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「八月の空へ翔べ」―N.S.P

   草原の白い柵に
   少女の君が 寄りかかってた
   新鮮な風を集めて
   深く吸い込む 思い出遠く

地球の北半球の日本では、八月というと、暑い夏真っ盛りというイメージがあります。

もちろん、気象統計的にみても、月別の平均気温はやはり八月がもっとも高くて、真夏日や猛暑日になる日が八月に集中しているのも事実です。

しかし、毎年八月七日頃は、暦の上では、夏が過ぎて初めて秋の気配がたち始める頃とされている立秋であって、この立秋の日から、暑中見舞いの葉書も、暑中見舞いではなくて、残暑見舞いへと変わっていきます。

     日焼けの顔が 日をおうごとに
     白くなる君を見てると 秋ですね
     ふと確かめてみる 暦の日付け
                 「秋日」−NSP

そして、立秋の日というのは、夏至と秋分の日の間とされていますから、確かに夏至の日を過ぎれば、日をおうごとに、少しずつ、日没の時間が早まってくるのを実感します。

     秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
     風の音にぞ おどろかれぬる
           「古今和歌集」−藤原敏行

夏休みに登校して、部活などをしたあとの帰宅時間の夕間暮れには、夕焼けの雲と吹き来る風に、夏が過ぎて秋が訪れる気配を感じて、少し感傷的な気持ちになったことを思い出す人もいるでしょうか。

でもやはり、八月の空といえば、抜けるような青い空。

しかし、底抜けに天真爛漫な青い空ではなくて、そこはかとなく憂いを秘めた青い空であるのに気がつくとき、そのときが青春時代なのかもしれません。

そんな青い空の下、草原の深緑に映える白い柵、といえば、牧場の風景でしょうか。

   八月の空は どこまでも
   続いた青い空
   自然を愛する気持ちさえ
   忘れていたようだ
   僕は今 あの時の 
   君に口づけた 一人の少年

N.S.Pの天野さんたちのふるさとの岩手県の牧場といえば、岩手冨士と呼ばれる美しい形の岩手山が望める有名な小岩井農場があります。

そこを背景とした情景をイメージしましょうか。

牧場に、少女の君が白い柵に寄りかかっている。
そして、草原の彼方の岩手山を望んで、大きく胸を膨らませて、深呼吸をしている。

でも、一人の少年に見えているのは、青い空ではなく、緑の草原でもなく、白い柵でもなく、ただ、少女の君の横顔です。

君のひとみに僕が映る。
その瞬間、掠め取った少女の君の赤き唇。
もちろん彼女の唇が、今日、何を告げようとしているのかおよその見当はついているからです。

     君のくちびるが
     さようならと動くことが
     こわくて下を向いてた
           「なごり雪」―イルカ

岩手山は、古来から、言わないで、の意味、言はでから、言はで、いわての山とされたとのこと。

     ふるさとの山に向ひて言ふことなし
     ふるさとの山はありがたきかな
           「一握の砂」−石川啄木

   膨らんだ夢はいつか
   少女の君を 大人に変えた
   どうしても行くというなら
   せめてたまには 電話をよこせ

言はでの山が古典的仮名遣いであるのと同じように、せめてたまには電話をよこせというフレーズも、いまとなっては、歴史的解説がいるのかもしれません。

かっての電話は、NTTの前身である電電公社独占の固定電話しかなく、電話を架設するときには高額な電話加入権を負担しなければなりませんでした。

電話は、実家から離れて暮らす、学生や新社会人が簡単に引けるものではなく、公衆電話を利用することになり、また、市外通話料金も高額でしたから、そうそうに電話をかけることもできませんでした。

     手紙が無理なら 電話でもいい
     “金頼む”の一言でもいい
           「案山子」―さだまさし

実家にかけるならば、一言で済むかもしれませんが、遠くに住む恋人との公衆電話での電話は、それこそ言いたい想いの数と、握り締めたコインの数を、比べなければなりませんでした。

     「最後のコインが今落ちたから
     今迄のすべてがあと3分ね」って
     きみはとぎれがちに小さくつぶやいた
           「加速度」―さだまさし

また、一家に一台の固定電話では、電話に出てくるのは、父親や母親が出てくることが多くて、それこそ受話器を持つ手が、なぜか震えたことを記憶している人も多いかもしれません。(笑)

携帯電話が普及したおかげで、現在は、このような情景はないのですが、その代わりにある日を境にして、「おかけになった電話番号への通話はおつなぎできません」という設定にされてしまうことがあるらしく、これだと、なんだかなぁという感じでしょうね。(笑)

   八月の空は いつまでも
   二人の分かれ道

八月の陰暦の呼称は葉月です。
夏の盛りに葉陰を作るほどに、生い茂ってくれるから葉月なんだとイメージしますが、新暦では、九月上旬から十月上旬ですから、実は「葉落ち月」が由来という説もあります。

いずれにしろ、八月は夏休みが終わる月。
東北地方のような短い夏の北国なら、夏休みも短く、八月の中旬から下旬に、二学期が始まります。

     もうあなたは冗談も云わずに
     九月の事にかかりきりみたいで
     夜の街は淋しすぎて
     そのうえ冷たすぎて
         「やさしさとして想い出として」―ふきのとう

アメリカや中国などは、九月が新学年、新学期の始まりとなりますから、まさしく八月が卒業などの人生のひとつの分岐点となっています。

日本においては、弥生の空の下での卒業式や、卯月の空の下での入学式、あるいは入社式などがあって、別れと出会いの季節としては、春先が意識されます。

しかし、その春先の進学や就職の大切な進路を決めた時期として、ほんとうはやはり、その前の年の八月頃なのだと思います。

地元で進学するのか、就職をするのか、都会に出て、進学、就職をするのか、それを決めるのが、八月の空の下。

   都会が冷たくいじめたら
   帰ってくるがいい

もちろん、ありがたきふるさとの山のように、ふるさとは帰ればいつでも受け入れてくれるでしょう。
でも泣き顔のお土産を持っては帰れません。
意地でも、泣き顔は、みせたくありません。
自分が選んだ道なのですから。
夢は夢のまま終わってしまったとしても。

泣き顔が笑い顔に変わるのは無理でも、泣き顔と悟られぬように、作り笑いも笑いのうちと。
空元気も、元気のうちと。
そして、夢はいつまでも、夢であるように。

   僕は今 あの時の
   君の泣き顔 思い出している

     それはもう黄ばんでしまっていて
     泣き顔か笑い顔かわからない
             「八十八夜」―N.S.P

泣き顔でも笑い顔でもどちらでも良いです。
青い空が無理ならば、寝苦しい熱帯夜の、夢の夜空でも良いでしょう。
さあ…。

八月の空へ翔べ!



この曲は、1978年(昭和53年)に、シングル「八十八夜」がヒットし、それを収録したN.S.P(ニュー・サディスティック・ピンク)の10枚目のアルバム「八月の空へ翔べ」に収録されたアルバムタイトル曲と同じ楽曲で、作詞が天野滋さんで、作曲が平賀和人さんという、組み合わせながら、アルバムタイトルにするだけのN.S.Pらしいさわやかな曲になっています。

N.S.Pは、1972年(昭和47年)岩手県にある国立一関工業高専の同級生だった、天野滋さん、中村貴之さん、平賀和人さんで結成、1973年(昭和48年)第5回ポピュラーソングコンテストに「あせ」で入賞、「さようなら」でデビューしました。

残念ながら、N.S.Pのリーダー、天野滋さんは、2005年(平成17年)7月1日、大腸がんによる脳内出血で、享年52歳で、亡くなられています。

冥福を祈りつつ、多くの素敵な曲を残してくれたことに感謝いたします。

合掌。

(初稿2009.8 未改訂)


八月の空へ翔べ

作詞 天野  滋
作曲 平賀 和人

草原の白い柵に 少女の君が寄りかかってた
新鮮な風を集めて 深く吸い込む 思い出遠く

八月の空はどこまでも 続いた青い空
自然を愛する気持ちさえ 忘れていたようだ
僕は今 あの時の 君に口づけた 一人の少年

膨らんだ夢はいつか 少女の君を大人に変えた
どうしても行くというなら せめてたまには 電話をよこせ

八月の空はいつまでも 二人の分かれ道
都会が冷たくいじめたら 帰ってくるがいい
僕は今 あの時の 君の泣き顔 思い出している

1978年(昭和53年)
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