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八十八夜」―N.S.P

1867年(慶応3年)11月15日の夜、京都近江屋の二階で、盟友である中岡慎太郎と懇談中の不意を衝かれて、千葉一門北辰一刀流免許皆伝の刀もなすすべもなく、江戸幕府方の京都見廻組と見られる数人の刺客により、一人の男が斬殺されました。

坂本龍馬、享年33歳。
奇しくも龍馬33歳の誕生日でした。

今から百数十年も前の幕末維新の頃、海援隊を組織し、薩長同盟を成し遂げて、無血革命ともいえる大政奉還、そして明治維新へと導いた坂本龍馬。

日本の近代化への礎となったその坂本龍馬の肖像写真が、同時代の我が国写真術の開祖と言われている長崎の上野彦馬により残されています。

この写真は、鋭い眼差しながらも、少しさみしげに遠くを見つめるような坂本龍馬の実際の面影を、後世に正確に伝えています。

確かに、あの頃…、彼はこのように生きていたと。

   引き出しの中から あの人の写真
   みんな捨ててしまった筈なのに

想い出の写真ならば、捨てることも、燃やすことも、また、泣きながらちぎることも、できるでしょう。
ちょっと後悔しながらも。(笑)

     泣きながら ちぎった写真を
     手のひらに つなげてみるの
                「あの日にかえりたい」 荒井由実

あるいは、お寺に納めることもできるようです。(笑)
お布施の上におきながら。(笑)

     あの日誰かに 頼んで撮った
     一枚切りの一緒の写真
     納めに来ました 縁切寺
                      「縁切寺」 さだまさし

でも、記憶と言う名のこころの引き出しにしまった写真は、なかなか捨てることはできません。
もちろん、普段はしまいっぱなしで、また、しまっていることすらも、とうに忘れられていて、自由に取り出すこともできないのですが…。

しかし、なにかの折節に、太陽の光に焼き付けられた日光写真のように、浮かび上がってくるのです。

   それはもう黄ばんでしまっていて
   泣き顔か笑い顔かわからない

あなたの赤ちゃんの頃の写真は、白黒ですか?
それとも、カラー写真だったでしょうか。

おそらく、青春音楽館をご訪問される方の多くは、まだカラー写真が普及する以前のご誕生でしょうから、あえてお答えは結構です。(笑)

まあ、記念写真のカラー化が、小学校の入学式の写真、運動会の写真、中学校の遠足の写真、高校の修学旅行の写真、結婚式の写真…など、どの時点で達成されたかは、微妙に違ってくるのかもしれませんが、あえて追求はやめておきましょう。(笑)

しかし、特に昔のカラー写真は、現像液や定着液、あるいは印画紙の質も悪かったのでしょうか、黄ばむのも早くて、劣化の度合いもひどいものでした。

もっとも、泣き顔か笑い顔かわからないというのは、はたして、写真のせいかどうか、分かりません。(笑)

昔のカラー写真であっても、美しい人はより美しく、そうでない人は、それなりに…写っているものと思いますから。(笑)

そういう意味では、白黒の写真は、カラー写真ほどには経年劣化は激しくなくて、穏やかなセピア調になっていきますから、想い出とする記念写真ならば、白黒写真の方がいいのかもしれません。(笑)

     想い出は モノクローム 色を点けてくれ
     もう一度 そばに来て
     はなやいで うるわしの Color Girl
                 「君は天然色」 大瀧詠一

   あの人の想い出にピリオドをうって
   明日 嫁ぎます

ピリオド(period)というのは、もともと、英文の文章の終わりなどに打つ句読点として使用される終止符の符号で、「 . 」と表記されます。

近年、「 . 」は、インターネットやパソコンなどの普及に伴い、ホーム ページアドレスや電子メールアドレスを区切ったり、ファイル名とファイルの種類を表す拡張子を区切ったりするときなどに使用されていて、これは、ドット(dot)と呼ばれています。

もっとも、想い出にピリオドをうつ、とは言いますが、想い出にドットをうつとはいいませんので、ご承知おきくださいませ。
そんなこというと、ドット、疲れますね。(笑)

もし、ドットという言葉が覚えられないんだったら、小数点の点「 . 」と同じですから、点って覚えればいいでしょう…、多少、目が点になりますが。(笑)

もっとも、付き合っていた彼女に、明日、嫁ぎますって言われても、目が点になりますが、こんな体験した男性、ぼくの知る限り、結構、いるんですよね。(^^ゞ

きっと、彼女の終止符「 . 」の意思表示を、どこかで見落としていたのでしょうけどね…。
あまりに「 . 」が小さすぎて…。
でも、もう終わりにしましょうの告白が「●」と大きすぎても逆にミジメかもしれませんが。(笑)

   もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
   もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

八十八夜…立春からかぞえて、八十八日目。
暦年によって、少し前後はしますが、毎年、五月二日頃になります。

八十八を組み合わせれば、米という漢字になることから、田植えなどの農作業には、この八十八夜がひとつの目安になっているようです。

     霜なくて 曇る八十八夜かな
                     正岡子規

「八十八夜の別れ霜」という言葉があるように、八十八夜の頃は、汗ばむような気温の上昇があるかと思えば、急に気温が下がって、霜が降りやすい頃でもあり、農作物に被害が出ることもあります。

とはいうものの、そんな別れ霜の季節も終わり、「八十八夜」から三日も経てば、「立夏」となって、いよいよ晩春から初夏へと季節はめぐっていきます。

茶摘み歌もあるとおり、夏も近づく八十八夜に摘み取られるお茶は、そんな季節に芽吹いた新芽を手で摘んだ上質なお茶となり、古来より不老長寿の縁起物の新茶となります。

まあ、一杯、いかがですか。( ^‐^)_且~~

   こんな夜に あの人の電話
   遠くで懐かしさが話しかける
   本当はあの人に手を引かれ
   一緒の人生を歩きたかった

この電話は、やはり受話器があって、コードがある固定電話が似合うように思います。

電波がどこでも勝手に飛んでいく携帯電話よりも、いつも線がつながっていて、でも、いつも線がつながっているわけでもなくて、受話器の中に相手が住んでいるような身近な感覚がありながら、いつも途切れがちの会話が続く電話。

電源が入ってないか電波の届かないところに…なんて、小さな親切で大きなお世話のメッセージが流れるんじゃなくて、呼び出し音が、いつまでも永遠のように続くような電話。

     人は生まれながら 赤い糸で結ばれている
     そしていつかは その糸をたどって
     めぐり会う
     しかし その糸は 細くて弱い
                  「赤い糸の伝説」 N.S.P

たどりつくまえに、切れてしまう。
それが、赤い糸の運命…。
だから、赤い糸の伝説…。

そして、いずれにしろ、懐かしさはもう想い出。
想い出の中の声、そして写真。

     遠く離れてしまえば
     愛も 消えてしまうという

     怖いんだ 怖いんだ
     あなたの写真を見ながら
     あなたが思い出になってゆく
     そんな気がして

     手紙書くだけで 心の糸が
     つながっているだろうか
                  「赤い糸の伝説」 N.S.P

心の糸、なにも手紙を書くだけで、電話をするだけで、つながっているものではないはず…。

見えなくとも、聞こえなくとも、つながっているときにはつながっているものなのです。

ただ、心の糸も、やはり赤い色をしているのです…。

   昨日までのあの人を忘れられないのは
   私の 弱さでしょう

あの人のやさしかったところだけを想いうかべながら、そして、あの人との楽しかったころだけを想いめぐらしながら、想い出の中に生きていくこと…。

そんな考え方になるのは、やはり弱さでしょう。
前向きにすすめずに、うしろを振り返えってばかりいるのは、確かに弱さでしょう。

ただ、やはり、それは相手を想う優しさゆえ…。
そんな一途さは失いたくないものです。

しかし人生は、思うほどには長くはありませんが、また思うほどに短くもありません。

離れてしまった手のぬくもりを、後生大事に守るより、手を差し伸べて、前にすすむ勇気も必要です。

   もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
   もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

夏から秋、秋から冬、そして冬から春。
人生というのもまた春夏秋冬があり、なにも若者だけが、春秋に富むわけではありません。
寒さに震えた人ほど暖かさを感じることができます。
薄幸だったからこそ幸せが身に沁みます。

   写真が黄ばむようにあの人とのことも
   色褪せてゆくかしら

想い出たちが色褪せていくのを感じるときほど、せつなく、さみしさを感じることは、ほかにありません。

でも、形あるものは崩れ、色あるものは薄れていくのが世の定めであるのならば、一途さは、ただのこだわりとなり、執着となり、固執となってしまうものです。

季節が次々とめぐっていくように、人もまた、変わらなければならないときがあるはずです。

それは、決して、心変わりでも、変節したのでも、また自分を捨てることでもありません。

   もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
   もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

だからこそ、こころの中で、このフレーズをリフレインさせ、自分で自分に言い聞かせながら、前のめりになって、一歩でも前に向かって歩みたいものです。

死ぬときは、たとえドブの中でも前のめりになって死にたい…、そんな龍馬のような心境には、なかなかなれなくてもね…。(^^ゞ



N.S.Pに対して、格別の熱烈なファンでもなかったのに、気がつけば、なぜか、こころの中で、いつまでも、彼らの曲がへばりつくように響きわたっていて、まさしく「青春のかけら達」です。

「八十八夜」の曲は、N.S.Pにしては、めずらしく女性側の心情を、叙情的に描いた歌詞ストーリーです。

しかし、2002年のN.S.P復活コンサート!!に、この「八十八夜」が入っていなくて、残念に思いました。

もっとも、ときが流れて、デジタルカメラの普及で、写真が黄ばんで色褪せることもなくなったからかもしれません。(^^ゞ

それじゃ、せめて青春音楽館には、ぜひとも登場させるぞっ、と思いつつも…気がつけば、毎年、八十八夜を越えて、梅雨の季節…(^^ゞ 

このままほっとけば、「八十八夜」のお茶が、発酵して紅茶かウーロン茶になって、マスター(館長)も米寿を越えたりして…、って、マスター(館長) 、憎まれっ子だけに、そこまで長生きするつもりかってか。(笑)

まっ、ということで、誰も待ってくれてはいなかったと思いますが…、お待たせしました。(笑)

コーヒーブレイクならぬ、「八十八夜」に摘まれたお茶などと一緒に、ご賞味くだされば幸いです。(笑)  ( ^‐^)_且~~ 


追記

N.S.Pのリーダー、天野滋さんは、2005年(平成17年)7月1日、享年52歳で、亡くなられました。
謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。

(初稿2004.5 改訂2005.8)


八十八夜

作詞/作曲 天野 滋

引き出しの中から あの人の写真
みんな捨ててしまった筈なのに
それはもう黄ばんでしまっていて
泣き顔か笑い顔かわからない
あの人の想い出にピリオドをうって 明日 嫁ぎます
もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

こんな夜に あの人の電話
遠くで懐かしさが話しかける
本当はあの人に手を引かれ
一緒の人生を歩きたかった
昨日までのあの人を忘れられないのは 私の 弱さでしょう
もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

写真が黄ばむようにあの人とのことも 色褪せてゆくかしら
もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

1978年(昭和53年)
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