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「ぼくたちの失敗」―森田童子

   春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
   うもれていたぼくは 弱虫だったんだョネ

一年の季節の折節として、暦の上に二十四節気が定められていますが、そのひとつに、大地が暖まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころという意味の、啓蟄(けいちつ)という日があります。

おおむね、3月6日頃のことで、この日から春分に至る季節は、花のつぼみがふくらみ、若葉が芽吹いてきて、弱々しかった日差しも次第に強まってきて、春の訪れを実感するような季節となります。

そして、春分を過ぎて、清明(4月5日頃)で春の盛りを迎え、穀雨(4月20日頃)から立夏(5月6日頃)まで、春の名残の晩春となります。

ところで、啓蟄に限らず、都会派少年だったぼくが、四季を通じて都会の片隅で見かけた虫といえば、アリか、ハチか、ダンゴムシか、あるいは、ハエ、カ、ゴキブリくらいでした。(笑)

田んぼや畑、雑木林などの緑の少ない都市部で、芋虫、青虫などは、たまにしか見かけませんでしたが、やはり、よく見かけたのは、弱虫でしょうか。(笑)

もっとも、君のやさしさにうもれることができるというのは、彼女がいるということですから、そんな甲斐性のある弱虫なんかは見かけませんでした。(笑)

弱虫のほとんどは、木洩れ日すら当たらない木の下で、彼女どころか、友だちの遊びの輪の中にも入ってこれずに、ひとりで、メソメソして、か細く、ピーピーと鳴いていました。(笑)

おっと、これを読んで、少年時代の苦い想い出がよみがえって、へこんでしまった元弱虫さん、いらっしゃいますか?

えっ、いまも現役で弱虫さん?(笑)

まっ、でも、羽化することもできず、弱虫として地上を這い回っていたわりには、踏み潰されもしなかったわけですから、ラッキーとしましょうよ。(笑)

   君と話し疲れて いつか黙りこんだ
   ストーブ代わりの電熱器 赤く燃えていた

電熱器って知っていますか。
もちろん、電気ストーブのことじゃないですよ。

コンロっていえばいいのでしょうか。
ニクロム線などの電気抵抗の高い針金状の金属を螺旋に巻いてはめ込み、そこに電流を通して生じる熱を利用するコンロ型の加熱器のことです。

ぼくが通っていた中学校の理科準備室に、なぜか、この電熱器が置いてあって、春休みの科学部の部活のとき、なぜか、それでビーカーでお湯を沸かし、チキンラーメンを作った記憶があります。(笑)

なぜ、チキンラーメンなのか…というと、実は、その当時(1971年)は、カップヌードルは発売直前でしたし、また中学生の小遣いでは、カップヌードルは高価な商品だったからです。(笑)

では、なぜ、ビーカーなのか…、というと、ガスバーナーとフラスコを使ってお湯を沸かすよりは、ビーカーと電熱器を使った方が、早くお湯が沸かせるのではないかという空想的科学実験の結果を得るためだった、としておきます。(笑)

いや、空想的ではなくて、育ち盛りの中学生だったから、空腹的科学実験だったのかもしれません。(^^ゞ

もちろん、電熱器をストーブ代わりにして暖をとるという実験、冷蔵庫の中に扇風機を入れてクーラー代わりに涼を得るという実験、このような、中学生にしては、かなりハイレベルな実験もしておりました。(笑)

   地下のジャズ喫茶 変れないぼくたちがいた
   悪い夢のように 時がなぜてゆく

ジャズ喫茶については、いまや説明を要する言葉になったのかもしれません。

いわゆるジャズセッションのライブハウスをイメージする人も多いかもしれませんが、ここでいうジャズ喫茶は、レコード鑑賞スタイルのジャズ喫茶のことです。

総じて、狭い間口の入り口で、煙草臭い、暗い室内には、大型スピーカーが置いてありました。

高校のころに、よく通った数軒のジャズ喫茶も、ほとんど、そんな店構えでした。

そんなジャズ喫茶が地下にあったのは、防音の意味もあったのでしょうが、コーヒー一杯で粘られる、客の回転率の悪い分、安い賃料の店舗を借りざるを得なかったからでしょう。

しかし、不器用で無口な男の子には、ジャズ喫茶でのデートは、お勧めです。

楽しくおしゃべりすると、他の客から白い目で、にらまれますから、話題のなさを誤魔化せます。(笑)

しかし、相手の女の子が多少なりともジャズに興味を持っていないと、デートは一度きりになります。

まぁ、そんな彼は、ジャズ喫茶ならずとも、一度きりのデートになることが多いのですが。(笑)

   ぼくがひとりになった部屋に
   きみの好きなチャーリー・パーカー
   見つけたョ ぼくを忘れたカナ

モダン・ジャズの神様とも呼ばれるチャーリー・パーカー(Charlie Parker=Charles Christopher Parker)は、アルト・サックスの名奏者でした。

ジャズの革命とも言われ、現在のサウンドシーンにも多大の影響を与えているモダンジャズの原点、ビ・バップ・ジャズの創始者にして完成者ともいわれています。

しかし、チャーリー・パーカーは、そんな鋭い感受性と音楽の感性を持つ天才であるがゆえか、麻薬中毒に陥り、34歳の若さで亡くなっています。

そんな夭折したチャーリー・パーカーですが、あとに続く、マイルス・デイビスやジョン・コルトレーンなどのジャズ演奏家たちの活躍は、彼の存在なくして語れないほどです。

…と、知ったかぶりして講釈していますが、ぼくがこの曲をはじめて聞いたときは、歌詞にあるチャーリー・パーカーというのは、新しい万年筆の種類か、あるいはおしゃれなフード付きのジャケットの種類かと思ってしまったことを、告白しておきます。(笑)

   だめになったぼくを見て
   君もびっくりしただろう
   あの子はまだ元気かい 昔の話だネ

青春とは、青い春と書きます。
青は、若葉の芽吹きをイメージし、春は生命の躍動を感ずる季節、まさしく、人生における春の季節にたとえられるような、若く元気な時代です。

しかし、また、青春時代は、挫折と失意を、繰り返す時代でもあるのです。

振り返ってみれば、人生において、失敗がまだまだ許される貴重な時間だったと思えるのですが、青春時代のさなかにおいては、それがなかなか、わからないものなのです。

だから、恋人に振られたとか、志望校に落ちたとか、就職が決まらないとか、そんな初めての失敗の体験を、立ち向かえないほどの挫折と失意として、感じ取ってしまいがちになります。

でも、また、春秋に富む青春時代ゆえに、その失敗は乗り越えることができるということも、そんな体験を繰り返して、自然と学び取ってゆけるものです。

しかし、青春から、朱夏(しゅか)、白秋(はくしゅう)、玄冬(げんとう)という、めぐり行く季節と同じように、齢を重ねてしまったと感じる中高年世代になると、残された時間を意識する分、その失敗に対する思いは、青春時代より深刻に、複雑に、挫折と失意を感じ取ることになります。

これが、ストレスの多い現代社会において増幅され、中高年のうつの発症や自殺などが多発している一因ではないかと考えられます。

   春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
   うもれていたぼくは 弱虫だったんだョネ

しかし、よく、考えてみてください。

少なくとも、「ぼくたちの失敗」は、日本の将来を絶望の淵に追いやることも、未来の地球の滅亡につながるようなことはありません。

それこそ、頂点を極め指導的地位に立っている人が、人のいのちを奪ってしまうような失敗をしていながら、のうのうと厚顔にも生き抜いているのです。

地上の星、いや地上の星にもなれなかった、地上の星屑のようなぼくたちが犯す「ぼくたちの失敗」は、しょせん、たかがしれている失敗なのです。
いつでも、やりなおせばいいほどの失敗です。

失敗を得意がる必要はないけど、そうそうに、失意にうちひしがれるほどのことはありません。

ぼくがだめになったのか、あるいは周囲が、環境が、時代が、「だめ」になったからなのか、あるいは、もともとから、ぼくがだめだったのか、それは永遠の謎なんですが、これがほんとのダメモトです。(笑)

だから、失敗をおそれず、また、失敗しても思い悩まずに、ぼちぼちと、歩いていきましょう。

ほら、中高年のみなさん、彼岸のお花畑だって、もう、そんなに遠い道のりじゃないのですから、ともかく、ぼちぼちと、歩いていきましょう。(笑)



森田童子(もりたどうじ)さん、1952年(昭和27年)1月15日、東京生まれ。

いわゆる全共闘の大学紛争から、飛び火した高校紛争のさなかに、高校を中退し、友人の死をきっかけに、シンガー・ソング・ライターとして歌い始めます。

1975年のデビューから1983年の引退までの8年間に7枚のアルバムを残して、そのか細いながら、芯のあるしっかりとした、透明な中性的な声で、鮮烈なる印象を与えて去って行った森田童子さん。

森田童子さんの名前のほんとの由来は知りませんが、童子というのは、墓場の墓石に、○○童子という、幼くして亡くなった人につけられた戒名として、見かけることもあります。

どう考えても、くっ、くっ、暗いです。(笑)

まぁ、白馬童子や笛吹き童子という明るい童子もいますから、そのイメージでと…でも、どう考えても、座敷童子(ざしきわらし)が限界でしょうか。(笑)

この「ぼくたちの失敗」は、1993年(平成5年)に、TBS系のテレビドラマ「高校教師」の主題歌として採用され、リバイバルヒットし、話題になりました、

(初稿2005.4 未改訂)


ぼくたちの失敗

作詞/作曲 森田童子

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだョネ

君と話し疲れて いつか黙りこんだ
ストーブ代わりの電熱器 赤く燃えていた

地下のジャズ喫茶 変れないぼくたちがいた
悪い夢のように 時がなぜてゆく

ぼくがひとりになった部屋に
きみの好きなチャーリー・パーカー
見つけたョ ぼくを忘れたカナ

だめになったぼくを見て
君もびっくりしただろう
あの子はまだ元気かい 昔の話だネ

春のこもれ陽の中で 君のやさしさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだョネ

1976年(昭和51年)
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