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雨にうたれて 何故か悲しげな
花はかげろう 秋は気まぐれ
街の灯りが 蒼くにじむのは
今はもどらぬ あなたのせいよ
「女心」とかけて、「秋の空」、と解きます。
その心は、どちらも、移り変わりやすいものです。
いわゆる、なぞかけ風に言えば、こんな感じになるのでしょうか。
しかし、「女心と秋の空」という言い方は、いつもよく聞きますから、なぞといってもこのなぞは、あまた多くの名探偵が興味を示すことも、耳目を集めるほどの目新しさもないようです。
もっとも、実はこの「女心と秋の空」というのは、男尊女卑の思想が強かった明治時代以前には、「男心と秋の空」といったそうです。
浮気は男の甲斐性なんて言葉が生きていた時代、あるいはもっと遡って通い婚なんて習俗があった時代には、変わりやすいのは男心というのもうなづけるのかもしれませんが、今の時代、これを読んでいる方の性別によっても、そのうなづき方は異なるのかもしれません。
いずれにしろ、「女心と秋の空」であれ、「男心と秋の空」であれ、「女心」と「男心」は変わっても、「秋の空」の方については、変わらないのは、「秋の空」が、やはり変わりやすいということが、いつまでも変わらないからということでしょうか、ややこしいけど。(笑)
ともかく、秋の季節は、「秋晴れ」とか、「天高く」とか、晴天のイメージがありますが、気象学的には、日本の上空を低気圧と高気圧が交互に通る時季のために、秋の空が変わりやすいというのは事実であり、秋の長雨のことを秋雨などともいい、しとしとと何時までも降り続くような雨を霖雨ということから、「秋霖」という言葉もあるそうです。
なんとなく繊細で美しい呼び方ですね。
そして、その雨に打たれて、悲しげな花はかげろう…、…なんですが、愛はかげろう、というのは聞いたことがあります。
愛はかげろう つかの間の命
激しいまでに 燃やし続けて
「愛はかげろう」―雅夢
水彩画のかげろう、も聞いたことがあります。
水彩画の蜉蝣(かげろう)の様な
君の細い腕がふわりと
僕の替わりに宙を抱く 蛍祭りの夕間暮れ
「風の篝火」―さだまさし
でも、花のかげろうは、見たことも、聞いたこともありません。
花の種類に、かげろうって、存在しなかったような気がします。
存在感のない花、ああ、だから、かげろうなのかもしれません。(笑)
だけどわたしは 今ここにある
愛の残り火で 色あせた枯葉を
もやしながら 過ぎた日のぬくもり
手さぐりで さがしている
人は季節におどる 迷い子
存在感のない…と言ったとたんに、つぎに、わたしは今ここにある、なんて…、ここで、強く自己主張されてしまいました。(笑)
だから、まあ、気まぐれなんでしょうね。(笑)
存在理由を意味する「レーゾン・デートル」(raison d'etre)という言葉もフランス語にはありますが、まあ、あまし関係ないですか。(笑)
いずれにしろ、ここで、色あせた枯葉をもやさなければなりません。
青い枯葉かんでみたって、なにも、もえません。
色づく街の色あせた枯葉を、残り火でもやさなければなりません。
人類は誕生した頃から、落雷や火山の噴火によって起こった火を残り火として絶やさないように利用していたようですが、ギリシャ神話では、プロメテウス(Prometeus)が、人類のためにオリンポス山から日の出の火を盗んで与えたとされますが、歴史的には、50万年前には、人類は自分でいつでも火を起こす方法を発見したとされています。
火の使用により、人類は初めて文明を持つ余裕ができて、動物から身を守り、夜を明るく過ごせたり、寒さをしのいだり、食生活を豊かにしたりして、人々の生活を大きく変えながら、さまざまな文化や技術を発展させてきました。
しかし、一方では、ギリシャ神話のプロメテウスの火では、プロメテウスが無知と暗闇の中にいた人間を憐れんで、全知全能の大神、ゼウスに火を与えるように懇願しますが、ゼウスは、人間は無知で、善悪が判断できないから、人間は、誰かが不幸だと思わせない限りは、ずっと幸福なのだ、なぜなら、何が不幸で何が幸福かを知らないからなのだ、といって、プロメテウスの願いを聞き入れなかったといいます。
そして、人類は、燃料の空気中での燃焼による第一の火、電熱線の発熱などによる第二の火の次に、核分裂による発熱を第三の火、いわゆる原子力の火を作ることに成功し、日本では、1957年(昭和32年)、茨城県東海村の日本原子力研究所第1号実験原子炉が臨界に達して、日本で初めて原子の火がともりました。
その原子の火を利用して、やはり東海村で、1963年(昭和38年)には日本で最初の原子力発電が行われ、以降、各地に原子力発電所が建設されていきますが、2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に起因する東京電力福島第一原子力発電所事故が発生しました。
火は、劫火とも、あるいは業火とも言いあらわされることがあります。
痴情のもつれなどで、心を狂わせた人間は、愛憎と嫉妬の炎の火に身を投じて、放火や殺人など、度し難き罪深き所業を行います。
旧約聖書の「創世記」にある繁栄した商業都市ソドムとゴモラは、堕落と退廃に満ちて、神の怒りに触れて、天からの硫黄の火によって焼き滅ぼされたといいます。
また、古事記や日本書紀の記紀神話においては、伊邪那岐命(いざなきのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと) が、火の神を産み、これがもとで、伊邪那美命が火傷で死ぬことが描かれています。
なお、火の神は、「古事記」では、火之夜藝速男神(ひのやぎはやをのかみ)・火之R毘古神(ひのかがびこのかみ)・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ;加具土命)とされ、「日本書紀」では、軻遇突智(かぐつち)、火産霊(ほむすび)とされています。
いずれにしろ、どんな火であれ、これを制御(コントロール)するのは、古今東西を問わず、人間離れした神業に等しいものと認識されていたことは間違いないでしょう。
したがって、火というものは、神の手ならぬ人の手には余ることを、肝に銘じて、驕ることなく、常に意識して、丁寧に接していかなければ、その暴走をとめることは難しいことなのかもしれません。
胸にのこされた 古い傷あとを
抱いて生きづく 恋はたそがれ
そして春を恋う 寒い涙さえ
今はたよれぬ 行きずりの友
確かに、火の便利さを知らなければ、不便さを嘆くことも無く、人肌のぬくもりを知らなければ、さがすこともないでしょう。
逢ひみての後の心にくらぶれば
昔はものを思はざりけり
「拾遺集」−藤原敦忠
やは肌のあつき血汐にふれも見で
さびしからずや道を説く君
「みだれ髪」−与謝野晶子
行きずりの友とは、旅先で出会って、束の間の旅路を一緒に旅して、いろんなことを話しあったような友人のことを指すようですが、おそらくは二度と会うこともないような感じだからこそ、本音で語り合って、助言や忠告なども、素直に聞くことことができる気がします。
もっとも、やはり行きずりゆえに、たよれぬものですから、たよれそうな友人や知人、家族など、身近な人を持つか、あるいは本などで、悩んだときに、こころを広げられるような場所を持つことは大切でしょう。
残り火を、ただ過去の情念の炎としてもやすのではなく、現在そして未来への情愛のぬくもりとして、うまくもやし続けていけば、また、今もう一度やすらぐ出会いのぬくもりを得ることができるはずなのです。
だからわたしは 今もう一度
めぐり来る季節の あら波に小舟を
うかべながら あなたの知らない
誰かに身を寄せ 夢路をたどるの
あなたを忘れて
五輪真弓さん、本名は鈴木(旧姓:五輪)真弓さん。1951年(昭和26年1月24日、東京都中野区出身、都立桜水商業高等学校卒業し、英語学校へ入学、語学の勉強のかたわら音楽活動を続け、1972年(昭和47年)10月、CBS・ソニーより、シングル「少女」でプロデビュー、1984年(昭和59年)、鈴木宏二氏と結婚し、一男一女をもうけます。
ファーストアルバム「五輪真弓/少女」は米国カリフォルニア州のクリスタル・スタジオでレコーディングされ、このレコーディングには、キャロル・キング、チャールズ・ラーキーも参加し、五輪自身もマスメディアで「和製キャロル・キング」と呼ばれました。
1977年(昭和52年)、「雪が降る」のサルヴァトール・アダモの紹介により、フランスでも人気を博し、CBSフランスから、デビュー・アルバム「MAYUMl」をヨーロッパ各国で発表し、世界的なアーティストとなります。
一方、日本のテレビ等にも登場し、特に1978年(昭和53年)の「さよならだけは言わないで」のヒットにより、歌番組への出演が多く見受けられ、この「残り火」はシングル発売後、アルバム「残り火」も発表することになり、1980年(昭和55年)リリースの「恋人よ」は、日本レコード大賞金賞を受賞する大ヒットとなりました。
五輪さんの楽曲を、今回、改めて聴きながら、ふと、五輪さんの楽曲は、確かに海外で高く評価されるように、シャンソン風に聴いていましたが、よくよく、メロディーと歌詞を吟味すると、バター醤油味のような、演歌または歌謡曲にも通じるような味もあるような気がしました。(笑)
髪型がセンター分けで、ストレートのロングヘアーというと、かってのマスター(館長) の女子の好みの髪型だったはずなんですが…。
五輪さんの場合、ヘアーよりも、張り出したおでこが目立ち、どうしても、テレビアニメ「妖怪人間ベム」のヒロイン、ベラのイメージが強くなり…、五輪さんの容姿も好きなファンの方、ゴメンなさい。(笑)
でも、繊細ながらも、やや低音の安定感のある力強い声は、国際的に通用する歌唱力であり、音楽性であるといえます。
(初稿2011.11 未改訂) |