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「夏土産」―中島みゆき

夏、海、恋…。
なにか、す〜と、つながっていく言葉たちですね。

あの日の夏、あの日の海、あの日の…。
そして…、す〜と、つながっていく想い出たち。

   今年は友だちと一緒に
   海へ行く約束だから
   おまえも好きなところへ
   友だちと行きなよって

今年は、と言うことは、この彼と彼女は、すでに何度目かの夏を迎えている恋人たちでしょう。
おそらく、これまで夏になれば、二人で一緒に、よく海に行っていたのでしょう。

しかし、彼は、今年はいつもと違って、友だちと一緒に、海へ行く約束をしてしまったといいます。

彼女に相談もしないで、友だちと勝手に約束してしまった彼は、申し訳ないので、彼女にも、好きなところへ友だちと行きなよって、アドバイスをします。

とても優しくて、気配りのある彼氏です。
そして、彼女も、わたしも一緒に海に連れてって〜なんて、わがままをいいません。
友だちづきあいも大切だよね。
ききわけのいい彼女です。
お似合いの二人のような気がします。

なるほど、そうね…(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)うんうん、お似合いよねと、うなづいてる方がおられれば、たぶん、あなたはとても、幸せな青春時代を過ごしてこられたかと、存じ上げます。(笑)

え〜、なにか( -_-)ヘンだと思わないこの二人…、と、小首をかしげている方がおられれば、きっと、あなたは、ごく平均的な青春時代を過ごしてこられたかと、ご推察申し上げます。(笑)

   嘘 ついてる目つきぐらいわかるけど
   でもそれを言っても 時はとまらない

昔から「目は口ほどにものを言い」と言います。

と、言っても、目玉に手足が生えて、「き、鬼太郎、ねずみ男を信用しちゃいかんぞ、猫娘は騙されておるんじゃ。」なんてことは、言いません。(笑)

いま、笑われた方は、たぶん大丈夫でしょう。
おそらく、砂かけばばあさんや、子泣きじじいさんなど、男女の機微や手練手管を熟知した方々をお友だちとされている方とお見受けいたしますから。(笑)

また「目は心の窓」とも言います。

これは、医学的にも実証されていて、人の目の瞳孔は、感情によって、拡大したり、収縮したりします。

嘘をつくときは、瞳孔は収縮するのです。

おっと、マスター(館長)の目を見つめないで。(^^ゞ

まあ、ふつうは収縮するのを悟られまいとして、目をそらすことの方が多いかもしれません。

もっとも、この瞳孔の拡大収縮は、光学的な刺激による反応とは違って、感情による生理的な変化ですから、その感情を制御するように訓練すれば、かなりごまかしが効くようですので、過信は禁物です。

おっと、マスター(館長)の目を見つめないで。(^^ゞ

しかし、もし嘘だと気がついて、その嘘を暴いたとしても、その嘘が消滅するわけではありません。
嘘の裏にある真実は、やはり真実なのですから。

     虚にして虚にあらず
     実にして実にあらず
     この間に慰みが有るもの也
               「虚実皮膜論」 近松門左衛門

しかしまた、それまでの真実が、すべて嘘になってしまうものではなく、そして嘘のなかに、秘された真実もまた存在するのです。

     秘すれば花なり
     秘せずは花なるべからず
                 「風姿花伝」  世阿弥

…って、なにを言いたいのかって、ぼく自身も、実は、よくわかりません。(笑)
まっ、適当に解釈するか、読み流してください。(笑)

おっと、マスター(館長)の目を見つめないで。(^^ゞ

   海辺の崖から吹きあげる風にまぎれて
   愛を語る名所なのね
   あなたが友だちと行く場所は

さあて、この場所はどこなんでしょうか。

海辺の崖といいいますから、岬でしょうか。
このような岬といえば、まずグアムの恋人岬を想い起こすのですが、想い起こそうにも、ぼくは行ったことないので、想像するだけです。(笑)

しかし、恋人岬は、結婚を許されなかった恋人同士が、永遠に離れることがないようにと、互いの髪を結んで、崖から身を投げたという悲恋伝説がある場所なので、愛を語る名所とは違うような気がします。

そうであれば、静岡県の西伊豆にある恋人岬あたりが、愛の鐘などの施設も整っていて、パスポートも不用、やはり、お手ごろかとも思います。(笑)

もっとも、この恋人岬は1983年(昭和58年)に、観光地整備の一環として、伝承民話に基づいて廻り崎という地名を改名したそうですし、いわゆる、地元の通称、恋人岬ならば、日本全国にあるようですので、みなさまも、近場の恋人岬をお探しください。

でも、探してどうすんのって、聞かないでね。(^^ゞ

   仲間と騒いで来たんだと
   嘘はまだ優しさなのね
   カメラを忘れていって
   なにも撮れなかったって

嘘はまだ優しさの残っているあかしなのです。

いや、実はさ…。
ほんとのこと言うとね…。

なんてことを言われても、なすすべがありません。

そう、それこそ、嘘も方便です。
真実を告げることだけが誠実ではないはずです。
誠心誠意を尽くせば、だますことだって、善である場合もあるというわけです。

なんか、こんなこと前にも書いたような記憶が(^^ゞ
みゆき姉さんの好きなパターンですからね。(笑)
ですからマスター(館長)もワンパターン。(笑)

しかし、仲間と騒いで来たんだ、というのはともかくとしても、カメラを忘れたから写真が撮れなかったという嘘には、かなり無理があると思います。

昨今は、どんな田舎のコンビニでもレンズ付きフィルムが売っていますし、またデジタルカメラも普及している現在に、こんな嘘は、かなり苦しいです。

なによりも、いまはカメラ付き携帯電話の機種が普及していますから、こんな嘘はつけませんよね。

いやあ、みんな誰かがカメラ持ってくるとアテにして思っていて、誰も持ってこなかったんだ。

うん、近くのコンビニにも探しに行ったんだけどね、あいにくと、みんな売り切れていたんだよ。

あっ、携帯、携帯はね、充電し忘れて、充電切れになりそうだったからカメラ写さなかったんだよ。

いや、それにさ、野郎ばかりで海で騒いでいる写真を撮ったところで、むさ苦しいだけだしね。

なんか、やけにリアルな嘘の例示ですね。(笑)

おっと、マスター(館長)の目を見つめないで。(^^ゞ

ともかく、嘘はひとつつけば、またひとつの嘘をつくはめになり…嘘は無限に、連鎖、増殖していきます。

   嘘 とどいた私の友だちからの
   この写真の隅に 偶然 写る二人

しかし、偶然とはいえ、この写真は怖いですねぇ〜〜〜、心霊写真より、もっと怖いですねぇ〜〜〜。(笑)

この写真を見たときの彼女の心の中と、この写真を、いつか彼女からつきつけられたときの彼の心の中を察すると、猛暑なんて、吹き飛びそうです。(笑)

   そうだと思っていたけれど 訊かないように
   知らないふりしてきたのは
   私 まだあなたが好きだから

そして、さらに怖いのは、そんな彼の心のありかと行動に、薄々気がついていながらも、訊かないように、知らないふりをしてきた彼女です。

怒りなり、責めるなりの感情が素直に出てくれば、別れるか、別れないか、なんらかの進展が期待できます。

しかし、振りを続けていれば、表面は波風は立たないものの、事態を前にも後ろにも進めることができなくて、いわゆる膠着状態、つまりは金縛り状態になってしまうだけです。
う〜〜〜ん、やはり、心霊写真より怖いかも。(笑)

お互いの優しさという名のもとの優柔不断さが、致命傷になっている典型的な事例ですね。

出会いがおそらく、偶然の積み重ねなのに対して、別れはおそらく、なんらかの必然のロジック(論理)の積み重ねが求められます。

   夏が終わって とどけられる
   夏土産 とどけられる
   あなたと同じ場所からの貝殻と
   恋人たちの写真

水平線の彼方にある崩れかけた入道雲。
そこに、一筋の閃光が走り、そして、すでに荒い波が押し寄せるようになった人影まばらな砂浜に、どどどん、どどどんと、天地を振動させるような雷鳴が響き渡ります。

そして、晴れ渡った空が、一転、にわかに曇って、まもなく、ばらばら、ばらばらと音を立てて、人影の消えた海に、激しい雨が、まるで夏の日に幕を降ろすように、降ってきます。

夏の終わりは、ときとして、秋よりも切ないものです。

やがて、雨がやむ頃には、水平線にあった名残の積乱雲はかき消えて、夏の夕日に照らし出されたすじ雲が、まるで赤くにじんだ身体の爪あとのように、天空高くに引かれていきます。

そして、誰もいない浜辺に、打ち上げられた貝殻。

     私の耳は貝の殻
     海の響きをなつかしむ
        「月下の一群」  ジャン・コクトー 堀口大学訳

もはや写真に写った恋人たちを見つめて、その仕草に、その会話に、あれこれと思いをめぐらすのはやめましょう…。

いまの恋人たちの写真に、むかしの恋人たちの写真を重ね合わせたとしても、もはや重なり合うことはないのです。

その貝殻を拾って耳に当てて、夏の終わりの響きを、静かに聞いてみましょう…。

     大きな貝殻 白い耳に当てて
     また来る夏を占う
     君の影が揺らいで落ちて
     風が止まる
                  「夕凪」 さだまさし

夏の日の日焼けのあとが、小さなしみを残しても、いつかは褪せてしまうように、過ぎ去っていく夏の夏土産に心を残すよりも、また来る夏の夏土産に、想いを馳せながら、海の響きから虫の音へと、移りゆく季節を感じて、静かな秋を迎えましょう。

そうすれば…。
さあ、止まっていた風が、また吹き始めるでしょう。



この曲は、中島みゆきさんの10thアルバム「予感」に収録されていますが、このアルバムの頃にはすでに、あまり熱心に聞かなくなっていて、この曲と、のちに生命保険会社のCMソングとして採用された「ファイト!」くらいしか、ぼくは記憶に残っていません。

「ファイト!」が、その後の中島みゆきさんの、いわゆる人生応援団長的な路線を予感させるのに対して、この「夏土産」という曲は、いわゆる、初期の頃の「わたし、うらむのいやだけど、うらみます」っていう雰囲気の正調みゆき節ですから、根っからのなみファンの方には根強い人気を誇る逸品と思います。(笑)

中島みゆきさん、1952年(昭和27年)2月23日、北海道札幌市生まれ、応援歌もいいけど、感傷的な失恋ラブソングも、また歌い続けてほしいものです。

ちなみに、「夏土産」という言葉は、意味的には、夏の旅行や帰省などの土産ほどの意味でしょうが、今回、改めて調べてみると、広辞苑にも歳時記にも載っていませんので、北の国の方言か、みゆきさんの造言なんでしょうか。

(初稿2004.8 未改訂)


夏土産

作詞/作曲 中島みゆき

今年は友だちと一緒に 海へ行く約束だから
おまえも好きなところへ 友だちと行きなよって
嘘 ついてる目つきぐらいわかるけど
でもそれを言っても 時はとまらない
海辺の崖から吹きあげる風にまぎれて
愛を語る名所なのね
あなたが友だちと行く場所は
夏が終わって とどけられる
夏土産 とどけられる
あなたと同じ場所からの貝殻と
恋人たちの写真

仲間と騒いで来たんだと 嘘はまだ優しさなのね
カメラを忘れていって なにも撮れなかったって
嘘 とどいた私の友だちからの この写真の隅に
偶然 写る二人
そうだと思っていたけれど 訊かないように
知らないふりしてきたのは
私 まだあなたが好きだから
夏が終わって とどけられる
夏土産 とどけられる
あなたと同じ場所からの貝殻と
恋人たちの写真

嘘 とどいた私の友だちからの この写真の隅に
偶然 写る二人
夏が終わって とどけられる
夏土産 とどけられる
あなたと同じ場所からの貝殻と
恋人たちの写真

1983年(昭和58年)
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