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はじめて私に スミレの花束くれた人は
サナトリウムに消えて
それきり戻っては来なかった
すみれにちなんだ歌、というなら、やはりまず、この歌を思い浮かべる人が多いでしょう。
すみれの 花咲く頃
初めて 君を知りぬ
君を思い 日ごと夜ごと
悩みし あの日の頃
すみれの 花咲く頃
「すみれの花咲く頃」-宝塚歌劇団
♪すっみれの はっ〜な〜 さっく〜 ころ〜♪なんて、思わず、メロディをつけて、スキップしながら、口ずさんだ方も多いでしょうか。(笑)
スキップしてるつもりでも、足が上がっていませんから…なんて、野暮な毒舌は、この際、見て見ぬ振りして、スキップしておきましょう。(笑)
さて、伝統ある宝塚歌劇については、どのタカラジェンヌの活躍を思い出すかで、かなり、年代差が出るんじゃないかと思います。(笑)
まあ、青春音楽館のご訪問者の平均年齢からすれば、1974年(昭和49年)の「ベルサイユのばら」の宝塚ブームで知ったという人がやはり多いのかも知れませんね。
もっとも、訪問者平均年齢の統計はとってませんから、あくまで憶測ですから、ご安心くださいね。(笑)
すみれって すみれって
あなたとあたしの青ざめた
心が心が 咲かせた花だと思うの
淋しかったから あなたを愛して
淋しかったから あなたを憎んだ
淋しかったから あなたにさよならを
そして ひとつぶ すみれ色の涙
「すみれ色の涙」−岩崎宏美
そういえば、この歌も、岩崎宏美さんが1981年(昭和56年)に歌ってヒットしたのですが、もともとは、ジャッキー吉川とブルーコメッツさんが1968年(昭和43年)に歌っていた…らしいのです。(笑)
ブルコメの「すみれ色の涙」を、リアルタイムでご存知の方は、やはり、かなりの…ですね。(笑)
ぼくは、当時、ブルコメのブルーシャトーを、リコーダー(縦笛)をフルートを吹くような真似をして、♪もりとんかつ〜、いずみにんにく〜なんて、歌っていた小学生軍団にいましたから、聴いたことはあったのでしょうが、記憶には残っていません。(笑)
でも、まあ、小学生が、「すみれって、ブルーな恋人どうしが、キスして生まれた花だと思うの」…なんて、歌ってたら、怖いですよね。(笑)
やはり、小学生は小学生らしく…。
春を愛する人は 心清き人
すみれの花のような ぼくの友だち
「四季の歌」−芹洋子
こんな歌が、健康的でいいかもしれません。
そうです、すみれは、野に咲く花。
山路来て何やらゆかし菫草
松尾芭蕉
すみれの仲間には、パンジーやビオラなどの園芸品種に見られるように、鮮やかで華やかなものもあるのですが、やはり、山野や道端に自生して、ひっそりと咲くすみれが、すみれらしくていいですよね。
菫ほど小さき人に生まれたし
夏目漱石
そんな清楚で控えめなすみれの花束には、やはり、白つめ草でこしらえた髪飾りが似合います。
優しい春の風に誘われるようにして、幼き淡き恋心が芽生えて、そして、たんぽぽの綿毛のように、ゆらりゆらりと空に舞いあがっていく…。
しかし、風はきまぐれ…。
風立ちぬ、いざ生きめやも
「風立ちぬ」−堀辰雄
「風たちぬ」は、サナトリウムを舞台にして、結核に冒された恋人たちの純愛の物語です。
散文で書かれた抒情詩とも言われています。
堀辰雄は、サナトリウム文学と称される文学カテゴリーを代表する作家ですが、あまりにも有名だったので、ぼくは、高校時代、地味ながら定評のある福永武彦の「草の花」から読み始めました。
叙情性のある堀よりも、多少、理屈っぽい福永の方が性格的に合っていたのでしょうね。(笑)
彼も孤独であり、僕も孤独であり、
しかも僕等は愛し合うことが出来なかった。
「草の花」−福永武彦
ところで、サナトリウム(sanatorium) というのは、かっては、不治の病とされた結核患者などの療養を目的とする施設のことです。
さまざまな人生を
抱いた療養所(サナトリウム)は
やわらかな陽溜りと
かなしい静けさの中
「療養所(サナトリウム)」―さだまさし
結核の治療薬がなかった時代には、大気、安静、栄養という療法しかありませんから、高原や海辺などの、閑静で日当たりがよく、空気の清浄な、つまりは自然の豊かな場所に建てられたのでしょう。
目に青葉
山ほととぎす
初鰹(はつがつお) 山口素堂
自然に囲まれたそんな場所で見る青葉や、そんな場所で聞く野鳥の声はまた、俗世間と隔絶されているだけに、格別だったでしょうね。
まあ、食いしんぼには、それより初鰹ですが。(笑)
ところで、ほととぎすは、「不如帰」とも書きますが、「子規」とも書き、これをペンネーム(雅号)にしたのが、正岡子規です。
ほととぎすという鳥は、「テッペンカケタカ」のように聞こえる高音の鋭い声で鳴き続け、また口の中が赤く、血を吐くまで鳴いているように見えるそうで、結核を病んで、喀血した自分を、そんなほととぎすに見立てたからとも言われています。
正岡子規は、東京大学では、夏目漱石と同級であり、漱石の文学活動にも多大の影響を与え、日本の近代文学の確立に貢献した、明治時代を代表する文学者の一人です。
糸瓜咲て 痰のつまりし 佛かな
正岡子規
芭蕉以来の俳句の革新を提唱し、俳句雑誌「ほととぎす」を主宰するとともに、「ベースボール」という英語に「野球」という和訳をあてたのも、正岡子規と言われています。
享年、35歳、辞世句にちなみ、命日の9月19日は、糸瓜(へちま)忌と言われています。
結核で20代から30代で夭折した文学者は、ほかに、樋口一葉、石川啄木、中原中也、宮沢賢治、梶井基次郎らがいます。
道のべに 阿波の遍路の 墓あはれ
高浜虚子
私が まだ一人旅に憧れてた頃
実家の近くに、人形浄瑠璃や歌舞伎の演目である近松半二ら合作の「傾城(けいせい)阿波の鳴門」に登場する、どんどろ大師(善福寺)があります。
巡礼にご報謝…と、幼くして別れた母を訪ねる幼い巡礼の旅姿のおつると、わけあって母親と名乗れぬお弓が再会する場面がこの境内とされています。
そういう由来もあってか、白木綿の衣服を着て同行二人(どうぎょうににん)と記した菅笠をかぶり、手甲・脚半をつけ、頭陀袋(ずだぶくろ)と鈴・金剛杖を持った巡礼姿の人たちを子供のころは良く見かけました。
一人旅なのに、同行二人と記す、もちろん、遍路が弘法大師との二人旅の意味を持つということも、遍路の衣装の白装束が死装束であるということも、後年になって知ることになるのですが、当時は、奇妙というよりも、なにか子供心に薄気味悪さがありました。
そういえば、死んだ人の年の数だけ、四国八十八ヶ所の順番を逆回りに巡礼する「逆打ち」 を行えば、その死者が蘇るという古代伝承があるそうです。
それをモチーフにした直木賞作家、坂東眞砂子のホラー小説を原作とする映画「死国」(1999年(平成11年)公開)は、同時上映の貞子の「リング2」よりも、もっと、なにか奇妙な雰囲気のある映画でした。
セットの背景の四国の自然と巡礼の姿の映像が、妙に生々しく思えたからかもしれません。
巡礼はしたことがありませんが、憧れの一人旅は、20歳前後の頃に、日本海側を中心にしてですが、なんどか経験したことがあります。
言葉のイメージほどには、一人旅はそんなに孤独なものでもない代わりに、そんなに気楽なものでもないなというのが、実感でした。
四国へは、遍路ではないのですが、まだ大橋がかかっていない頃でようやく四国一周の国道が完全舗装されたというときに、海岸線伝いに、徳島、高知、愛媛、香川と、車で一周する二人旅をしました。
あっ、もちろん、嫁さんとの二人旅ですよ。
だから、ここに書けるのですがね。(笑)
はじめて私に 甘い愛の言葉くれた人は
私が勤めた店に 前借りに現れ雲隠れ
時代劇には、護摩の灰(胡麻の蝿)と呼ばれる、旅人を騙して金品をまき上げる泥棒が登場しますが、これは高野聖(ひじり)いわゆる高野山の修行僧の振りをして、ただの灰を、弘法大師の焚いたありがたい護摩の灰だと偽って、高値で売ることから、護摩の灰、転じて、胡麻の蝿になったそうです。
まあ、高野聖ならぬホスト風に言えば、演じた役に見合ったギャランティ(出演料)を払ってもらっただけとです、いうことになるでしょうか。(笑)
だから、甘い愛の言葉と護摩の灰には、注意が必要ですね。(笑)
はじめて私に 笑い顔がいいと言った人は
あれは私の聞き違い
隣の席の娘あての挨拶
まあ、このタイプは、デートの待ち合わせ場所に遅れるような男に多いタイプですが、護摩の灰のように騙すというほどの才覚もなくて、せいぜい、よそ見したことを誤魔化すくらいですね。。(笑)
はじめて私に 永遠の愛の誓いくれた人は
ふたりで暮らす家の
屋根を染めに登り それっきり
しかし、運命のいたずら、という言葉もありますが、ほんとに運がいいとか悪いとか、人は時々口にしますが、そういう事って確かにあると、人生の年輪を重ねていくと、さだまさしさんならずとも、実感することが多いですね。(笑)
そして、懸命に、健気に生きている人を襲うような悲劇を見聞するにつけ、ほんとに神仏はいるのですかと、問いかけたくもなります。
はじめて私に 昔は忘れろと言った人は
今度は 彼の人違い
あまりに誰かを待ちすぎたあげくに
聞き違いでも、人違いでも、かまわないのに、それにこだわる、実はそこに彼女の悲劇があるのです。
「恋は誤解から生まれる」という言葉もあるようですし、また、「理解から愛が生まれる」という言葉もあるようですが、さてさて、どうなのでしょうか。(笑)
恋より、愛より、さきに子どもが生まれるということもあるようですが、これは、純情マスター(館長)ゆえに、ノーコメントとさせていただきます。(笑)
いずれにしろ、恋は誤解から、厄介へ、そして苦界へと登りつめていくしかない一本道です。(笑)
もう幾つ目の 遠回り道 行き止まり道
手にさげた鈴の音は
帰ろうと言う 急ごうと言う
うなずく私は 帰り道も
とうになくしたのを知っている
いずれにしろ、傷だらけになりながら、いくつもの道を行ったり来たりしながらも、彼女が唯一賢明なのは、帰り道がないということを、知っているということです。
振り返って、来た道が見えたとしても、もはや、それをたどり直すすべはないのです。
来た道は帰り道ではないのです。
歳と共に誰もが子供に帰ってゆくと
人は云うけれど それは多分嘘だ
思い通りにとべない心と 動かぬ手足
抱きしめて 燃え残る夢達
「療養所(サナトリウム)」―さだまさし
昨日に戻る明日がないように、ともかく、ときの流れに沿って、前に進むしか道はないのです。
それはたどってみなければわかりません…。
でも、怖れることはありません。
はじめて私に…、はじめて私に…、こんどは、どんなはじめてを、体験させてくれる道なのでしょうか。
そんな不安と期待に、少し、わくわく、どきどきしながら、しゃんしゃんと、鈴の音だけをともにして、痛む足と心を引きずりながらも、歩きましょう。
たどたどしくても、たしかに歩いていけば、いずれどこかへたどり着くのですから…。
この曲は、中島みゆきさんのサード・アルバム「あ・り・が・と・う」に収録されています。
遍路という曲名なんですが、直接的には、この曲には、遍路の話は出てきません。
むしろ、さだまさしさんの「逢ひみての」というアルバムにある「遍路」なんかは宗教的な趣があり、永井龍雲さんの「発熱」というアルバムにある「お遍路」なども、いかにも、遍路らしさが溢れています。
そういう意味では、遍路というより、主人公の男性遍歴を歌ったものではと、短絡的に考えがちですが、サビのリフレイン部分をよく読めば、一期一会の出会いと別れ、帰り道のない人生について歌われていて、やはり、遍路という曲名がふさわしいのです。
メロディーラインは決して暗くないのですが、さらに原曲よりはやや明るめに、鈴の音も、ジングルベルにして、かなり陽気な雰囲気にさせてもらいました。
「もう幾つ目の…手にさげた鈴の音は…」というリフレインフレーズ、いかにも中島みゆきさんらしい、みゆき節、しゃんしゃんと、ご賞味ください。(笑)
(初稿2005.5 未改訂) |