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手紙のことを歌っている歌といえば、あなたはどんな曲を思い浮かべるでしょうか。
人それぞれに、手紙を書いたときや貰ったときの状況や体験も異なり、思い出す歌もさまざまでしょうね。
つれづれに思い出すままに書き出せば…。
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
「心もよう」―井上陽水
ふるさとの便りなんて言葉もあるくらいですが、ふるさとからの手紙というのは、それが雪深い北国からの手紙であっても、どこか、暖かい感じがします。
でも、温暖化したコンクリートジャングルの都会から、さみしさだけをつめられた手紙なんて、寒々しくて、なんかもらっただけで風邪ひきそうですよね。(笑)
手紙が無理なら 電話でもいい
「金頼む」の一言でもいい
お前の笑顔を待ちわびる
おふくろに聴かせてやってくれ
「案山子」―さだまさし
手紙というものは、電話などと違って、書き出すまでにかなり時間がかかり、そして書き上げてからも、またポストに投函するまでに、時間がかかるものです。
それだけに、ほんとに心をこめて、祈るように綴ることもできるのですが…。
雨あがりの朝 とどいた短い手紙
ポストのそばには
赤いコスモスゆれていた
「結婚するって本当ですか」―ダ・カーポ
しかし、祈るようにして手紙を綴っても、神仏に対する願文ではないゆえに、生身の人間に対する手紙ゆえに、その願いが必ず叶う、いや叶わなくとも、その真意が伝わるかどうかは微妙なところです。
手紙を書きます 少しつらいです
離れて暮らしてる あなたが見えない
私元気です 本当は嘘です
書けない言葉を 読んでください
「桐の花」―さだまさし
ちょっと難しい言葉なんですが、「眼光紙背(がんこうしはい)に徹す」というのがあります。
紙に書かれた文字の後ろまで見通すように、その文面の奥にある深い意味まで見抜くことをいいますが、英訳は、「read between the lines」というそうで、これを直訳すれば、「行間を読む」になります。
いまでは、こちらの言葉の方がよく使われるのかもしませんが、しかし、言うほどに、なかなか「行間を読む」というのは容易ではありません。
ときおり 手紙を書きます
涙で文字が にじんでいたなら
わかって下さい
「わかって下さい」―因幡晃
涙でにじんだ文字を読んで、わかってくださいって、そんなこと言われても、それがわかるくらいなら、商売替えして、筆跡鑑定の専門家になれます。(笑)
まして、書けない言葉って、見えない文字って、それを読んでくださいって言われてもです。(^^ゞ
しかし、誤解されている向きがありますが、実は、行間を読むというのは、なにもその文字と文字、文章と文章の行間を、じーと見つめているばかりいて、読めるものではありません。
左ききのあなたの手紙
右手でなぞって真似てみる
いくら書いても埋めつくせない
白紙の行がそこにある
「秋止符」―アリス
白紙の行をじーと見つめて、もしそこに、文字があらわれたらとしたら、それは、ひょっとして、みかん水で書かれたあぶり出しの手紙でしょうか。
うわぁ〜古いなぁ(^^ゞ
あるいは、そうでなければ、単に幻視幻覚症状ですから、早めにしかるべきお医者と相談されることを、強く推奨いたします。(笑)
さて、行間を読むというのは、実は、そこに書かれた文字や文面以外のものから、関連するさまざまな伝達情報を収集、整理して、把握することからはじめなければなりません。
そして、それらを統合して、改めて文字や文面にたち戻ってみると、自然と行間にある文字や文面が浮かび上がってくるということになります。
例えば君は待つと
黒髪に霜のふる迄
待てると云ったがそれは
まるで宛名の無い手紙
「まほろば」―さだまさし
それまでにもらった手紙や、いつか会話したことや、あるいは、そのときの相手の反応や、仕草、表情なども、思い浮かべて、ときには想像(イメージ)することすら、必要となってきます。
もちろん、手紙は伝達手段ですから、やはり、まず出す人が、受け取る人に、言葉を効果的に使って、適切に表現して、その意図がよく分かるようにしなければなりません。
突然の手紙には驚いたけど
嬉しかった
何より君が僕を
怨んでいなかったということが
これから此処で過ごす僕の
毎日の大切なよりどころになります
ありがとう ありがとう
「風に立つライオン」―さだまさし
また、どんな文面内容よりも、手紙を出すという行為だけでも、伝わる場合があります。
手紙の中身はどうでもよかったそれよりも
償いきれるはずもないあの人から
返事が来たのがありがたくてありがたくて
ありがたくて ありがたくて ありがたくて
「償い」―さだまさし
もちろん、どんな場合でも、出す側は、受け取る側の状況も考えなければなりません。
君はまだ たくさんの
紙袋を かかえたままで
この手紙 読んでいるだろう
「置手紙」−かぐや姫
仕事で忙しいかもしれません、なにかで悩んでいるかもしれません、体調が悪いかもしれません、あるいは、もう、この世にいないかもしれません。(^^ゞ
ありがとう私のあの人
本当はもう死んでいるのでしょう
昨日 手紙がついたの
あなたの 死を告げた手紙が
「あの人の手紙」―かぐや姫
だから、そんな受け取る側のことを考えれば、婉曲に、遠まわしに書くよりは、簡潔にストレートな言い回しがいいのですが、それも場合によりけりです。
手紙読んだら 少しでいいから
私のもとへ来てください
「みずいろの手紙」―あべ静江
手紙読んだだけで、いきなりお呼びだし、これだと、体育館の裏に来い、なんて、下駄箱に入っていそうな手紙の方が、まだましかもしれません。(笑)
まあ、来なくていいから、何日までに下記の口座に現金を振り込んでください、って手紙よりは、まだいいのかもしれませんけど。(笑)
しかし、また、受け取った側も、その手紙の取り扱いに、マナーやエチケットが求められます。
はじめて私が
長い長い手紙 書いた人は
仲間たちの目の前で
大声で読みあげ 笑ってた
「遍路」―中島みゆき
この行為は悪意からのものではなくて、照れや悪戯心からのものであると信じたいですね。
手紙をもらったことに対して嫌悪を持つだけの人ならば、もらったことすら隠して、こっそりと破り捨てるに決まっていますから。
ただ、その手紙の文字と、文字に秘められた想いを読めなかった、受け入れられなかっただけです。
しかし、やはり、もっとひどい事例があります。
あたしが出した 手紙の束を返してよ
誰かと二人で 読むのはやめてよ
「化粧」―中島みゆき
これはなんの申し開きもできない悪意です。
いや悪意でなくても、マナーやエチケット違反です。
人間、礼を失したら、もはや鬼畜です。
こんなヤツには、手紙の束に火をつけて、寝室の窓へ放り込んでやりましょう…って、こちらが鬼畜になってはいけませんね。(笑)
じゃ、ちょっと冷静になって考えましょう。
誰かと二人で読むのはやめてよ…とおっしゃいますが、じゃ、どうして二人が、そんな風に手紙を読んでいると分かったのでしょうか。
二人からそんな報告があったのでしょうか。
いえいえ、追い詰める気はありませんよ。
しかし、誰かの手紙を、いつの日だったか、そうして読んだことがあったからこそ、いえることですよね。
そう…、めぐる〜め〜ぐる〜〜よ、時代はめ〜ぐる〜〜〜別れと出逢いを繰り返〜し〜ですね。
自分がしてきたことが、許されることなら、そうされても許さないといけません。
そして、こんどこそ、手紙をあなたと同じように大切にしてくれる人とめぐりあってください。
明日の私を 気づかうことより
あなたの未来を 見つめてほしいの
涙で綴り終えた お別れの手紙
「手紙」―由紀さおり
さて、やっといい手紙が来ました。
死んでもあなたと暮らしたいなんて、白骨になるまでそばにおかずにちゃんと埋葬してくれよ〜〜〜なんて、はじめは思いましたが。(笑)
そうですよね、涙で綴り終えた手紙でも、こういわれたら、うん分かった、これからは、ぼくの未来のことを考えるようにするよと、素直になれますね。(笑)
えっ、ここは素直に読んじゃダメなのかな。(笑)
暗い手紙になりました
だけど わたしは書きたかった
だけども わたしは書きたかった
「手紙」―岡林信康
しかし、結局のところ、手紙は、明るかろうと、暗かろうとも、書きたいことを書く、拒否されるか受容されるかに関わらず、思いを伝えていく、それを基本にしないと、やはり手紙を出す意味がなくなります。
でも、望むらくは、やはり、もらって、ほのぼのとするような手紙、出して、やすらいでもらえるような手紙がいいですよね。
あなたからバースディカードの
お返しにと届いた手紙
ありがとうを三回だけの
とても短い手紙
「笑顔同封」―さだまさし
…ということで、今回も、長々と、手紙についての歌めぐり〜のお話をさせていただきました。(笑)
ご静聴、ご精読いただき、ありがとうございます。
えっ、「春を待つ手紙」はどうなったのかって?
あはっ、そうでしたね。(^^ゞ
はいはい、じゃ、前置きはこのへんにしてって…うわぁ〜これまでの話しは前置きだったのかっ。(笑)
じゃ、15分の休憩を挟みまして、後半へ。(笑)
女子用トイレはたいへん混みあいますので、個室内での携帯電話の使用はお控えください。
また、男子トイレの個室が空いていますので、もうかまわないわ、という方はご利用ください。(笑)
【15分の休憩】 (^-^)
さて、お待たせしました。
「春を待つ手紙」について、お話しましょう。
お忙しい方は、まず、ここから読み始めてくださいって…ここまできては、もう遅いってか。(笑)
あれから 幾年 友さえ 嫁ぎ行き
その日を 待つように 父母も 逝きました
人間だから 求めてしまうけど
それこそ悲しみと 知ってもいるけれど
さて、まず修辞法(レトリック)的に解説しますと、「嫁ぎ行き」と「父母も逝き」と、韻を踏んでいるわけですが、要するには、ここでは天涯孤独の身である、ということをまず強調して訴えています。
また、「求めてしまうけど」と「知ってもいるけれど」は、これもまた韻を踏んで、かつ対句のような形式になっていますが、「けど…」、「けれど…」という接続詞のあとに続く言葉の部分が「…」として、隠されています。
つまりは、ここが書けない文字ですね。
変わらぬ心を 素直と呼ぶならば
オイラの気持ちは 最終電車だろう
そして、これは比喩、いわゆる隠喩と呼ばれるもので、気持ち=最終電車としています。
さて、ここが比喩の難しいところです。
このフレーズだけでは、最終電車を、「もう次は来ない電車」ととらえるのか、「最後に間に合う電車」ととらえるのか、という選択肢があることになります。
そこで、これでは誤解を招くので、次のフレーズに移るわけですが、ここで登場させるのが、いわゆる擬人法と呼ばれるレトリックです。
時間が 僕らに別れを すすめてる
このままいる事で 寒い冬越えられぬ
つまり「時間」が「別れをすすめている」のであって、
ず・る・い〜〜〜と思われるかもしれませんが、決して「オイラ」が別れたいのではないのです。(笑)
うんうん、ほら、「時間」がいうのよねぇ。(笑)
約束なんて 破られるから 美しい
誰かの言葉が 身体をかすめます
誰かの言葉ということなんで、調べてみましたが、いったい誰の言葉なんでしょうか。
「約束は破るためにある」なんて言葉も、よく聞きますが、はたして誰の言葉なんでしょうか。
ともかく、一見、なんか格言風、箴言風で、つまりは引用で権威付けをするとともに、つまりは誰かの言葉であって、けっして、自分の言葉ではないと責任転嫁をしてるということになります。
あなたは あくまで 男で いて欲しい
私を捨てても あなただけ 捨てないで
傷つく事に 慣れてはいないけど
ましてや 他人(ひと)など 傷つけられましょか
このフレーズあたりは、対句のオンパレードとなっており、リズム感を出すことには成功していますが、言葉の重みと素晴らしさに関わらず、内容はあまり無いよう〜〜〜な。(笑)
しかし、ひとつの泣かせどころではあります。
ともかくここは、建前を前面に押し出して、健気さと優しさを印象付けようとしているのです。
これが最後の ひとつ前の便りです
春には 小川に 君の櫛 流します
最後の便りとはせずに、最後のひとつ前ということであり、いわゆる予告編ということなります。
これは、衝撃を和らげる手法として有効であり、心の準備期間を置かせるためのものです。
しかし、その予告編には、櫛を流すシーンが映し出されるようなんですが、白線を流すのならいざ知らず、櫛やったら流れにくいやろな。(笑)
待つ身の辛さが わかるから 急ぎすぎ
気づいた時には 月日だけ 年をとり
健気さと優しさに対して、こちらは、律儀さと気遣いで答えています。
そして、ここでもまた、擬人法です。
気がついてみたら、シワとシミが増えて、老けたよな〜〜〜なんて、けっしていわずに、「月日」だけが高齢化したよというわけです。(笑)
「月日」にしたら、ハタ迷惑な話ですけどね。(笑)
誰もが誰かを 恋しているんだね
それは あてのない 遙かな 旅なんだね
旅する人には 人生の文字似合うけど
人生だからこそ ひとりになるんだね
ここでも春を待つ 人々に逢えるでしょう
泣きたい気持ちで 冬を越えてきた人
さて、これは、「直子さん」の手紙なのでしょうか、あるいは「俊一くん」の手紙なのでしょうか。
順番からいえば、「直子さん」なのですが、どちらかといえば、「男言葉」なので「俊一くん」でしょうか。
おっと、その前に、歌詞には、「直子より」「俊一より」と付いてますが、もちろん、歌では、微妙にそのフレーズごとに歌い方を変えてはいますが、「直子より」「俊一より」とは歌ってはいません。
そこで、考えてみたのですが、この最後のフレーズは、きっと「拓郎さんより」なんじゃないでしょうか。
つまり、若いときは「今はまだ人生を語らず」といっていた拓郎さんですが、ここに至って、「人生ひとり旅」と、人生を語ったのではないでしょうか。(笑)
…ということで、結論といたします。(笑)
今回の「春を待つ手紙」は、「直子より」「俊一より」としたコール・アンド・レスポンス形式の歌詞ですが、そういえば、拓郎さんの曲に、同じような雰囲気のある曲があります。
傷つけあって生きるより
なぐさめあって別れよう
だから Bye-bye Love
外は白い雪の夜
Bye-bye Love
外は白い雪の夜
「外は白い雪の夜」−吉田拓郎
拓郎さんは、この曲で、1994年(平成6年)第45回紅白歌合戦に、「まさか」の初出場をしました。(笑)
この曲も、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」と同じく松本隆さんの作詞で、やはり、コール・アンド・レスポンス形式になっています。
「外は白い雪の夜」、そして、雪の朝に来るのは、「春を待つ手紙」、なるほど兄やん、ウマイ!!(笑)
吉田拓郎さん、1946年(昭和21年)4月5日、鹿児島県生まれ、血液型A型、9歳のときに広島に転居して、広島商科大学卒。
拓郎さんのストレートな長髪と甘いマスクは、くせ毛でキツネ目のぼくからは、羨望のきわみでした。
レコードはそれなりに聴いていたんですが、拓郎さんの曲はあまりコピーして歌った記憶がありません。
ルックス的に、絶対マネできるはずがないと思ったからでしょうか。(笑)
(初稿2005.2 未改訂) |