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目を覚ましてみると 白い砂は焼けて
まぶしい日ざしと いたずらな瞳が
僕を まどわす
ジリジリと焼け付くような日射しの中で、海から吹く涼しげな風に、すこしまどろむ。
波の音と人々のはしゃいだ声を子守唄に。
夏の海水浴場。
ふと、目を覚ましてみると…、うっ、身体が動かない。
久し振りに金縛りにあったのか?、と思うまもなく、砂に埋もれている自分を発見する。
そういえば、眠る前に、従兄たちに砂をかけられたことを思い出す。
沖の防波堤まで遠泳するという従兄たちに、体力的に自信のないぼくは、浜辺の古びたパラソルの下で休むことにし、そこで砂をかけられたのだ。
思う間もなく、いたずらな瞳がのぞきこむ。
もっとも、それが女の子ならいいが、もちろん従弟の男の子だった。
「おっ、起きた、起きた。」
従弟が声をかける。
「あたりまえや、こんなところで永遠の眠りについてたら、どうすんねんな。」
「せやな、殺人事件になるかな。」
「あほな」、と言って、起きようとするが、びくともしない。
もがくぼくを笑っていた彼も、さすがに、心配になってか、掘り起こしてくれた。
「こんなにかけたら、動けんやん。」
砂をはらいながらぼやいていると、従兄たちが戻ってきた。
従兄たちのなかに、知らない同世代の中学生らしき女の子がふたり混じっていた。
ひとりは長身ののっぽの女の子で、ひとりはおちびさんの女の子だった。
遠泳しているときに、足がつって、女の子たちの浮輪に助けられたのだという。
「ビーチボールでバレーボールせえへんか。」
従兄が、その浜辺の女の子たちに声をかける。
女の子たちは互いに顔を見合わせてから答えた。
「うん、いいよ。」ということで、バレーボールをしはじめる。
おちびさんの女の子は、意外にもバレーボール部ということで、かなり上手だった。
砂浜が熱くて、いつのまにか、みんなで水に入り、水球のようになった。
水をかけあい、じゃれあい、ふざけあう。
しばらく、遊んだあと、浜辺で休憩してると、家に戻っていた従姉が、食べやすいように切った、冷えたスイカの入った桶を持ってきた。
おばちゃんが井戸で冷やしてくれてたんよ。
従姉の父方の姉にあたるから、おばちゃんだったが、年齢的にはおばあちゃんだった。
従姉はそばにいる女の子を見て声をかけた。
「あんたらも、いっしょに食べへんか、いっぱいあるし。」
彼女たちはすこし首をかしげたが、のどの渇きに負けたのか、うなづいて手を伸ばした。
夏休み、ぼくらは福井の越前岬の近くの従姉の親せきの家に来ていた。
家の裏がすぐ海という、まさに海の家というロケーションだ。
高校生の女の子と、ふたりの中学生の男の子、そして小学生以下の男の子と女の子。
みんな母方のいとこ同士だった。
ほほえむ君の顔が 夏の空に溶けてゆく
おまえは僕のために 生まれてきた様な
なぜか そんな感じ
日がかたむいてきて、ひぐらしが鳴き始めた。
「あっ、そろそろ帰らなくっちゃ」、といって、彼女たちは立ち上がった。
従姉が声掛ける。
「夜に花火するから良かったらおいで、そこの家の裏の浜辺。」
おちびさんの方の女の子は指差された家の方向を見た。
「あれっ、なになにさんとこ?」
「そう、うちら、そこのおばちゃんの親せきや。」
「なになにさんは、うちのおばあちゃんの友達なんや。」
「あら、そしたらバス停のまえのタバコ屋さんのなになにさん。」
おちびさんと従姉はそんなローカルな話題をした。
「うちらも花火あるから持ってく。」
そう言って、彼女たちは帰っていった。
ララ 夏の少女よ 強く抱きしめて
二人のすべてを ここにしるしておこう
いとこたちと、それぞれの親たちも夜の浜辺に出てきて、ちょっとした花火大会。
シュシュル、パーン、パーン、ヒュー、ヒュー、パチッ、ヒュー、ヒュー、パチッ。
「たまや〜」、「すご〜い、すご〜い」
打ち上げ花火やロケット、妹や従弟が、大げさに騒ぐ。
大阪の松屋町(まっちゃまち)という問屋街まで、中学生になって初めて乗れるようになった自転車で行って、大汗をかきながら、玩具問屋を探しまわり、安くて大量の花火を仕入れた甲斐があった。
いつのまにか、従姉のおばちゃんも、女の子たちのおばあちゃんも来ていた。
手持ち花火にはしゃぐ孫たちの姿に微笑みあっていた。
そして、いよいよ、線香花火。
「なんで線香花火って、こんなにさびしげなのかな。」
のっぽの女の子がつぶやきに、おちびさんの女の子が答える。
「あした帰るんやもん、さびしいのにきまっとる。」
ふたりもいとこ同士で、夏休みにおちびさんの女の子の家に遊びに来たらしい。
涼しげな夜風が吹いて、どこからか風鈴の音が聞こえてきた
そして、みなでかき氷のアイスを食べて、花火大会は終わった。
暮れゆく浜辺には 君と二人だけ
心のゆくままに 波間に漂えば
夏も 終わり
早朝、ぼくは、まだ寝ているいとこたちをおいて、ひとり浜辺に出た。
明日は帰る予定で、この風景も見れなくなる。
八月も立秋を過ぎれば、なんとなく夏の風も変わっているように感じた。
防波堤の向こうの港には、夜の漁を終えたのか、多くの船が戻っていて、漁師さんがなにやら作業をしているのが見えた。
大阪ではなかなか見れない光景を見ようと、ぼくは防波堤まで歩いていった。
防波堤に行く途中で、浜辺の女の子たちにあった。
帰りのバスの時間まで、ふたりで散歩しているのだと、おちびの女の子は言った。
「ありがとう。昨日は楽しかったです。良い想い出になりました。」
のっぽの女の子が、中学生とは思えない、大人びた感じで礼を言った。
「ほんと楽しかった。また来年もできると良いね。来年もね。」
おちびの女の子はふたりに向かうのではなく、海の方を向いて言った。
女の子から少女の顔つきになったように見えた。
泣いてる君の顔が 季節を変えてゆき
冷たい潮風が 熱い胸をぬけて
思い出は 涙にゆれる
夕食のあと、見納めに漁火を見たいというぼくの言葉は、テレビドラマに夢中になっているいとこたちには届かず、ぼくはひとりで浜辺に出た。
浜辺近くの草むらでは、虫の音がしていた。
秋の気配が確実に忍び寄っていることを教えてくれた。
はじめて来た場所、はじめて見る光景のはずなのに、過去に見たことがあるように思うような懐かしさを感じて、ぼくはまた防波堤まで歩いていった。。
月明かりの防波堤に人影をみつけて、よく見ると浜辺の女の子だった。
暗さが恥ずかしさを消してくれていた。
あいさつをして、となりに座った。
明日、帰るから漁火を見に来たというぼくに、彼女も漁火を見に来たといった。
地元の人でも漁火を見にくるんだというようなことをいったあと、ふと、見ると彼女の目に涙が浮かんでいるのを見つけた。
どうしたの、なにかあったの、なんて、気のきいた声かけができない、まだ中学生だったぼくは、大阪では繁華街の道頓堀の水面にネオンが映っていて、それもそれなりに綺麗だけども、やはり、漁火の方が綺麗かな、好きかな、なんてことをおしゃべりした。
大阪は大阪駅と鶴橋駅というとこに行ったことがあるという彼女に、鶴橋はぼくの家から近いよといったことに彼女は親近感を感じたのか、いろいろと大阪のことを聞いてきた。
それに答えながら、大阪に親せきがいるように感じて彼女にたずねた。
彼女は一瞬、くちごもり、気まずい雰囲気になりかけたとき、彼女は答えた。
「大阪には、もう何年も会っていないけど、お母さんがいる。」
なにか複雑な事情があるように思ったが、根ほり葉ほり聞くのもためらって、また遠くの漁火を見つめているぼくに、語るでもなく、彼女が独り言のように話し出した。
彼女がまだ幼いころ、漁に出た父親が時化にあって遭難し、働き手を失って、母親が彼女を父親の母親である祖母に預けて、大阪に働きに出た。
そこで母親は縁あって再婚し、彼女を引き取ろうとしたが、生まれ育った地を離れた彼女が、新しい父親や、生まれた妹がいる環境になじめずに、おばあさんが迎えにきて、それ以来、ずっとおばあさんとのふたりぐらしという。
駅につくと、美味しそうな焼き肉のにおいがしたことくらいしか覚えてないという彼女に、ぼくは名物のホルモン焼き肉のうんちくくらいしか語れなかった。
ララ 夏の少女よ 強く抱きしめて
二人のすべてを ここにしるしておこう
背後に人の気配をして、振り向くと、彼女のおばあさんが立っていた。
昨夜、会っていたから、軽く会釈するとあいさつをかえしてくれて、彼女と二言、三言話をしてから、あまり遅くならんでなといって、手を後ろ手に組んで、ゆっくり帰っていった。
その後ろ姿を見送りながら、彼女がぽつりといった。
「やっぱり、おばあちゃん、もう、ゆっくりさせてあげなくっちゃ。」
首を傾げたぼくに、彼女は、おばあさんの娘、つまりはおばさんが、年老いたおばあさんを引き取る話がでていること、おばあさんは彼女が高校を出るまではふたりでここでくらしたいと反対していること、自分としては、中学を出たら働いて自立したいことなど、それをおばあさんに話して言い争いになり、防波堤に来たことを淡々と話してくれた。
「小さい頃、おばあちゃんがね、漁火はお父さんが見守っているよという合図なんだよって、教えてくれたことがあった。もちろん信じてはいなかったけど、きっとおばあちゃんも、息子を失くして悲しかったからそういったんだと、この頃、分かるようになってきた。」
そういって、手の甲で目のあたりを拭いた彼女に、ぼくは何もしてあげれなかった。
ただ、同じ年頃の中学生なのに、とてもしっかりしているなと思った。
「えらいなぁ、でも無理せえへんと、頑張ってな。」
そういうのがやっとだった。
防波堤から、途中の道の分岐点まで一緒に帰った。
「いつかまた、会えると良いね。」
それを言ったかどうかは覚えていない。
ただ、振り向きざまに、漁火が明るく輝いたように見えたことだけは覚えている。
この楽曲は1977年(昭和52年)にlリリースされた、南こうせつさんの3枚目のソロシングルで、作詞、作曲も南こうせつさんです。
いつか、南こうせつさんが、この楽曲のタイトルや歌詞に出てくる「夏の少女」というのは榊原郁恵さんをモデルにしていると言われたことがありました。
上記の話は、マスター(館長) の体験談をモチーフにして組みたてました。
実際、この話は、中学の時に、夏に出会った出来ごとを課題にする作文の宿題に、「浜辺の女の子」という題名で提出しました。
この「浜辺の女の子」という作文がクラスでみんなから選ばれて、最優秀賞をもらって、その頃NHKが放送していた「中学生群像(のちに「中学生日記」となり2012年3月に終了)」を意識しながら、ぼくがシナリオ化して、秋の文化祭のクラスの寸劇にもなりました。
シナリオを書くとき、のっぽの女の子が南沙織さん風、ちびの女の子が榊原郁恵さん風で、ぼくはジャニーズ系の…を妄想していました。(笑)
「夏の少女」の楽曲は、「浜辺の女の子」の話しより、あとにリリースされた楽曲ですが、この楽曲と榊原郁恵さんのイメージが、この想い出と重なっており、好きな南こうせつさんの楽曲の中でも、特に好きな曲になりました。
この話の3年後くらいに、高校生になったぼくは再びいとこたちと、彼の地を訪れますが、タバコ屋の店は、すでに壊されて無くなっており、名前すらも知らない彼女の消息を知るすべもなくて、ひとり防波堤にたち、磯の香と潮騒に包まれて、漁火を見つめたことを覚えています。
(初稿2012.9 未改訂) |