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「ほうせんか」―中島みゆき

   悲しいですね 人は誰にも
   明日流す涙が見えません

心の準備という言い方があります。
あらかじめ、良くない結果を想定して、それに冷静に対応して、取り乱さないように、心構えすることです。

覚悟と言う言い方もあります。
これは、仏教用語が由来で、元々の用例としては悟りを開くことを意味します。

しかし、神でも仏でもない、人であるゆえに、どんなに心の準備を整えようとも、覚悟を決めようとも、やはり、いざというような事態に直面すれば、心乱れて、取り乱すこともやむを得ないのかもしれません。

もちろん、たとえ明日流す涙が見えたとしても、やはり、どうすることもできないでしょう。

いや、むしろ、見えたとしたら、かえって畏怖して、平常心を失うような気がします。

たいせつなのは、心を乱さないようにする、取り乱さないようにすることではなく、乱れたあとの心模様の修復を、どのように図っていくかです。

でもそれがなかなかできなくて、まわりの人を傷つけ、諸刃の剣のように、自分も傷ついていくのです。

悲しいですね…。

   別れる人と わかっていれば
   はじめから寄りつきもしないのに

会うは別れの始めなりといいます。
これを、ほんとに達観できるようになるのは、どれくらい、人生を経ればいいのでしょうね。

出会ったときから、別れは定まっている、会った人とは必ず、別れる日がいつか来るものだというのが無常の人生です。

いや、おそらくは、ほんとうにその境地に達するのは、出会いと別れをなんども繰り返して、それこそ仏様にならないと、無理なのかもしれません。(笑)

別れる人とわかっていれば、はじめから寄りつきもしないなんて、それは嘘もしくは強がりです。

なにかに、どこかに、魅かれるからこそ、近づきたいと思うのであって、別れる人だと、去っていく人だと分かっていても、遠くでみつめるだけなんて、それは無理なことでしょう。

会いたい、話をしたい、寄り添ってみたい、ぬくもりを感じたい、それが自然な成り行きです。

それでも、やはり別れはついてくる。
それも、また自然な成り行きなのですから。

悲しいですね…。

   後ろ姿のあの人に
   優しすぎたわとぽつり

それこそ、別れる人がほんとに、別れ逝く人となり、先に仏様になってしまったとしたら、もはや、どんなにもがいても、人は逃れるすべはありません。

無常は無情であり、ときに、非情なこともあります。

こんなときは、思い切ること、その思いを断ち切ることが、唯一の救いになるのかもしれません。

それは決して、逃避ではありません。

思い出を心の奥底に沈めて、忘れ去ろうとしなければ、後ろ姿のあの人が、去ることもできず、戻ることもできずに、ただ困惑して立ち尽くします。

優しかったあの人に、思い切って手を振ってあげるのが、その優しさに報いることになるのです。

でも、さようならと振っている手が少し儚げです。

悲しいですね…。

   悲しいですね 人はこんなに
   ひとりで残されても生きてます

ぼくが8歳のときに父が亡くなりました。
母はそのとき39歳でした。

仏壇の前で、入院費を支払って残高の無くなった貯金通帳と、まだ2歳にならない末の娘の寝顔を、途方にくれて交互に見つめていた母に、学校から帰ってきたぼくが、お腹が空いたと声をかけたといいます。

その声に我にかえって、死んだ者は空腹にならない、生きている者だからこそお腹が空く、残されて生きている者をたいせつにして、生きていかなければならないなと思ったということです。

父親を亡くして、とても悲しかったはずのぼくが、なんで、そんな口卑しいようなことを言ったのか、覚えてもおらず、このエピソードは恥ずかしいことでした。

しかし、後年、思い悩んで、辛くて死にたいなんて思うことに遭ったときに、少しでも空腹を感じる自分を見出すたびに、このはなしを思い出しました。

悲しいはずなのに、悲しくて悲しくて、なにも喉を通らないはずなのに、それでも空腹は感じる。

空腹を感じるのは、まだ、自分は生きているから、心と身体が、まだ生きたいと思っているから、だからやはりも少し生きてみようかと思いました。

望んで残ったわけではなくて、不本意にひとり残されてしまったとしても、やはりこうして、こう考えて、前を向いて、生きていかなければなりません。

悲しいですね…。

   悲しいですね お酒に酔って
   名前呼び違えては叱られて

決して忘れるはずのないことも、決して忘れてはいけないことも、ときに忘れることがあります。

覚えていないのではなく、忘れたわけでもないのに、なぜか、思い出せない。

死んでも忘れはしないと思っていても、死ぬよりも前に忘れることもやはりあります。

加齢とともに、名前が出てこない、なんてことが多くなってしまいました。

お久しぶりなんて、会釈しながら、この人は誰だったかなぁ、なんて名前だったかなぁ、なんてしばしば。

痴呆症が認知症と、呼称変更されたことは覚えていても、なにを理由に変更されたのかは、もう忘れてしまいました。(笑)

忘れたくない、でも、忘れるからこそ、人間、生きていけるのだというのも、またひとつの真理です。

悲しいですね…。

   後ろ姿のあの人に
   幸せになれなんて祈れない
   いつかさすらいに耐えかねて
   私をたずねて来てよ

立ち去る者だけが美しい、なんてことを、誰かがいってましたよね。
認知症じゃないけど、誰だったかは忘れた。(笑)

残されて戸惑う者たちは追いかけて焦がれて泣き狂う、なんてことも、誰かがいってましたよね。
忘れてなくても、忘れたふりも必要だけど。(笑)

別れていく人に、幸せになってほしいと思うのも嘘ではないけれど、別れたことを思いっきり悔やんでほしいと思うのも嘘ではないでしょう。

もう二度と、会うこともないだろうと思う心のかたすみで、なにかを待っている自分がいる。

悲しいですね…。

   ほうせんか 私の心
   砕けて 砕けて 紅くなれ
   ほうせんか 空まであがれ
   あの人にしがみつけ

ほうせんかは、「鳳仙花」と書きます。

インド周辺が原産地の渡来植物で、経由地の中国で、伝説の不死鳥、鳳凰(ほうおう)に似た花をつけるから名付けられたのだそうです。

花は、夏から初秋にかけて咲き、花の色で爪を染めたことから 「爪紅(つまくれない又はつまべに)」ともいいます。

園芸店では、ほうせんかよりも、アフリカホウセンカ、つまり園芸品種のインパチエンス(Impatiens)の方がよく目につきます。

ほうせんかも、花そのものは、決して地味に見える花ではないのに、目立たぬ庭先などで、ひっそりと咲いているのが似合います。

でも、実が熟すると勢いよく種子がはじけ飛びます。
はじけ飛ぶことにより、分布を広げていきます。

風の力も、鳥の助けも、誰の手も借りずに、みずから、はじけ飛んでいきます。
育ててくれた大地から、果てしない大空へと、はじけ飛んでいきます。

大空でなにがつかめるのか、着いた大地でなにが待ち受けるのか、それはわかりません。

明日流す涙も、やはり見えません。

でも、人生の中で、はじけ飛ぶような、こんな思い切りが、ときに必要なこともあるのです。



この「ほうせんか」は、シングルでヒットした「おもいで河」のB面にあります。

歌詞の内容そのものについては、恋人たちの別れをモチーフにしているように思えるのですが、中島みゆきさんのファンの方々にとっては、かなり有名な話だそうですが、実は、この曲は、追悼曲であり、鎮魂歌でもあるのです。

亡くなったのは、松山千春さんを世に出したことでも知られる札幌テレビ放送(STV)のディレクターだった竹田さんという方です。
急性心不全で、享年36歳だったそうです。

この曲をはじめて聴いたのは、さだまさしさんがゲスト出演するということで聞いていた松山千春さんの「オールナイトニッポン」という深夜ラジオ番組でした。

千春さんとみゆきさんのトークで、竹田さんの人となりが語られ、急逝した竹田さんのことを思い出しながら、竹田さんに捧げるということで、この「ほうせんか」を作ったということでした。

ゲスト出演したさださんは、「竹田さんって、さだも会ったことあるべ」という千春さんの問いかけに「うん」と答えただけで、あとは親密な二人のトークに、さださんは完全にリスナーのひとりになっていました。

悲しいですね…。 (笑)

(初稿2005.9 未改訂)


ほうせんか

作詞/作曲 中島みゆき

悲しいですね 人は誰にも
明日流す涙が見えません
別れる人と わかっていれば
はじめから寄りつきもしないのに
後ろ姿のあの人に
優しすぎたわとぽつり

ほうせんか 私の心
砕けて 砕けて 紅くなれ
ほうせんか 空まであがれ
あの人にしがみつけ

悲しいですね 人はこんなに
ひとりで残されても生きてます
悲しいですね お酒に酔って
名前呼び違えては叱られて

後ろ姿のあの人に
幸せになれなんて祈れない
いつかさすらいに耐えかねて
私をたずねて来てよ

ほうせんか 私の心
砕けて 砕けて 紅くなれ
ほうせんか 空まであがれ
あの人にしがみつけ

ほうせんか 私の心
砕けて 砕けて 紅くなれ
ほうせんか 空まであがれ
あの人にしがみつけ

あの人にしがみつけ
あの人にしがみつけ

1978年(昭和53年)
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