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君の笑顔の むこうにある悲しみは
僕のとどかないところに
あるものなのか
「笑う門には福来る」ということわざがあります。
いつもにこにこしていて、笑いが満ちている人の家には自然に福運がめぐって来る、という意味です。
確かに、いつも明るく笑顔を絶やさずに、人を和やかにさせる人には、自然と幸福が訪れるというのは、なんとなく実感があって納得できることわざです。
福をもたらすのが、人智の及ぶところではなく、神様、仏様の領分であったとしても、やはり、笑顔の魅力には、誰もかなわないのかもしれません。(笑)
反対に、人ならば、とくに親しい関係にある人以外では、誰もが、暗い顔をした人や、泣き顔の人や、怒りの顔をした人、憂うつそうな顔の人には、寄り添うどころか、声をかけるのもためらってしまいます。
笑顔になれない人々に接する機会の多い医療や福祉、宗教に携わる人々でも、やはり、相手の笑顔を得んがために、頑張っているんだといいます。
でも、笑顔といっても、乳幼児、つまり赤ちゃんの笑顔のように、なんの屈託も計算もない、天使のような笑顔、ほんとに心からの笑顔を、一生涯に持ち続けられる人って、ほとんどいないでしょう。
誰もが、顔で笑って、こころで泣いていた、という、道化師の笑顔のような気持ちで、笑顔を作った経験があるのではないかと思います。
そうです、見栄や意地で虚勢を張らずとも、残念ながら、笑顔のむこうにある悲しみというのは、その人の個々の孤独のなかにあるものだからなのです。
どんなに最愛の人であっても、容易に手の届かないところにあるものなのです。
つまりは人は、神でも仏でもないのですから、ほんとに、こんな場合には、どう手を尽くしても、救いにはならないかもしれません。
しかし、その悲しみがあるということを認めて、わかってあげることだけでもできれば、たとえ手を差し伸べることができなくても、ただ黙って胸をかしてあげるだけでも、その人がその人の悲しみを乗り越える力を与えることができるはずです。
見守ること、それもやさしさのひとつです。
春はおとずれ そして去っていく
変わってしまう悲しみは
僕も知っている
春はいつまでも春ではなく、春は去っていき、やがて夏になり、またその夏も去っていき、そして秋になり、冬になり、春になりと、めぐる季節は、文字通り、とどまらず、めぐっていくものです。
かけがえのないものを失ったという喪失の悲しみは、やがて、かけがえのないものを、もはや得ることができないのだという諦念の悲しみに変わっていきます。
出会いがあれば別れがある、得るものがあれば失うものもある、それが理屈ではなく実感として感じ取ることができる人生経験を積んだとしても、やはり悲しみは、いつも痛々しいほどの悲しみです。
でも、そんな悲しみを感じ取れる感性を持ち続けることができるからこそ、人は、他の悲しむ人に対して、いつくしみ、やさしくなれるのです。
神でも仏でもないけれど、人として慈悲の心を育み大切にできたとしたら、それは、その人にとって、人として生まれた最大の喜びになるのかもしれません。
この船であてのない
ふたりならば
古いコートは捨てて
僕の胸でおやすみ
ところで、定年退職後に世界一周の豪華客船クルーズを計画している人たちが大勢いて、セット旅行を企画する旅行会社が盛況であるとのことです。
確かに、船旅は、時間はかかるけれど、ゆったりとして、まさにゆとりを感じる旅になるのかもしれません。
かって、豪華客船ではありませんが、青森からの帰省の帰りに、北海道に寄ってから、フェリーを使って帰阪したことがありました。
確か、当時は丸一日以上かかったと思います。
ところで、船の速度は、時速何キロではなく、ノット(knot)という単位で速さを現します。
ノットというのは、むかし船の速度測定に、等間隔に結んだ紐を水中に投下していき、一定時間の砂時計が落ちるまでに流した紐の結び目(knot)を数えたことに由来するらしいです。
1ノットは、一時間に一海里進む速さと定義されますが、一般的に、一海里は、1,852メートルですから、1ノットというのは、1.852キロメートル毎時、つまり、時速1.8kmとなります。
中途半端な距離やなあと思ったら、地球の緯度1分の長さに等しくさせるためらしく、目標物の少ない大海原の地図上では、経度と緯度で位置を確認するために、いまも有用とのこです。
さて、太平洋戦争のときの戦艦大和の最大速力は27ノットといわれ、時速にして51kmです。
原動機付自転車に負けそうですね。(笑)
乗ったフェリーも、高速フェリーという名前がついていましたが、30ノット程度だったと思います。
最初は良かったです。
デッキで潮風に吹かれながら、遠ざかる港や山並み、近づく島影を眺めて、旅情気分を満喫できました。
しかし、夜になると、真っ暗闇の海。
期待していた漁火など、考えれば、日本海の真ん中からでは見えるはずもありません。
もちろん、天空は見たことのないほどの満天の星。
むかし、船乗りたちが、星座を頼りにして航海していたことが実感できました。
確かに、星座を頼らなければ、船が北か南か、どちらに向かっているのか、それこそ、あてのない船旅をしなければなりません。
もっとも、いまは人工衛星を利用して自分が地球上のどこにいるのかを正確に割り出すGPSシステムが、自動車のナビゲータや携帯電話にまで装備されるようになりましたから、きっと船さんも、いまは星座を見ていないのでしょうね。 (笑)
ともかく、長距離フェリーの旅、途中下車もできず、期待に反して、後半は、食っては寝るというような感じの旅でした。(笑)
しかし、ひねもすのたりのたりとした、穏やかな春の海を船でいくような旅は、分刻み秒刻みの時刻表のような毎日に追われる身に、自分探しの時間として、たまにはいいのかもしれませんね。
ふたりで歩いてきた道なのに
なんて淋しい
古いコートは捨てて
僕の胸でおやすみ
さてさて、余談になりますが、歌詞カードを見るまでは、このフレーズを「古いことは捨てて」と思っていた人は、けっこういるんじゃないかと思います。(笑)
南こうせつさん、伊勢正三さん、山田パンダさんの伝説のフォークバンド、かぐや姫。
かぐや姫は、たまに再結成してくれていますし、かっての「神田川」で「商品名クレパス」のために、紅白出場がかなわなかった因縁のあるNHKとも、すっかり、仲直りしたのかよく登場してますね。(笑)
この曲は、かぐや姫の3rdアルバムで、分かりやすいタイトル「さあど」に収録されています。(笑)
このアルバムの中に名曲「神田川」が収録されていますが、最初にシングルカットされたのは、この「僕の胸でおやすみ」で、そのあとに、「神田川」がブレイクして、シングルカットされたいきさつがあります。
山田パンダさんは、人気としては、こうせつさんや正やんに負けますが、「黄色い船」や「眼をとじて」「あの日のこと」、そして、吉田拓郎さん作曲の「落陽」のヒット曲を持つなど、しっかりとした存在感があります。
ちなみに、山田パンダさん、拓郎さんと同じ年なのに、師匠格の拓郎さんに遠慮して、長い間、ひとつ年下とサバを読んでいたらしいです。(笑)
(初稿2006.4 未改訂) |