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大阪駅の10番線ホーム…。
駅舎のもっとも北側のホーム、都心をぐるりと結ぶ大阪環状線のホームから、もっとも離れたホーム。
このホームが、大阪駅の長距離列車の発着ホーム。
夕暮れが近づく…、午後5時過ぎ…。
隣の9番ホームには、京都方面への新快速電車が入り、帰宅を急ぐスーツ姿のサラリーマンやOL達の姿で混み合うラッシューアワーが始まっている。
ふるさとへ 向かう最終に
乗れる人は 急ぎなさいと
やさしい やさしい声の 駅長が
街なかに 叫ぶ
それに比べて、閑散とした10番線ホーム…。
そして、そこに、静かに、「大阪−青森」と表示されたプレートをつけた、寝台特急「日本海」が入線する。
振り向けば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
夕食用の駅弁に、お茶、缶ビール二本と、缶コーヒー、スポーツドリンク、そして多少のおつまみと、新聞と雑誌を買い込んで、ぼくは、そそくさと乗り込んだ。
人影はまばらで、空席が目立つ車内。
指定席の寝台にすわり、ぼくは煙草をくゆらせながら、車窓からホームを眺めた。
ホームでは、古びたバッグとみやげ物を手にした、年老いた老夫婦と、まだ生まれてまもない、幼子を抱いた若夫婦の姿。
名残惜しそうに、幼子を中心にして、談笑している。
都会で生まれた孫の顔を見にきた両親の見送りだろうか。
ホームの柱の陰には、涙ぐんでいる彼女の肩を抱いて、なぐさめ、元気づけている彼の姿が見える。
遠距離恋愛の恋人たちなのだろうか。
やがて、発車のベル…。
あわてて見送り人たちと別れて、乗り込む人たち。
となりの9番ホームからは、疲れきった顔のサラリーマンや、化粧崩れした顔のOLたちが、まるで別世界に行く、銀河鉄道の列車を見るような、うつろなまなざしで、こちらを見つめている。
ゴト、ゴトリ…と、重たげな車体が揺れて、薄暮の中を列車は静かに動き出し、一足先に帰省している妻子の待つふるさとへと進む。
走りだせば 間に合うだろう
かざり荷物を ふり捨てて
街に 街に挨拶を
振り向けば ドアは閉まる
新大阪を過ぎ、寝台特急「日本海」の次の停車駅は、京都駅。
ホームに並んでいた、5、6歳くらいの女の子を伴った親子連れらしき女性が、同じ車両に乗り込んできた。
母親は、ぼくと、同い年くらいだろうか。
彼女は、ぼくに軽く会釈して、向かいの寝台に座ったが、女の子は、窓際に立って、しきりにホームの方を気にしている。
やがて、発車のベルがなり、ホームがゆっくりと動き始める。
ホームのはてを過ぎて、女の子は、あきらめたかのように、母親の横にすわり、ためいきまじりに言った。
「ママ…、パパ、やっぱり、来はらへんかったね。」
母親は、ぼくの方をちらっと見やって、それから、やや困惑した表情を浮かべながら、さとすように、子どもに言った。
「だから、仕事が急がしかったら、見送りに行けないからって、言ってたでしょ。…仕事だもん、しかたないよね。」
女の子は、口を尖らせ、不満そうな顔つきをしながら、所在なげに寝台に座って、しばらくは、足をブラブラさせていたが、はずみで靴の片方が脱げ落ちて、ぼくの足元に転がってきた。
ぼくは、靴を拾って、女の子に手渡した。
「あ…、…すいません。…こら、なにするのよ。ダメじゃないの。」
恐縮する母親は、女の子をにらみつけて叱った。
「いや、いいですよ、かまいません。…なっ、外も暗うなって、景色もよう見えんし、ここは、退屈の「クツ」ばかりやもんな。」
ぼくの顔色をうかがうように見ていた女の子は、ぼくが笑ってそう言ったことに、安心して、ぺろっと舌を出した。
そして、甘えた声で、母親に言った。
「ママ、お腹、空いた。早よう、お弁当食べようよ。」
振り向けば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
彼女たちが、お弁当を広げはじめたので、ぼくも、駅弁を取り出して、それをつまみにして、ビールを飲みはじめた。
見知らぬもの同士ながらも、車内で、向かい合わせに、一緒に食事をしているという気安さから、どちらまで行かれるのですか、という彼女の問いかけをきっかけに、彼女と話が弾んだ。
午後9時過ぎに列車は、金沢に着いた。
金沢駅のホームでは、ときならぬ、雪が舞っていた。
「雪ですね…、この分だと、青森も雪かもしれない。」
車窓を見ながら、ぼくはひとりごとのように、つぶやいた。
窓にへばりつくようにして、降りしきる雪を見ていた女の子は、動き出した列車で思い出したように、母親に尋ねた。
「パパ、あとから、ほんまに来はるんかな。…来はらへんかな。」
その言葉に、彼女は、また、ちょっと顔色を変えながら答えた。
「うん…、だからね、仕事がちゃんと終ったらね…。」
かける言葉に迷いながら、ぼくは、おつまみにと思って買ってあった、チョコレート菓子を女の子にあげた。
女の子は、突然に、手渡されたコアラのマーチに、少し驚きながらも、嬉しそうな顔をして、さっそくに食べ始めた。
それから、また話し込んだ。
下北半島と、津軽半島では、同じ青森でも風土が異なって、下北では、りんごがとれないこと、津軽のように雪深くないこと、同じ東北弁、青森弁でも、下北と津軽では言葉が微妙に違うこととか…。
ときおり聞こえる汽笛の音と、踏み切りの警笛の音をBGMにして。
それから、吉幾三や、松山千春、中島みゆき、谷村新司などのとりとめのない、歌や音楽のはなしなどをまじえて、消灯するまで、話し込んだ。
ふるさとは 走り続けた ホームの果て
叩き続けた 窓ガラスの果て
そして 手のひらに残るのは
白い煙と乗車券
午前5時半、秋田駅に停車する音で、目が覚めた。
まだ夜明け前だった…。
窓からのぞいたホームには、うっすらと、霜のような雪。
ホームに降り立った人の吐く息が白い。
そして、午前7時過ぎ、弘前駅に着いた。
ホーム越しに見える風景には、ところどころに、雪が残っていた。
そして、そのホームに降り立ち、こちらの車窓を見つけて、母親が微笑みながら軽く会釈した。
女の子がなにかを叫びながら、ぼくの方に、大きく手を振った。
そして、ぼくは、女の子の父親が、あとからでも、ここに降り立ってくれればいいなと願った。
彼女たちが、跨線橋の階段を登りはじめるのを見届けるかのように、列車はまた、動き出した。
涙の数 ため息の数 溜ってゆく空色のキップ
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券
青森駅は、春も近いというのに、雪が舞っていた。
ホームに降り立つと、冷気が身体を包んだ。
ぼくは、駅のホームにある立ち食い蕎麦の店から放たれる、温かいにおいに、空腹を感じて、ときおり舞い込む雪をトッピングにしながら、熱い蕎麦をすすった。
そして、ここから、東北本線を経由して、野辺地から、大湊線に乗り換えて、一路、ふるさとへ。
たそがれには 彷徨う街に
心は 今夜も ホームに たたずんでいる
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券
数日間の帰省は、あっという間に終った。
義父母が青森駅まで、見送りしてくれた。
名残惜しむものたちに、非情の発車のアナウンス。
5歳の息子が、義父母に、バイバイと言って、手を振る。
義父はその息子の手を握りしめて言った。
「バイバイじゃないでしょ。またねっ!でしょ。また来るね!でしょ。」
義父の言う意味がわかって、少し胸が熱くなった。
そう、さよならは別れの言葉…、今度は、いつ来れるだろうか…。
「お世話になりました。…毎年は来れないけど、…また来ます。」
ぼくは、ぺこりと頭をさげて、義父に言った。
「なも、無理しないでさ、元気でえば、い゛い゛から。」
娘である妻も言った。
「父さん、母さんも、無理せずに、元気でね。」
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券
車窓から、ホームに、時ならぬ雪が舞うのが見えた。
そして、そのホームが、静かに動き出して、遠ざかって行った。
寝台特急「日本海」は、1968年(43年)10月に開設された、東海道本線、湖西線、北陸本線、信越本線、羽越線、奥羽本線を経由して、日本海側を縦断し、青森に向かっていく、所要時間14時間あまりのブルートレインの長距離列車です。
なにも、東京・上野発の夜行列車ばかりが、雪の中の青森駅に行き、青函連絡船から、津軽海峡冬景色と、こごえそうな鴎を見ながら、函館・北海道へ行くわけではありません。
大阪からも、ちゃんと行けるのです。(笑)
今では、青函トンネルを通っていて、函館に行くようになり、寝台特急日本海も、「大阪-函館」という表示になりました。
この歌に出てくる駅のホームのモデルというのは、おそらくは、東京・上野駅のことだと思います。
上野駅は、東北・上越新幹線開業までは、数多くの北国行きの在来線の特急が発着していました。
いっとき東北、上越新幹線の始発駅になりますが、やがて、東京駅が始発駅になってからは、途中駅なりました。
中島みゆきさんのふるさと、北海道に行くには、かってはやはり上野発の夜行列車か、寝台特急で、青函連絡船に乗り継いでいくのが普通だったのだろうと思います。
そして、そのホームでは、人知れず、多くの人たちの幾多のドラマが生まれたことだろうと思います。
そして、早春の淡雪のように、消えていったのでしょう。
この曲は、中島みゆきさんのサードアルバム「あ・り・が・と・う」に収録されています。シングルの「わかれうた」のB面と言った方が、分かりやすいかも知れません。
(初稿2003.2 未改訂) |