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「初恋」―村下孝蔵

1999年(平成11年)6月24日、村下孝蔵さんが、高血圧性脳内出血のために、お亡くなりました。

デビュー20周年目の意欲的な活動をされているさ中で、近づく七夕コンサートのリハーサル中に倒れたままに、不帰の人となりました。

享年46歳………早過ぎる突然の訃報でした。

村下孝蔵さんと言えば、1982年の「ゆうこ」、そして翌年「踊り子」とともに、大ヒットした「初恋」が、哀愁を帯びたメロディラインとともに、思い出されます。

   五月雨は緑色 悲しくさせたよ一人の午後は
   恋をして淋しくて 届かぬ思いを暖めていた

特にこの「初恋」という曲は、なにか甘く、またほろ苦く、そして、せつなさを感じる歌でした。

初夏の自然の中の美しい情景とともに、いつまでも忘れたくない、心の中の心象風景が、描かれているからでしょうか。

   放課後の校庭を走る君がいた
   遠くで僕はいつでも 君を探してた
   浅い夢だから 胸を離れない

誰にでもあるような想い出の中の思春期の頃のワンシーン。

浅い夢だから、胸を離れない。

初恋…、しかもそれが、片恋、片思いだからこそ、いつまでも胸を離れないのでしょうか。

   好きだよと言えず初恋は 振り子細工の心

…確かに、成就した恋よりも、好きだ、ということすら言えなかった恋の方が、いつまでも心の中に残るような気がします。

   夕映えはあんず色
   帰り道一人口笛を吹いて
   名前さえ呼べなくて
   とらわれた心見つめていたよ

甘酸っぱいあんずのような色の夕焼け空。
そして、その空を背景に、あの人のシルエットが遠ざかっていく。

いま帰りなの…、もうすぐ大会だね…、そんな用意していた言葉どころか、名前すら呼びかけられずに、ただ後姿を見送ってる自分の姿。

夕陽に伸びた頼りなげな自分の影法師。

   風に舞った花びらが 水面を乱すように
   愛という字を書いてみては
   ふるえていたあの頃

青春のメモリアルを、繊細な感性で、それを見事に切りとって、この曲は、水のごとくに流れるような歌詞を、美しいメロディラインに乗せています

   浅い夢だから 胸を離れない
   胸を離れない 胸を離れない


村下孝蔵さん、1953年(昭和28年)2月28日、熊本県水俣市出身。

エレキギターの大御所である、ザ・ベンチャーズに憧れて、大胆なエレキギターの弾手でもあった村下孝蔵さんは、一方では、繊細なアコースティックギターの名手でもありました…。

熱烈なファンでもなく、コンサートにも行かず、たまたま、いちどだけ、テレビのアップで拝見した村下さんの指先は、見事なまでに、アルペジオのタコができていました。

天才は努力の異名とも言いますが、ギターのチューニング(調律)すら、まともに出来ずに、結局、ギターを挫折したぼくにとっては、広島ヤマハでピアノ調律の仕事が出来るほど、確かな絶対音感を持つ村下さんの音楽の感性は、羨望の極みでした。

ご冥福をお祈りします。

(初稿1999.6 最終改訂2007.5)



初恋
作詞/作曲 村下孝蔵

五月雨は緑色 悲しくさせたよ一人の午後は
恋をして淋しくて 届かぬ思いを暖めていた
好きだよと言えずに初恋は 振り子細工の心

放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも 君を探してた
浅い夢だから 胸を離れない

夕映えはあんず色 帰り道一人口笛吹いて
名前さえ呼べなくて とらわれた心見つめていたよ
好きだよと言えずに初恋は 振り子細工の心

風に舞った花びらが 水面を乱すように
愛という字を書いてみては ふるえてたあの頃
浅い夢だから 胸を離れない

放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも 君を探してた
浅い夢だから 胸を離れない
胸を離れない 胸を離れない

1983年(昭和58年)
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