもしれんな。

江戸時代、大阪は浪華八百八橋いわれるくらい橋が多いんで有名やったんやけど、東横堀ちゅうのは、豊臣秀吉の命で作られた運河で、その川に架かる橋のひとつの瓦屋橋北詰に、江戸時代前期から幕末維新の頃まで、わしのご先祖さんの店があったらしいんや。

我がご先祖さまのいずれの時代の、いとはんなんか、こいさんなんかは知らんけど、東横堀川の流れに行き交う交易廻船を見つめながら、母親にも打ち明けれん、悲しい恋に、悩んでたんかも知れんな。

子守をしてくれた丁稚(でっち)に、ほのかに抱いた恋心を胸に秘めて、大店(おおだな)のぼんとの祝言(しゅうげん)の話しを、お店のために、受けよか、受けまいか、なんて考えてたんかもしれんなぁ。

あるいは、その丁稚が、いずれ手代、番頭になって、入り婿養子として認められるまで、黒髪に雪が舞い降りるが如くの白髪になるまで、待ち続けようかなんて、いじらしくも悩んでたんかなぁ、なんてなぁ…、しかし、まあ、想像というよりは、かなり妄想めいてきたかも知れんな。

でも、いまどき、こんなラブストーリー思いつくのは、くだんの軟弱な歌手か、青春音楽館のマスター(館長) くらいしかおらへんやろな。

しかし、妄想というよりは、ちょっとした淡い夢物語やと思わへんか。
まあ、胡蝶も夢を見るそうやから、哀れ蚊も夢くらい見させてぇ〜や。

   僕の指にからんだ 最後のぬくもりを
   覚えていたくてつい立ち止まる
   君は信号が待ち切れない様に
   向こう岸に向かって駆けてゆく
   銀杏黄葉の舞い散る交差点で
   たった今風が止まった

せやけど、いま時分の季節いうたら、ほんま人恋しい季節やな。
とくに暮れそうで暮れない黄昏どきなんかは、ほんま人恋しいやろ。
えっ、あんたは、人恋しいやのうて、人肌が恋しいんやろってか。
哀れ蚊やから、また、血ぃ、吸いたくなったんやろってか。

言わんといて、蚊いうても、血ぃ吸うのは、繁殖期のメスだけやし。
いつもは、花の蜜や果汁、木の樹液なんかを吸うてるし、なんせ、わしは、哀れ蚊やで、そんな色気も、食い気も、とうにあらへんがな…、っていうてたら、どこぞから、かすかにええ香りしてきたな。

ええ香りいうても、食道楽大阪の食欲そそる、うまい匂いとちゃうで。
上品な、風情のある、せやな、たおやかな香りちゅうんかな。
ああ、でも、もう夕間暮れやな、夕凪ゆうんか、風が止まったな。

風が止まれば、空気は、澱(よど)んでしまうけど、香りは残る。
風が緩み、香りがよけい優しうなった気がするけど、どこからや。

あっ、そうか、目の前の神社の横の植え込みの木やな。
こんな街中にも神社残ってるんやな。
二千年まではいかんとして数百年くらいの由緒はあるんかな。

おっ、あそこ、あの、白い花か、そうか、あれ、銀木犀やな。
金木犀と比べたら、花も香りも控えめやけど、わしは好きやな。
花言葉は、たしか「ただひとつの恋」、そして「初恋」やったかな。

…ふっ。

えっ、なに、溜息ついたんやてか。
まあ、ええやんか、うん、せやな、早春の香り、弥生三月の頃の沈丁花 (じんちょうげ)といい、深まる秋の香り、神無月十月の頃の木犀といい、季節、季節に香る花があるやろ。

ほんで、その香りのするおりふしに、ひとそれぞれに、なにかしらの想い出があるんやろなぁっ、て思うたら、なんか切のうなってきてもうてな、思わず溜息がでてもうただけや。

それに秋は、視覚的には、花だけやなくて、モミジなんかの葉っぱも彩り豊かになって、銀杏黄葉や、伊呂波(いろは)紅葉に楓紅葉、ぶな紅葉、桜紅葉、おなじモミジいうけど、それこそ色々とあって、やはりその色づく葉たちが舞い散るおりふしに、ひとそれぞれに、なにかしらの想い出があるんやろなぁっ、て思うたら、やはり切ないわな。

ほんで、いつも、いうことなんやけど、あの人も、この人も、逝きはったんは、去年今年(こぞことし)のことやったんやなぁ、なんて思うたらね、年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず、なんて言葉を、ほんま、近頃は実感する、今日この頃ですわな。

   哀しみがひとひらふたひら僕の掌に残る
   時を失くした哀れ蚊の様に
   散りそびれた木犀みたいに
   眩暈の後の虚ろさに似つかわしい幕切れ
   まるで長い夢をみてた
   ふとそんな気がしないでもない

時というのは、一瞬一瞬の積み重ねや、けど、連綿と続くもんや。
ほんで、また、時を待たなぁ、あかんときもあるんや。
でも、信号の色は、故障でもせん限り、いつかは変わるもんや。

けど、変わるのを待ちきれんときもあるわな。
待ち続けて、待ち続けて、でも、待ちきれんときもある。
長い間、待ち続けて、待ち続けて、けど、時を失くしてしまう。

そういえば、胡蝶の夢という話しは、中国の戦国時代の宋国の思想家で、老子と並ぶ道教の始祖の一人の荘子の説話やったな。

蝶として、ひらひらと舞っていた夢を見て、ふと目覚めたところ、はたして自分は、蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は、蝶が見ている夢なのか、という話しやったな。

まあ、この話しは、ファンタスティック(fantastic)な、幻想的な説話というよりは、どっちかというと、フィロソフィカル(philosophical)な、哲学的な説話やろなぁとは思うで。

しかし、まあ、いずれにしろ、自分が蝶になったとしても、あるいは蝶が自分になったとしても、つまりは自分が自分であることには、なんら変わらへん、ちゅうことやろ。

イチョウの葉が、緑色から黄色に変化して、黄葉となって舞い散ったとしても、やはりイチョウはイチョウであるのと同じことやな。

出会いと別れを経験して、二人が一人になったとしても、やはりもともとの一人に戻っただけで、なんら変わらへん、ちゅうことや。

二人でいたときのことが夢のように思えて、つまりは、それも夢。
夢は夢のうちに、覚めるものなんかもしれん。

人の一生ちゅうのは、長く思えても、所詮は、穀物が煮炊き上がるくらいのほんの短い時間に見る夢に過ぎないというこっちゃやな。

これを、一炊(いっすい)の夢とか、邯鄲(かんたん)の夢、盧生(ろせい)の夢、邯鄲夢の枕、黄粱(こうりょう)の一炊とかと、言うねんな。

このへんの古典の用語は、たいして勉強せぇへんかったけど、若いときの受験勉強のおかげで、今でもああ時間足らんいうて、冷や汗をかくよな試験の夢に出てくるわ。

しかし、ほんまのとこ、人の夢と書いて、儚い(はかない)と読ませるのは、よう言うたもんやと感心するで。

   心変わり告げる 君が痛々しくて
   思わず言葉を さえ切った僕

心変わりは人の世の常、ちゅうやろ。

確かに、万古不易(ばんこふえき)に変わらんようなもんは、そうそうにないもんさかいな。

諸行無常(しょぎょうむじょう)なんて、したり顔せんでも、いつか、みんなみんな、移ろってゆくもんやし。

心変わりを告げるまでに、どんなに、なやみ、ためらったのかが、分かるほどの関係だったからこそ、綺麗ごとで済むような淡い関係やなかったからこそ、思わず言葉をさえぎったんやと思う。

心変わりを告げる言葉が、諸刃の剣(もろはのつるぎ)となって、相手の心を傷つけながら、自分の心も切り刻んでいくのかが、痛いほど分かるから、さえ切ったんやと思う。

だから、これを単なる男の女に対する優しさとか、思いやりとか、優柔不断さとか、あるいは男の女に対する見栄や強がり、あるいは負け惜しみなんて、思わんといたってほしいな。

せや、男や女やという、性別は関係あらへんな。
はやりでいうなら、ジェンダーフリーいうんかな。

せやけど、どんな努力をしても避けられない別れを、誰のせいとか、何かのせいにするわけやのうて、人としてのいきざまとして、自然のなりゆきとして、受け入れていくことは、ほんま大切なことやと思うんやで。

現実は現実としてありのままに受容していくしかない、これは諦めが大事ちゅう悲観的なマイナス思考の意味やのうて、これが、ほんまの「諦念」ということにつながるのかなと、わし、最近つくづく思うな。

   君は信号が待ち切れなかっただけ
   例えば心変わりひとつにしても
   一番驚いているのはきっと
   君の方だと思う

変わらない信号に、いらだちを感じていたのは、おたがいさま。
つまりは、結果として、待ちきれなかったのが、相手だとしても、それはたまたまのことで、あるいは待ちきれなかったのが、ひょっとしたら、自分の方になっていたかも知れへんのやな。

二人が別れることなんてない、と思うてたのは二人ともおんなじ。
心変わりなんてするわけない、と思うてたのも二人ともおんなじ。

だから、その心変わりに驚いたのは、心の準備がない、告げられた方はもちろんそうなんやけど、心の準備があったはずの告げた方にとっても、そんな自分の心の変わりように驚くこともあるんやと思うよ。

せやから、つまりは、別れは、人の世の常、ちゅうことや。

おそらくは、自制心という心のコントロールは、余裕のあるときはええねんけど、なにかの瀬戸際に追い込まれたときなんかは、過度に自制心でコントロールしようとすると、心を壊しかねへんねん。

せやから、なにかが起こったときに、なにかを失くしたときに、自分はそれをどう受け止めて、どんな行動をとったらええんかを、平常心のなかで、考えておくべきことなんかもしれん。

考えておくというよりは、すこしつづ、心にとどめておくということかな、そう、それを、心づもりというんかもしれんな。

   君は信号が待ち切れなかっただけ
   流れに巻かれた浮浪雲桐一葉

それにつけても、良きにつけ悪しきにつけ、いままでの桎梏(しっこく)から解放されて、自由になる部分もきっとあるはずなのに、流れに巻かれたはぐれ雲のように、所在なさげになるのはなんでやろね。

そういうたら、「桐一葉落ちて天下の秋を知る」、桐の葉が一枚落ちるのを見て、秋の訪れを知ることをいうらしい。

たかが葉っぱ一枚、されど一枚、桐の葉って、けっこう大きくて存在感があって、夏の季節は空を隠すほどの木陰を作ってるから、桐の葉が落ちて秋空が広がってるのを見て、秋の訪れを知るんやろ。

孤高のうちに薄紫色の桐の花が咲いていたこともまた夢のように。

そういうたら、「浪華のことは夢のまた夢」、と辞世の句を詠んだ太閤はん、豊臣秀吉の豊臣家の紋章は、五三ノ桐やったな。

ちなみに、我が先祖さんの家紋は、五つ鐶に三つ鱗なんやけど、女紋は、なんでか、五三ノ桐やねん。

家紋としては、あまり接点のない、五つ鐶に三つ鱗と五三ノ桐なんやけど、まあ、やはり、男紋と女紋のことやさかい、なんやかやと、いろいろとあったんやろうかとも思うけど、まだ調べ足りんわな。

…って、あほな…、わし、いま、哀れ蚊やったな。
そんなことは、マスター(館長) にまかせとこか。

日が落ちて、寒うなってきたし、わし、もう飛ぶ力もなくなってきたみたいやし、今生(こんじょう)は、このへんで終わりかもしれんな。

生まれ変わりをまったく信じているわけやあらへんけど、まあ、もし生まれ変わったとしたら、来世も、この感性だけは、後生大事(ごしょうだいじ)にしたいなって思うわ。

哀れ蚊の一生も、考えてみたら、捨てたもんやなかったかもな。

今度の一陣の風に舞い散る銀杏黄葉に乗ってみたろかな。
大きな空に吹きわたる風になった気分で、気持ちええかもな。

   銀杏黄葉の舞い散る交差点で
   たった今想い出と出会った

いずれにしろ、銀杏黄葉が舞い散ったあとの交差点。
信号が青から黄、そして赤に変わるんが、よう見えよるわ。
そして、また青へと変わり、それが繰り返されていくんや。

緑から黄や赤へと色を変えた葉っぱたち、枯葉たちまで散ったあとの裸の木々たちは、ほんま、寒そうに、凍えそうに見えるわなぁ。
でもな、ほら、よう見てみぃや。
すぐにまた、葉っぱの新芽が芽生えてくるんやで。
あたらしい花芽もふくらんでくるんや。
まるで、たったいま出会った想い出を養分にしているかのようにして。

そう、めぐる季節に…。
おおきに、ありがとさん、ほたら、またな…。

冬きたりなば春遠からじ。



この曲は、1977年(昭和52年)7月にリリースされ、グレープ解散後のさだまさしさんのソロとして「帰去来」に続く2枚目のオリジナル・アルバム「風見鶏」の一番最後の曲として収録されています。

なお、「風見鶏」は、次作「私花集」とともに、さださんの好きなサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」のアレンジャーであるジミー・ハスケル(Jimmie Haskel)氏を起用していますが、しかし、この「風見鶏」の中で、この曲と、「飛梅」、「吸殻の風景 」のアレンジャーは、ジミーさんではなく、国産のアレンジャーさんです。(笑)

この曲のタイトル「晩鐘」の晩鐘とは、夕方に鳴らされる寺院や教会などの鐘の音のことですが、この曲のイントロ部分には、鐘の音を想起させる雰囲気はあるものの、曲の歌詞内容そのものには、教会の鐘の音や、晩鐘のことなどにはまったく触れられていません。

ともかく、晩鐘といえば、我が国では、フランスのバルビゾン派の画家であるジャン・フランソワ・ミレー(Jean-Francois Millet)の絵画の晩鐘(L'Angelus)を思い起こす人の方が多いかもしれません。

夕暮れに一日の農作業を終えた夫婦が、聞こえてくる鐘を聞きながら、合掌をしてうなだれて「天使の祈り」を捧げている構図の「晩鐘」は、我が国では、ミレーの代表作である「落穂拾い」や「種まく人」よりも人気が高いといわれています。

ちなみに、さだまさしさんの故郷の長崎県長崎市では、カトリック教会の浦上天主堂のアンゼラスの鐘が原爆で破壊され、瓦礫の中から掘り出されたアンゼラスの鐘が、原爆が投下された年のクリスマス・イブの夜に、再び鳴らされて、市民に慰めと励ましを与えたそうです。

そういえば、長崎の精霊流しにおいても、往路は、大勢で爆竹と鐘の音で、華やかに送りながら、送り終わったあとの帰路については、近しい者だけで、鐘の音だけを静かに打ち鳴らして帰りますから、鐘の音に対してなんらかの共通的な意味があるような気がします。

この曲は、さださんの楽曲の中でも、特にさださんの熱心なファンに人気があるようで、マスター(館長) も好きな曲のひとつなんですが、比喩表現が複雑で、解釈や解説がかなり難しい思います。

インターネット上でも、この曲のいろんな解釈や解説があり、哀れ蚊が晩秋にまでしぶとく生きている蚊であるとか、男があまりに理想的に優しく描かれて過ぎているとか、そんな風にいろいろ書かれているのに出会って、解釈や解説は、やはり人それぞれやなぁ、ほんま「意見には個人差があります」やなぁ〜とは思います。(笑)

いずれにしろ、如是我聞は承知の上で、自信をもって、マスター(館長)の解釈や解説が、やはり一番正統派…、と思っています。(笑)
まあ、根拠のない自信で、ファンにとっては、つまりは、それぞれに、「わたしのさだまさし」、がいるわけですから、許したってください。(笑)

それにつけても、この曲と出会って、もう何十年も経ってしまい、人並みに人生経験を積みながら、人生のおりふしに、この曲を聞いてきて、マスター(館長) 自身も、最初にこの曲を聞いたときからは、ずいぶんと、この曲の解釈が変化してきましたから、一番驚いているのはきっとマスター(館長) の方だと思う。(笑)

なお、哀れ蚊と冬に裸体で寝る話しは、青森の津軽出身の新戯作派の小説家、太宰治の1934年(昭和9年)発表の「葉」という短編にあり、また、冬の蝿の話しについては、大阪出身の夭折の小説家、梶井基次郎の1928年(昭和3年)発表の「冬の蠅」にあります。

風花の北海道出身の作家の小説とは、マスター(館長) が1970年代に読んだ本で、渡辺淳一か、三浦綾子、原田康子の小説だったような気がするのですが、どの本だったのか、忘れていて不明です。

マスター(館長) のご先祖さんの話しは、江戸時代の歌舞伎や文楽の題材としても取り上げられている、有名な話しで、なかなか興味ある話しになると思いますが、それこそ、過去帳にある実在したご先祖さんのことなので、いい加減に扱うと、それこそ夢枕に立たれて叱られると思うので、またの機会に譲りたいと思います。

(初稿2011.12 未改訂)


晩鐘

作詞/作曲 さだまさし

風花がひとひらふたひら君の髪に舞い降りて
そして紅い唇沿いに
秋の終わりを白く縁取る
別れる約束の次の交差点向けて
まるで流れる水の様に
自然な振りして冬支度
  僕の指にからんだ 最後のぬくもりを
  覚えていたくてつい立ち止まる
君は信号が待ち切れない様に
向こう岸に向かって駆けてゆく
銀杏黄葉の舞い散る交差点で
たった今風が止まった

哀しみがひとひらふたひら僕の掌に残る
時を失くした哀れ蚊の様に
散りそびれた木犀みたいに
眩暈の後の虚ろさに似つかわしい幕切れ
まるで長い夢をみてた
ふとそんな気がしないでもない
  心変わり告げる 君が痛々しくて
  思わず言葉を さえ切った僕
君は信号が待ち切れなかっただけ
例えば心変わりひとつにしても
一番驚いているのはきっと
君の方だと思う

君は信号が待ち切れなかっただけ
流れに巻かれた浮浪雲桐一葉
銀杏黄葉の舞い散る交差点で
たった今想い出と出会った

1977年(昭和52年)
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