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十年はひと昔 う〜暑い夏
おまつりはふた昔 う〜セミの声
思わず よみがえる 夏の日が
あゝ 今日は おまつり 空も あざやか
小学校のときだったのか、中学校のときだったのか、忘れてしまいましたが、確か、社会科の授業だったと思うのですが、「日本三大祭」ということを習ったことがあるような気がするのですが、ひと昔か、ふた昔か、ともかく、かなり昔のことなので、あまり記憶が定かではありません。
もっとも、マスター(館長)の小学校時代か、中学校時代のことといえば、もう、かれこれ、20年以上も、前のことになりますからね。
えっ、うっそ〜、20年っ、ですって?
ちょっと待って、マスター(館長) って、そんなに若くはなかったはずよ、って、そんな眉間にしわを寄せまくって、疑惑のまなざしで、マスター(館長)をにらみつけて、どうするんですか。(笑)
マスター(館長) をにらんでも、あなたの年齢は減りません。(笑)
体重計をにらんでも、体重が減らないのと同じ原理ですね。(笑)
まあ、憎まれ口は置くとして、だ・か・ら〜、マスター(館長)の小中学校時代が20年以上前と言うのは、20年以上には、30年以上も、40年以上も含みますから、20年以上であることには間違いないでしょ。(笑)
「○○以上」というのは、○○を含んで、その上のことだってこと、小学校のとき、習わなかったでしょうか?。
そして、「○○以下」は○○を含んで、その下のことで、もし、○○を含まないときは、「○○未満」というのも、きっと習ったことでしょう。
応用問題としては、「友達以上、恋人未満」というのもありました。(笑)
これは、小中学生には、まだ難問かも知れませんね。
+(たす)に足せない、−(ひく)に引けない、怪しい関係ですからね。(笑)
高校生以上になると、この関係式は多少、分かるでしょうか。
ともかく、恋の×(かけ)引き、÷(わり)切れないとも言いますから。(笑)
いゃあ、我ながら、うっまいすっね!!(笑)
ともあれ、人生のさまざまなできごとについては、算数の四則演算のように、簡単に計算できて解答が導き出せるものは少ないのです。
一定の法則、方程式、定理や公式が当てはまらないものも多く、ときには、理性や常識、想像の域を超えるものがあります。
ちなみに、「○○を超える」というのは、○○を含まないで、その上のことをいうのですが、場所であったり時間であったりする場合は、一般的に「越える」という漢字を当て、単に数量や基準などの場合は、「超える」とするようですが、まとめて「超越する」という言葉もあります。(笑)
また、重さや長さの数値の場合は、「超えた」とするのが正しいのでしょうが、メタボリックシンドロームが取りざたされる昨今、体重や腹囲については、基準を「肥えた」と表記するように、厚生労働省と文部科学省は協議してみたらどうでしょう。(笑)
ともかく、ここで閑話休題して、「日本三大祭」の話題に戻ります。
もはや、後の祭りとなってるでしょうかね。(笑)
さて、「日本三大祭」とは、諸説はありますが、一般的には、東京の神田明神の「神田祭」、京都の八坂神社の「祇園祭」、そして大阪の大阪天満宮の「天神祭」とされているようです。
また、マスター(館長) の住む大阪市内では、「愛染祭」、「天神祭」、「住吉祭」のことを大阪三大夏祭と称しています。
「愛染祭」は、大阪市天王寺区にある愛染堂勝鬘院(あいぜんどうしょうまんいん)の夏祭りで、6月30日から7月2日にかけて行われます。
愛染堂は、その近くにある四天王寺の施薬院別院として聖徳太子の創建とされ、その後に豊臣秀吉が再建したとされる仏教寺院ですので、寺院が祭礼である夏祭りを行うのは全国的にも珍しいそうです。
もっとも、正式には、夏祭りではなくて、勝鬘愛染会(しょうまんあいぜんえ)と言って、ご本尊の愛染明王の開帳の仏事です。
♪花も〜嵐も〜踏み越えて〜という歌をご存知ですか。
これは1938年(昭和13年)に公開された「愛染かつら」という映画の主題歌で、霧島昇さんが歌った「旅の夜風」の一節ですが、これも諸説があって定かではないのですが、「愛染かつら」のモデルとされる、縁結びの霊木とされる愛染かつらがここにあるとされています。
ついでにいえば、♪橋の名は愛染橋〜ほほえんで渡れば恋がかなう〜という歌をご存知でしょうか。
これは1979年(昭和54年)に、山口百恵さんが、歌った「愛染橋」の一節なんですが、ちなみに愛染橋という橋については、愛染堂の南側の愛染坂を西に下ったところの東横堀川に実在した橋とされています。
次に、「天神祭」は、大阪市北区にある大阪天満宮の夏祭りで、一般的には7月25日の本宮の「船渡御(ふなとぎょ)」が知られています。
近畿地方の平年の梅雨明けが7月19日頃であり、京都祇園祭の宵山が14日〜16日、山鉾巡行が7月17日と、梅雨の終わりの頃の雷を伴うような雨模様のさなかが多いのに比して、天神祭は、梅雨明けのもっとも暑いさなかに行われます。
「住吉祭」は大阪市住吉区の住吉大社の夏祭りで、毎年7月30日〜8月1日に行われ、愛染祭、天神祭と続いた大阪の夏祭りの最後を飾るので「しめ(締め)の祭り」と言われることもあります。
ちなみに、祭礼の神事が夏祭りと定義するなら、仏事である愛染祭が外れるので、愛染堂勝鬘院から北に800メートルほどの同じく大阪市天王寺区にある難波大社(なにわのおおやしろ)の生國魂(いくたま)神社で、7月11日〜12日に行われる「いくたま夏祭り」を大阪三大夏祭りに入れることもあるようです。
なお、インターネットで調べていると、昔から関西では、「愛染祭」に始まって、「天神祭」と続き、「住吉祭」で締めくくることから、これを「あい(愛)すみ(住)ません」、または「あい(愛)すみ(住)ません(天)」として、語呂合わせして覚えるとか、「相済みません」の語源であるとかの説が紹介されているのですが、大阪に生まれ育った者としては、あまりこの語呂合わせ説とか語源説は聞いた記憶もなく納得できません。
大阪に住んでいれば、夏祭りが「愛染祭」に始まり、「住吉祭」で締めくくるのは、語呂合わせして覚えるまでもないことで、また、相済みませんの語源は、これも諸説がありますが、済みませんのかしこまった言い方であり、また相済は、商売上、納品と決済が完了したときなど、互いの債権債務が相済んだということ、たとえば、納品があったのに代金が未払になるときは、相済みませんとなったからともされていますが、いずれにしろ、愛染祭の「愛」と住吉祭の「住」とは関係がなさそうです。
自転車のうしろには う〜妹が
ゆかた着てすましてる う〜かわいいよ
もらったおこずかい なくすなよ
あゝ 今日は おまつり 早く 行こうよ
マスター(館長)は、生まれ育った実家が大阪市内にあり、現在もその近くの大阪市内に住んでいて、考えれば、ほぼ半径5キロメートルの範囲内で、ずっと生きてきたことになりますから、これらの三大夏祭りも、幼い頃から見聞きをし、連れて行ってもらい、馴染のある祭でした。
しかしながら、やはり、おまつりといえば、新聞報道やテレビ中継されるような一大イベントであるこんな大きなおまつりよりも、子どもがひとりで行ける近隣の氏神さんの神社の夏祭りの方が、身近なものでした。
マスター(館長)の実家の方の氏神さんの夏祭りは、夏休みの初めの頃にあって、小学校の頃には同級生たちが夏祭りに申し合わせたように集まって、幼い妹や弟がいる連中は、子守の駄賃込みの小遣いをもらって連れてきていました。
しかし、いつしか同級生同士の話や遊びに夢中になってしまって、気がつけば、いつも誰かの妹や弟の姿が見当たらなくなっていて、大騒ぎとなり、人ごみの中をみんなで必死の迷子探しになります。
もっとも、案外、ひとりでさきに家に帰っていたり、同級生のお節介な女子が発見して家まで送っていたり、世話好きの金魚すくいのおばちゃんのひざの上で寝ているのを発見したりして、一段落となります。
少子化が進んだ現在、子どもの数も少なく、人付き合いもますます希薄になっていては、とうてい考えられない光景でしょうね。
綿菓子をほおばれば う〜すぐとける
友だちもみんないる う〜笑い声
道には並ぶ店 オモチャ売り
あゝ 今日は おまつり 何を 買おうか
祭りでは、やはりなんといっても、屋台の出店です。
たこ焼き、イカ焼き、りんご飴、焼きそば、焼き鳥、焼きとうもろこし、アイスクリンにカキ氷、金魚すくいにヨーヨーつり、射的、パチンコ、スマートボール、くじ引きなどなど、お小遣いはあっという間に減って行きます。
おまつりの屋台、出店は、いわゆる映画のフーテンの寅さんのような的屋(テキヤ)と呼ばれる露天商が仕切っているようで、彼らは、全国の縁日やおまつりを回っていくそうですので、地域の独自の商品の屋台や出店は案外少なくて、全国共通のものが多いらしいのです。
それでも、綿菓子という言い方は、関西や九州地方の言い方で、関東の方では、綿あめという言い方が一般的ということです。
そういえば、埼玉県春日部市在住の野原しんのすけくん、いわゆる、クレヨンしんちゃんは、飼い犬シロが体を丸める得技を、わたあめになったぞぉ、なんて言ってますよね。(笑)
また、イカ焼きというのは、大阪では、イカの身の小片を小麦粉と玉子の生地で鉄板で押しつけて焼いて、お好み焼きのようにソースで食べるものを指しており、イカの姿焼き、焼きイカのことではありません。
大阪人としては、たこ焼きが、タコの姿焼きではないので、イカ焼きも当然、この粉もんをイメージするのが自然と思うのですが、ともかく、これだと、原価が安い分、子どもの小遣いで十分買えます。
また、大阪でもかなり年配の人以外には、通じなくなった言葉ですが、とうもろこし(玉蜀黍)のことを、なんば(おそらくは南蛮のなまり)と言っていたことから、焼きとうもろこしは、焼きなんばと言いました。
いずれにしろ、食べ物、飲み物などで、小腹を充たしたあとは、やがて、残った小遣いで、みんなで花火を買います。
そして、近くの公園に再集合して、小さな花火大会。
最後は、いつも、線香花火。
消えない花火がないことを、うすうす感じ始めた少年時代。
それでもやはり、夢花火。
十年はひと昔 う〜暑い夏
ふるさとはふた昔 う〜夏まつり
井上陽水さん、本名、井上陽水(いのうえあきみ)さん、1948年(昭和23年)8月30日、福岡県生まれ、血液型AB型。
1969年(昭和44年)に、芸名「アンドレ・カンドレ」で「カンドレ・マンドレ」の歌でプロデビューするも、あまり売れず、1972年(昭和47年)、井上陽水と改名して、「人生が二度あれば」で再デビューして、ファーストアルバム「断絶」で、その名を知らしめ、その後の多彩な活躍は、記載するまでもないと思います。
この「夏まつり」という曲は、セカンドアルバム「陽水Uセンチメンタル」に、収録されていますが、ちなみに、陽水さんのサードアルバム「氷の世界」は、アルバムとして、日本では初めて100万枚以上を売り上げたミリオンセラーを記録しています。
(初稿2010.8 未改訂) |