青春音楽館トップページへ

「夏休み」―吉田拓郎

   麦わら帽子は もうきえた
   たんぼの蛙は もうきえた
   それでも待ってる 夏休み

     Mama, Do you remember
     the old straw hat you gave to me  
     I lost the hat long ago,
     flew to the foggy canyon
                   「人間の証明」 ジョー山中


     母さん 僕のあの帽子 どうしたでせうね
     ええ 夏 碓氷峠から霧積へ行くみちで
     渓谷へ落とした あの麦藁帽子ですよ
                       「帽子」 西條八十

麦わら帽子…、母さん、母さんに聞くまでもなく、ぼくは、ストローハット、麦わら帽子というものを、買ってもらった記憶も、買った覚えもありませんよね。

街ぐらしの病弱な少年は、麦わら帽子をかぶって走り回ることなんかできなくて、つばがよれよれになった、汗がしみになってる野球帽を友だちに貸してもらって、誘ってくれた空き地の三角ベースボールの審判をするくらいが関の山だったもの。

それでも待ってた夏休み。

だから、麦わら帽子のような匂いが、どんな匂いなのかも、よく分かりません。

でも、ほのかに汐の香がするのかなぁ。
それとも、草むらの匂いがするのかなぁ。
それとも…。

     麦わら帽子のような 匂いをさせて
     私を海辺へつれて 走った人よ
                  「初恋のひと」 小川知子

街には、たんぼの蛙どころか、たんぼがありません。

担任の先生が、実家のたんぼの草取りで休んだとき、たんぼの草鳥って、どんな鳥なのだろうかって、みんなで、図書館の図鑑で自由研究。

唯一残ってた街はずれのたんぼも工場になって、かろうじて、分水路に生きていたアメリカザリガニは、昆虫採集の昆虫になるのかなぁと、友だちと言い合っているうちに、メタンガスの泡に包まれて、すぐにきえてしまいました。

それでも待ってた夏休み。

   姉さん先生 もういない
   きれいな先生 もういない
   それでも待ってる 夏休み

姉さん先生もきれいな先生も記憶にありません。

でも、緊張して、黒板で白いチョークをポキポキ折りまくってた、教育実習の先生の白いブラウスの背中に映ったブラジャーの紐の影は覚えています。

先生にでもなるしかない先生、先生にしかなれない先生、でも、先生になれたかどうか知りません。

「教え子を戦場に送るな」の職員室のポスターの意味については何も教えずに、「戦争が終わったとき、教科書に黒い墨を塗って使ったもんですよ。」と、組合の研究集会に参加する先生に代わって教壇に立った教頭先生は、児童をさておいて、教壇でひとり感慨にふけってました。

それでも待ってた夏休み。

   絵日記つけてた 夏休み
   花火を買ってた 夏休み
   指おり待ってた 夏休み

涼しいうちに宿題をさきにしておきや、という母親の声を背中に、絵日記を書くためだからと、友だちと、ラジオ体操のかえりに、公園にセミ取りに行って、またその帰りに学校のプール開放に行って、疲れて結局、夏休みの終わりにまとめて書いた絵日記。

毎日の天気を、貯めた新聞の天気予報でまとめ書きして、最後はめんどくさくなって、毎日が、晴れ時々曇り、一時雨ばかり書いていた絵日記。

それでも待ってた夏休み。

たこ焼き、イカ焼き、リンゴ飴。
小さな夏祭りの夜店で花火を買って、友だちと、神社の裏の小さな公園で開いた小さな花火大会。

そして終わりは、いつも線香花火。

     きみは線香花火に 息をこらして
     虫の音に消えそうな 小さな声で
     いつ帰るのと きいた
                   「線香花火」 さだまさし

それでも待ってた夏休み。

     はじっこつまむと 線香花火
     ぺたんとしゃがんで ぱちぱち燃やす
     この頃の花火はすぐに落ちる
     そうぼやいて 君は火をつける
                   「線香花火」 N.S.P

それでも待ってた夏休み。

     線香花火が欲しいんです
     海へ行こうと思います
     誰か 線香花火をください
     一人ぼっちの私に
     風が吹いていました
     一人で歩いていました
     死に忘れたトンボが一匹
     石ころにつまずきました
     なんでもないのに あー 泣きました
                  「せんこう花火」 吉田拓郎

それでも待ってた夏休み。

   畑のとんぼはどこ行った
   あの時逃がしてあげたのに
   ひとりで待ってる 夏休み

街には、畑のとんぼどころか、畑がありません。

でも、とんぼが止まる、とうきび畑はなくても、雑草が生い茂る空き地がありました。

クワガタや、カブトムシはいないけど、便所こおろぎは空き地のすみで鳴いていました。

ドッジボールをした大きな土管のある空き地は、いつのまにか囲いがされて、大きなビルが建ちました。

ビー玉の穴を掘り、けんけんの輪を描いた路地裏の道さえも、舗装されて、いつしか紙芝居のおっちゃんの自転車もこなくなりました。

それでも待ってた夏休み。

   西瓜を食べてた 夏休み
   水まきしたっけ 夏休み

   ひまわり 夕立 せみの声

街には、西瓜を冷やす井戸はありません。

西瓜を冷やした冷蔵庫に、いつものこぎりで切った氷の塊りを入れてくれた、リヤカーを引いた氷屋のおっちゃんは、みんなの家の冷蔵庫に電気のコードがついたときに、こなくなりました。

ホースの先をつまんで、空高く放水して、人工夕立や〜と言いながら水まきをして、つかのまの小さな虹は、シャボン玉のようにすぐにきえました。

ひまわりを、「向日葵」と書くことを知ったのは、いつの夏休みだったでしょう。

その花言葉が、「あなたを見つめます。」だってことを知ったのは、いつの夏休みだったでしょう。

夕立が、入道雲の湧き立つ暑い夏の夕方に、突然降るにわか雨のことだと知ったのは、いつの夏休みだったでしょう。

朝立ちが、朝に降る夕立ではなく、朝早く旅立つことだと知ったのは、いつの夏休みだったでしょう。

そして、朝立ちに、別の意味があるってことを知ったのは、いつの夏休みだったでしょう。

せみが、土の中に七年間もいて、地上で七日間しか生きられないってことを知ったのは、いつの夏休みだったでしょう。

イソップ物語の蟻とキリギリスが、ほんとは、蟻とせみの話しであると知ったのは、いつの夏休みだったでしょう。

蟻とキリギリスの一生を選べるとしたなら、ほんとは、どっちの方がいいのかなぁ、なんて思っていたのは、いつの夏休みだったでしょう。

松尾芭蕉の奥の細道の、しずかさや 岩にしみいる せみの声 の俳句が、なんとなくいいなぁと思い始めたのは、いつの夏休みだったでしょう。

ひまわり 夕立 せみの声

それでも待ってる夏休み


高校受験を控えた中学最後の夏休み。
受験勉強を言い訳にして、明け方近くまで聴いていた深夜放送のラジオから、なにげに流れてきた、吉田拓郎さんの「夏休み」。
押入れにしまいこんだクラシックギターを取り出して、コードだけを真似して歌ってみました。
よし、来年の夏には、絶対に、フォークギターを買ってもらうぞって思った、ぼくの中三夏休みでした。

(初稿2004.8 未改訂)


夏休み

作詞/作曲 吉田拓郎

麦わら帽子は もうきえた
たんぼの蛙は もうきえた
それでも待ってる 夏休み

姉さん先生 もういない
きれいな先生 もういない
それでも待ってる 夏休み

絵日記つけてた 夏休み
花火を買ってた 夏休み
指おり待ってた 夏休み

畑のとんぼはどこ行った
あの時逃がしてあげたのに
ひとりで待ってる 夏休み

西瓜を食べてた 夏休み
水まきしたっけ 夏休み

ひまわり 夕立 せみの声

1971年(昭和46年)
「いつでも青春音楽館」トップページへ