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卒業だけが 理由でしょうか
会えなくなるねと 右手を出して
さみしくなるよ それだけですか
むこうで友だち 呼んでますね
文部科学省が実施している「高等学校卒業程度認定試験」というのがあるのをご存知でしょうか。
知らない人も、「大学入学資格検定」、いわゆる「大検」ならご存知かもしれませんね。
「大検」は、1951年(昭和26年)に創設されましたが、2005年(平成17年)に廃止されて、「高等学校卒業程度認定試験」に代わりました。
これらの試験は、もともと、病気や経済的な事情などで、高校へ進学できなかった人や、中途退学を余儀なくされて、卒業できなくなった人を救済する意味合いが強かったのです。
しかし、やがて非行や怠慢、登校拒否や不登校、学校教育に対する価値観の相違などの事由によって、高等学校を卒業しなかった人の受験が増えていきました。
「高卒認定試験」と略されますが、「高等学校を卒業した者と同等以上の学力を有する者」とみなされて、大学の受験資格や公務員試験や多くの各種国家資格試験での学歴要件があるとされます。
しかし、もとより高等学校を卒業したという資格を与えるものではありません。
卒業というのは、もちろん、学校の規定の全課程を修了して一定の学力や技術を身につけるということにありますが、しかし、ただそれだけではありません。
おそらくは青春時代の想い出の中の卒業という言葉が切なく思えるのは、その全課程を修了する間に体験した、さまざまな学校行事の中での、淡き想いを寄せた人たちや、深き友情を交わした人たちとの別れがあったからでしょう。
流れる季節たちを 微笑みで
送りたいけれど
振り返れば、卒業までのほんの数年の季節の流れの中で、人は人と別れて、いろんなものを失いつつ、またいろんなものを学び得ていくものなのです。
そしてまた人と出会い、人とふれあい、そして、人を信じ、人と愛し合うとともに、人に裏切られ、人を恨み、人を憎しみ、人と別れていく。
そして、また懲りずに人と出会い、人と別れ…、そんな繰り返しが、人生なのかもしれません。
卒業しても 白い喫茶店
今までどおりに 会えますねと
君の話は なんだったのと
きかれるまでは 言う気でした
しかし、人と別れるときに感じることは、そこで時間が一瞬、止まってしまうということです。
流れる季節のように、緩やかに流れていた時間(とき)が、止まってしまいます。
おなじ時間(とき)を過ごし、共有していたはずなのに、それがまったく錯覚だったようにも思えます。
それが恋人同士のときならば、なおさらです。
さて、失恋して失うものはなんなのでしょうか。
そうです、失うものは、恋でも、愛でも、まして、相手でもありません。
失うものは、次の相手に出会うまでの間の時間(とき)、失われた時間(とき)だと思います。
このことは、いくつかの恋を経てこそ、修得できる卒業単位なのかもしれません。
記念にください ボタンをひとつ
青い空に 捨てます
制服のボタンといっても、詰襟タイプの男子の制服が少なくなって、同じ制服でも、ブレザーなどのボタンでは、あまり実感がわかないでしょう。
かって、卒業する男子の制服の上から二番目の金色のボタンを、その男子を好きな女子が、記念に貰うという風習がありました。
なぜ二番目かというと、二番目のボタンが、心臓に、つまりはハートに一番近いからということらしいです。
まあ、動悸、息切れ、不整脈なんかと無縁な高校生のハートだからいえるのですけどね。(笑)
残念ながら、ボタンをほしいと言われた記憶も、ボタンをあげた想い出もないので、その分、勝手な想像しかできないのですが、その記念に貰われていったボタンって、どんな運命をたどるんでしょうね。
その彼女の小物入れなんかに、長い間、大切にしまわれて、彼女の嫁ぐ日の朝、そっと実家の庭先の桜の樹の下に埋め込まれる…なんて思うのは、ロマンティックな男子の考えそうなことです。(笑)
でも、現実的な女子のしそうなことを想像してみると。
小物入れにおさまったボタンは、ほどなく、他の男子からプレゼントされた指輪やイヤリングに押し出されて、邪魔者扱いされて、生ゴミと一緒に、捨てられてしまった…ということの方が、かなりのリアリティがあるのかもしれません。(笑)
しかし、硬派をきどるしかなかった、もてない男子としては、この彼女のように、記念にボタンくださいといいながら、すぐに、青空に捨てるというのも、毅然とした痛快さが、なんともいいですね。(笑)
これには思わず拍手喝采したくなります。
ざまぁみろっ、て感じでね。(笑)
そうです、想いが片恋であったと分かったときには、恋々として思い続けるのではなく、思い切って捨て去ることこそ、また、歩きはじめることができるのです。
卒業が、旅立ちと同義に使われるのは、そんなところからきているのかもしれませんね。
春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ
それにしても、春は名のみの人肌恋しき春の宵。
ここはやはり、行く春や、鳥なき魚の、目は泪。
やはり、ちょっとセンチメンタルになって、ノスタルジックにひたって、目頭でも熱くしましょうか。
まあ、熱い渋茶でもすすりつつでもね。(笑)
そして、少しけだるくアンニュイに、ふうっと深く、ため息くらい、ひとつついても、許されますよね。
春なのに…、春だから…。
この歌は、「第29回スター誕生グランドチャンピオン」としてデビューしたアイドル歌手の柏原芳恵さんのために書き下ろした、中島みゆきさんの楽曲です。
当時17才だった柏原芳恵さんへの提供曲ということを意識して、「17才にもどった気分で作った。」と、中島みゆきさん自身が語っているように、青春の春の日の淡き想いの中で、少女から大人へと成長する女性のいじらしくも、凛々しい感じがよく表現されているように思えます。
中島みゆきさんも、1989年(平成元年)の「回帰熱」というアルバムでセルフカバーしており、思わず、みゆき姉さんのセーラー服姿を想像して…、う〜ん、少し肌寒く、でもやはり人肌恋しくなったかも。(笑)
(初稿2006.3 未改訂) |