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白いスニーカー 汚さないように
裸足で雨の中 僕等は歩いた
びしょびしょぬれの トレーナーが
乾くまで抱き合った 夏の昼下がり
スニーカーって、いつの頃から履きましたか。
いや、もちろん、あなたが子どもの頃、下駄や草履を履いて、着物姿で、登校していたのかもしれないなんて、ゆめゆめ思ってはいませんよ。(笑)
でも、着物じゃなく、もんぺ姿でしたっけ。(笑)
まっ、冗談はともかく、小学校から中学校くらいの履物って、ズック靴じゃなかったですか。
今でも、子どもたちに聞くと、ズック、あるいはズック靴って言ってるようなんですが、でも、考えたら、このズックってなんでしょう。
足首くらいまでの短い靴下のことをソックス(socks)って言いますから、それと関係があるのでしょうか。
ちなみに、靴下って、靴の中に履いているのに、靴の下、靴下っていうのは、おかしいんじゃないかなと、子どもの頃に思った人いますか。
靴下でなく、足を入れる袋、足袋というのならば、まだ理解できるのになんて、そう、思った人いますか。
おそらく、そんな人は、マスター(館長)と同じく、かなり不遇な幸福な人生を歩んでいると思います。(笑)
なお、足袋は「たび」と読みます。
「あしぶくろ」とは読みませんが、手袋は「てび」ではなく、「てぶくろ」と読みます。
日本語って難しいですね。(笑)
話を戻して、パソコンの中にあった「広辞苑第五版」というソフトで。「ズック」を調べてみました。
「広辞苑」は、岩波書店の伝統と権威ある辞書なんですが、今やパソコンのおまけソフト(プレインストールソフト)扱いとなっているのが、なんとも、切ないなぁ〜と思いつつ、たどりついたのは次の語句です。
ズック【doekオランダ】
@麻または綿の太撚糸で地を厚く
平織にした織地。多くインドから産出。
テント・靴・鞄・帆などに用いる。
Aズック@で作った靴。
なるほど、ちょっと日本語離れしているかな、と思ったら、やはりオランダ語が起源なんですね。
ということは、ひょっとして、江戸時代に、すでにズック靴があったのかもしれない。
ということは、日本に近代西洋医学を伝え、日本の近代化やヨーロッパでの日本文化の紹介に貢献した、長崎出島のオランダ商館医であるシーボルトさんとも関係があるかもしれない。
ということは、シーボルトの日本人妻、紫陽花のおたきさんも、ズック靴を履いていたのかもしれない。
…なんて、想像は妄想的に膨らんできたのですが、別の外来語辞典によると、ズックは外来語としては明治時代に入ってきたらしいのです。
それも、オランダ直輸入の外来語ではなくて、スポーツ用にズック靴を使い始めた大英帝国つまりはイギリスからの渡来でした。
日本で普及するのは、1949年(昭和24年)に、神戸で鬼塚喜八郎氏がスポーツを通じて青少年を健全に育成することを願って、 スポーツシューズの企業を創業し、学校などに納入し始めてからでした。
この「オニツカ」というメーカーが、現在のアシックスという企業で、アシックスという社名も、なんか、靴=足=ソックスのもじりかなと、想像は妄想的に膨らんできたのですが、健全な精神は健全な肉体にやどらんことを祈るという意味のラテン語「Anima Sana in Corpore Sano」の頭文字ということらしく、なんか、かなりこじつけの半信半疑のまゆつばものなんですが、創業者がそう言ってるので、そうなんでしょう。(笑)
ともかく、ズック靴は、なるほど、スポーツ用ということで、スポーツ=運動、だから運動靴ですね。
ズック布の代わりにビニール布だったり、甲の部分に、靴紐の代わりに幅広のゴムが入ってたりする運動靴を履いていたのが、小学校の低学年くらいだったでしょうか。
運動靴のブランドとしては、アサヒ、福助、世界長、そうそう、アキレス、月星というのもありましたね。
中学生くらいになると、その運動靴から、靴紐のあるテニスシューズとか、バスケットシューズへと、移るわけですが、共通するのは、靴の裏がゴム製であったことでしょうか。
こっそりと逃げ出すことをsneakといいますが、ゴム底ゆえに、靴音を響かせることがないからでしょうか、こっそりと歩く、忍び足で歩く人の意味をスニーカー(sneakers)と呼び、これがすなわちスニーカーの語源になったそうです。
なお、こっそりと忍び寄る人を、ストーカー(stalker) と呼びますが、ストーカーがいつもスニーカーを履いているのかどうかはわかりません。(笑)
いまや、そのスニーカー、お父さんが仕事のために履く革靴が、何足も買えるくらいに、高価な外資系ブランドが、幅を利かせています。
もちろん、お父さんであるマスター(館長)のシューズも、3Eくらいの幅を利かせてはいますが。(笑)
ちなみに、英語では、sneakerに卑劣な人という意味もあって、これを避けて運動靴のことを、トレーナーと呼ぶこともあるそうですが、この曲のトレーナーというのは、スポーツのトレーニング用つまりは運動用の長袖シャツのことですね。
トレーニングシャツがトレーナーならば、トレーニングパンツは…やっぱ、トレパンでしょうね。(笑)
トレパンと聞いて、思わず、体育座りし直した人は、おそらく体育会系でしょうが、ブルマと聞いて、ムフフと笑った人は、もちろん危ない系です。(笑)
この曲の歌詞が、もし、白い「スニーカー」でなく「運動靴」で、びしょびしょぬれの「トレーナー」でなく「トレパン」だったとしたら、イメージはかなり変わったでしょうね。(笑)
あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン
あらあら あのこは ずぶぬれだ
やなぎの ねかたで ないている
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン
「あめふり」−作詞/北原白秋 作曲/中山晋平
白く浮かんだ 水着のあと
指先でなぞれば 雷の音
窓辺から 顔をつき出して
虹をさがしてた 君を覚えてる
さてお父さんお待たせのお色気コーナーです。(笑)
小麦色の肌に、水着のあとが白く浮かんでいるなんて、想像するだけで、そそりますなぁ。(笑)
そして、指先でなぞる…なんて、ちょっといま流行の言葉でいえば、「萌え」って感じぃですかぁ。(笑)
しかし、そんなことを考えて、ニヤニヤしているそこのお父さん、たとえ海辺であっても、山の神から雷を落とされますよ。(笑)
もつれた糸を 引きちぎるように
突然ふたりは 他人になった
ぼくらには できなかった
大人の恋は どうしても
さてお母さんお待たせの悲恋コーナーです。(笑)
夫婦って、結局は他人なのよ、だからね…って、ファミレスのランチタイムで若いママさん相手にそんなに熱弁をふるわなくても…、そこのベテラン奥さん。(笑)
近頃のヤングなママさんの方が、現実的というか、なんか醒めているというか、みんな分かっていますよ。
でも、赤い糸をたどりよせて結ばれた他人同士が夫婦ですから、そこんとこはやはり、寛容と忍耐が大人の女性の魅力ですよ…って、見え透いたお父さんのお世辞じゃダメっか。(笑)
まあ、この世には、男と女しかいないし、男の罪、女の罪、それこそ、むかしむかし、エデンの園でアダムとイブが犯した罪により、楽園を追放される、いわゆる失楽園のお話を思い浮かべますね。
あっ、失楽園のお話っていっても、渡辺淳一さんのお話じゃなくて、旧約聖書の創世記のお話の方ですからね、そこのニヤニヤしている奥さん。(笑)
でも、ニヤニヤしているとこなんか、親父さんと、よく似ていますよ、まさに、似たもの夫婦ってとこですねってことで、一件落着しときます、強引に。(笑)
わがままは 男の罪
それを許さないのは 女の罪
若かった 何もかもが
あのスニーカーは もう捨てたかい
下駄箱の奥に、大事に取っておいても、ゴム底のスニーカーは、ゴムがやはり経年劣化します。
ぼろぼろになって、崩れていきます。
でも、心の奥にしまったスニーカーは、いつまでも、いつまでも、あの頃のままにいます。
そして、たまには、心にスニーカーをはかせて、青春音楽館の昔どおりを歩いてみてください。
降り続いた雨もやんで、虹がかかるころ、輝いていたあの頃のあなたに、きっと出会えるはずです。
心にスニーカーをはいて
飾らない言葉で抱きしめて
素顔のままで十分な程
あなたは あたたかい
「心にスニーカーをはいて」− さだまさし
チューリップは、財津和夫さんを中心に、、吉田彰さん、安部俊幸さん、上田雅利さん、姫野達也さんを加えて、1970年(昭和45年)に福岡で結成したグループで、1972年(昭和47年)「魔法の黄色い靴」で、プロデビューし、翌年、「心の旅」が大ヒットしました。
リーダーの財津和夫さんは、自己のめざす音楽のために、他のバンドからメンバーを引き抜く、使い物にならないなら追い出すというシビアな面があることでも有名でした。
アマチュアの仲良しグループならともかく、プロのグループならば、当然、そうあるべきでしょうが、まあ、ある意味では、罪な男のわがままな面もあるのでしょうね。(笑)
この曲は、デビュー8周年を迎えたとき、博多時代からのメンバーの上田さんと吉田さんが抜けることになって、そのはなむけの曲として作られたというエピソードがありますが、「心の旅」以来のヒットを記録するチューリップの代表曲となりましたね。
(初稿2005.7 未改訂) |