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「檸檬」―さだまさし

或の日…、前の夜から降り続いていた雨は、ぼくたちが京都に着く頃には、うそみたいに止んだ。

そして、いつものように、三条のイノダコーヒーで一服して、そして、いつものように、高瀬川に沿って、木屋町通りを抜けるのではなくて、彼女の希望に沿って、河原町通りを抜けていくことにした。

葵祭が終わって、祇園祭までには、まだ間がある中途半端な時期の初夏の京都は、いつもは街に溢れているはずの観光客の姿も、いつもは我が物顔に闊歩している学生たちの姿も目だたず、加えて雨上がりのせいか、思いのほかに人影は少なかった。

それでも通りを行き交う人波を縫うようにして、いつしかぼくたちは、八坂神社にたどり着いていた。

そして、木陰で濡れていない場所を探して、その石段に腰を下ろした。
ひんやりとした冷たい石の温度が伝わってくる。

「祇園祭のこと、正式には、祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)っていうてたんやね、なんかこの名前やと、華やかさよりも、むしろ恐そうな感じやね。」

さっき見た神社の立て札に書かれてあった由来縁起のことを彼女は話題にした。
ぼくは煙草に火を点けながら答えた。

「うん、でも神社って、お寺なんかに比べて、結婚式とか、初詣とか、なんかおめでたい華やかなイメージがあるけど、もともと、怨みを持って死んだり、非業の死を遂げた人の怨霊を鎮めるために、建立されたってことが、少なからずあるのとちゃうかな。」

ぼくが燻(くゆ)らせた煙草の煙の行方を彼女はゆっくりと目で追っていた。

「せやね、前に行った北野天満宮も、学問の神様、菅原道真公を祀ってはるけど、大宰府に左遷されたままに亡くなった道真の祟りを畏れて、天神様として、敬っているわけなんやしね。」

「そう、死者の怨霊が、天変地異や厄災を起こして、人に祟ることのないように、御霊(ごりょう)として、弔って、敬ってるとも言えるんかな。」

雲間から陽がもれて、石段に薄い影を落とした。

「でも、死んだ人より、生きてる人の方が、なにを考えているか分からない分、もっと恐いのにね。」

少し湿った風が、新緑を静かに揺らしている。

「なにを考えているか分からないって、さっき、本屋さんに爆弾しかけた人みたいにか。」

彼女は小首を傾げて、返答に困ったように、微笑だけをぼくに返した。

大阪出身の夭折の小説家、梶井基次郎が書いた、主人公が買ったばかりの檸檬を爆弾に見立てて、京都のとある書店の美術の棚に置いて爆破するという幻想を描いた「檸檬」という短編小説があった。

その「檸檬」の小説の舞台となったのが、丸善という京都の書店で、その頃は、河原町通りにあって、まだ行ったことがないという彼女を案内したのだ。

そのとき、偶然、黒の学生服を着て、あたりを窺っている挙動不審な男性が、やがて本の上に、檸檬を置いて立ち去る現場を、二人で見たのだった。

「そうね、いったい、あの人、なにを考えてんだか…。でも、なにを考えているのか分からない人って、あの人だけやないしね。ほら、ここにも…。」

そしてぼくを一瞥したあと、深く、ため息をついた彼女に、今度はぼくが微笑だけを返した。

   或の日湯島聖堂の白い
   石の階段に腰かけて
   君は陽溜まりの中へ盗んだ
   檸檬細い手でかざす

話しが途切れて、ぼくはポケットから、檸檬を取り出して、彼女に強引に手渡した。

「えっ、なんやのん、これ。」

驚いた様子で、恐る恐る、まるで生きもののようにして、檸檬を受け取った彼女に、ぼくは告げた。

「爆弾や。ただし不発やったけどな。」

「えっ、これって、さっきの檸檬なん?」

彼女は、小さな手のひらに載せた檸檬を、怪訝そうに見つめた。

「うん、って言いたいところやけど、そんなことしたら、落し物、忘れ物を盗んだいうことになって、占有離脱物横領罪になるんや。せやから、これは家にあった檸檬、今日のために持ってきたんや。」

「あっ、なんや、そうなんや。酔狂やね。」

そう言いながらも、ぼくの説明に安堵の表情を浮かべて、手にした檸檬を、軽く握り締めた。

「いちどやって見たろと思ってたんやけど、先、越されてしまったってわけ。まあ、店員に聞いたことあるけど、檸檬を置いていく人は、よくいるらしいけどね。」

   それを暫くみつめた後で
   きれいねと云った後で齧る
   指のすきまから蒼い空に
   金糸雀色の風が舞う

「これ食べてもええのん?」

ぼくが頷くより前に、彼女は檸檬を齧っていた。

檸檬の香気が流れてきた。

二人を包みこむように吹いていた浅葱色の風が、一瞬にして、浅黄色に変わったように思えた。

「うっ、酸っぱいわ、これ。」

「そら、檸檬やからね。」

「も少し、甘いのがほしかったかな。」

そう言いながらも、彼女は齧り続けた。

「でも、これで分かったわ、さださんの曲の『檸檬』の歌詞の中の金糸雀(かなりあ)色の風の意味。」

なんの話しからだったのだろうか。

きっと、梶井基次郎の文学評論からの話しからだったとは思うが、ともかく、京都の丸善に行ってみようという話しになった。

彼女は、さだまさしの「私花集(アンソロジィ)」というアルバムに収録されている『檸檬』という曲を、昨日はずっと聴いていたという。

そして、ぼくはぼくで、国文学科の彼女の評論に対して、できれば反論できればいいなと、昨日は梶井基次郎の「檸檬」と評論を読み直していた。

「ねぇ、『檸檬』に出てくる、東京の湯島聖堂って行ったことあるって言うてなかったっけ?」

しかし、梶井基次郎の「檸檬」の話題はほとんど出ずに、さだまさしの『檸檬』の話しばかりになっていた。

「ないよ、行ったのは上野の不忍池、それも車の中からちらっと見ただけで、無縁坂にも行ってない。」

「そうか、そうやったかしらね。…私ね、湯島聖堂って、湯島神社のことやと思うてたのよ。ほら、湯島の白梅っていうでしょ。」

「うん、確か、湯島の白梅って、さださんの好きな明治の文豪のひとり、泉鏡花の婦系図(おんなけいず)の話しやったかな。…月は晴れても心は闇だ。別れろ、切れろは、芸者のときにいう言葉、私には死ねと云って下さいな。とかいう…。」

ぼくは少しおどけたように、新派の芝居のせりふ回しを真似して言ってみた。

「はいはい、高校のとき、演劇部の部長が、彼女やったんやもんね。でも、その大根役者振りじゃ、彼女に裏方に回らされたのも無理あらへんよ。」

少し、いやみっぽく、彼女は言った。

「まあ、さださんの『飛梅』にも、太宰府天満宮の白梅が出てくるからね。でも、ぼくは湯島聖堂と、湯島の白梅の湯島天神とは、違うと思うてたけど。」

さりげなく話題を戻して、ぼくは答えた。

彼女にさだまさしを薦めたのはぼくだった。

グレープ時代は聴いていたが、ソロになってからは聴いてないという彼女に、ちょうどアルバム「風見鶏」が出た頃だったので、カセットテープを渡した。

それからは、彼女の方が熱心になって、次に出た「私花集(アンソロジィ)」というアルバムは、彼女の方が先に予約して買うほどだった。

「高校のときの友達が、お茶大に行っててね、この前会ったときに、教えてもらったのよ。湯島聖堂とか、聖橋のこととか、快速電車のことをね。」

「お茶大って、東京のお茶の水女子大学っていうとこ?」

「私、東京以外のお茶の水女子大って、知らへん。」

彼女は素っ気なく答えた。

かって彼女が奈良女子大の受験に失敗したことを話していたことを思い出して、これ以上言うと、機嫌を損ねそうな感じがして、ぼくは立ち上がった。

「せや、円山公園の方、行ってみよか。」

「うん、いいけど、これ、どうしょうか。」

そう言って三分の一くらい齧りかけた檸檬を見せた。

ぼくにも齧らせて、という言葉が、喉まで出かかったが、なぜか、また飲み込んでしまった。

そして違う言葉を選んだ。

「せやな、その檸檬、快速電車か各駅停車の列車に向かってほおり投げるというのもええけどな、でも、残念ながら、京阪も阪急も近鉄も国鉄も、京都を走ってる電車に赤色も檸檬色もないからな。」

「もし、その色の電車が走ってたら投げるつもり?」

「あほな、下手すれば、列車往来妨害罪の構成要件に該当する。占有離脱物横領罪よりも罪は重いで。」

「なんでも法律の話しで片付けるんやね。」

それには答えず、ぼくは公園の方に足を向けた。

   喰べかけの檸檬聖橋から放る
   快速電車の赤い色がそれとすれ違う
   川面に波紋の拡がり数えたあと
   小さな溜息混じりに振り返り
   捨て去る時には こうして出来るだけ
   遠くへ投げ上げるものよ

人影まばらな公園は、新緑の緑も、もはや落ち着いた色合いを見せていて、木の下では、鳩がなにかをついばみながら散歩していた。

「宵々山コンサートのときに、何回か来てるけど、ほんとのメインの祇園祭は結局、来たことないかな。」

「私は、有料席から山鉾巡行見せてもらったことあるのよ。友達のおじさんが、宮大工してはって、そのコネでね。雨やったから、雨の記憶しかないけど。」

「祇園祭の頃には雨が付きもんやからね。コンサートのときも、なんどか降られた記憶がある。」

「雨男やからとちゃうん。」

「うん、そうともいうかな。」

すっかり葉桜になった枝垂桜の下のベンチに腰を下ろして、ぼくたちは一休みした。

   君はスクランブル交差点斜めに
   渡り乍ら不意に涙ぐんで
   まるでこの町は青春達の
   姥捨山みたいだという

「そういえば、去年は嵐山に行って、散りかけの桜を見たんだっけ。でも、今年は結局、どこにも桜を見に行かへんかったよね。」

春休みの期間中、家庭教師のアルバイトを、請われるままに、連続集中でこなしたために、遊びに行く時間が取れなかったのだ。

しかし、花見に行こうという彼女の望みをかなえられなかったという、うしろめたさが、逆にぼくをして、素直に、ごめん、という言葉を遠ざけてしまっていた。

「うん、でも、ぼくは、あまり桜の花見って、なんか奇妙な感じして、あまり行きたいとは思わへんねん。」

「奇妙っていうのは、きっと、桜の樹の下には屍体が埋まっているからって、言いたいんでしょ。」

梶井基次郎には、「檸檬」のほかに、「桜の樹の下には」という短編小説もあった。

桜の花が、あんなにも見事に咲くのは、桜の根元には腐乱した人や動物の屍体が埋まっていて、その養分を吸っているからだという、これも幻想的な物語だった。

その梶井基次郎は、まるで桜が咲きはじめるのを畏れるかのように、3月24日に肺結核で、31歳で亡くなり、その命日は檸檬忌と呼ばれている。

「でも、迷惑な話しよね、私もあの小説読んでから、桜の鮮やかな桜色を見ると、ふと、なんか血がにじんでいるように感じることがあるもの。」

彼女は立ち上がって、枝垂桜の葉桜の隙間から見える青空を見上げた。

そして視線を落として、足元の木の根元をしばらく見つめたあとで、つぶやくように言った。

「そうだ、ここに、檸檬を埋めたらいいかな。」

そして木切れを拾ってきて、桜の木の下を掘り、そこに食べかけの檸檬を埋めて、その木切れを墓標のように立ててから、合掌の真似をした。

「食べかけの檸檬、ここに眠る。」

子どもじみた真似をしたことを恥らい隠すように、彼女はまた枝垂桜を見上げた。

「そうか、ほなら来年はトパーズ色の桜が咲くかもしれんね。来年は、この桜が咲く頃、見にこよか。」

しかし、ぼくの問いかけには答えずに、ぼくの横に座りながら言った。

「そうそう、そういえば、東京のお茶の水にも丸善があって、きっとさださんは、その界隈で曲想を練ったのよねって、お茶大の友達が言ってたわ。」

   ねェほらそこにもここにもかつて
   使い棄てられた愛が落ちてる
   時の流れという名の鳩が
   舞い下りてそれをついばんでいる

「そう、あの界隈は、古くから学生の街やったらしいからね。いちど行ってみたいと思ってる。」

「友達が言ってたわ、学生街だけど、すぐ近くに、ラブホテル街もあるんだって。うふっ、行ってみたいのは、そっちの方だったりしてね。」

意地悪そうな彼女の視線に、返答に困ったのを誤魔化すようにして、立ち上がった。

「さあ、祇園祭が過ぎたら、すぐに天神祭りやな。そしたら、すっかり夏やもんなあ。そういうたら、天神祭りも長らく行ってへんから、いちど行ってみよか。」

しかし、また、そっけない返事が返ってきた。

「そうね、浴衣も久しぶりに着たい。でもね、夏休み前やし、予定は立たないし、どうなるかなあ…、でも、さあ、それよりも、これからの予定、どうするの?」

イノダーコーヒーから丸善までは事前に考えていたが、そのあとは、なにも考えてこなかった。

「うん、せやな…、せっかく、ここまで来たから、二年坂から、三年坂を通って、清水さんまで行こうかな、なんて思ってるんやけど、どうかな。」

「清水寺まで行くの?私はええけど…、でも、足、大丈夫なん?八坂の塔もまだあんなに遠くに見えてるし、まだ、ここから、だいぶ距離あるんちゃうん。」

「うん、でも、今日は調子よさそうやし、ゆっくり歩けば、行けんこともないと思うよ。それに、もし、歩けんようになったら、おぶってもらうし。」

「えっ、私がおぶらなあかんの?おぶれるかなぁ。二年坂くらいなら、なんとかなるかもしれんけど、三年坂まで、持つかどうかわからへんよ…。」

付き合い始めて、一年はあっという間に過ぎ、二年目に入っていた。
三年目、しかし、そんな日が来るのかどうか、微妙に見えなくなってきていた。

二年坂で転ぶと、二年以内に死ぬ、三年坂で転ぶと、三年以内で死ぬ、そんな不吉な言い伝えがあったことが脳裏をよぎった。

無縁坂では、ため息つけばそれですむ。

でも、後ろだけは見ちゃ駄目と、は分かっていても、小さな溜息混じりに、振り返ってしまうのもまた、人の悲しい性だと思った。

そんな想いは、秘すればいいと分かっていても、パンドラの箱には鍵は掛かっていない。

無縁でなく、縁があったからこそ出会えたのだけど、でも出会いの縁は、別れの縁のはじまりともいう。

三年坂までたどれるのか…、そんなめぐる思いを吹っ切るように、ぼくはわざと明るく言った。

「せや、バイト代が入ったから、清水さんまで無事に辿り着けたら、なんかメシおごるで。なんやったら、七味家の七味もお土産につけよか。」

「ほんまやのん?太っ腹やんか。それやったら、気の変わらんうちに、はよ、行こ、行こ。」

彼女はぼくの手を引くようにして歩き出した。

檸檬の残り香がいつまでも匂っていた、或の日…。

   喰べかけの夢を聖橋 から放る
   各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく
   二人の波紋の拡がり数えたあと
   小さな溜息混じりに振り返り
   消え去る時には こうしてあっけなく
   静かに堕ちてゆくものよ



梶井基次郎の小説「檸檬」の舞台となった丸善京都店は、書かれた当時は、三条通麩屋町にあり、その後移転して、河原町通蛸薬師上ルにありましたが、2005年(平成17年)10月に、閉店しました。

書籍の流通形態や販売状況が、時代とともに、大きく変わる中では、丸善京都店のような中途半端な規模の店は、消え去る以外に道はなかったのかもしれませんが、なんとも寂しい限りです。

この曲は、1978年(昭和53年)リリースされた「私花集(アンソロジィ)」というアルバムに収録されていますが、このアルバムは、「案山子」「秋桜」「主人公」などさだまさしさんの全盛期を語る上で、欠かせない名曲がそろっているアルバムです。

今回のこの曲は、アルバムバージョンを元にしてるためアコースティックな雰囲気になっていますが、シングルヴァージョンを元にすると、もっと幻想的な謎めいた緊張感のある雰囲気が出てくるでしょうねって、なんか、さだオタクっぽいコメントでした。(笑)

なお、今回のエッセイというか掌小説というか、雑文については、すべてフィクションであり、実在する人物・団体等とは、一切関係がありませんということにして、家内安全を祈りたいと思います。(笑)

(初稿2006.6 未改訂)


檸檬

作詞/作曲 さだまさし

或の日湯島聖堂の白い
石の階段に腰かけて
君は陽溜まりの中へ盗んだ
檸檬細い手でかざす
それを暫くみつめた後で
きれいねと云った後で齧る
指のすきまから蒼い空に
金糸雀色の風が舞う

喰べかけの檸檬聖橋から放る
快速電車の赤い色がそれとすれ違う
川面に波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
捨て去る時には こうして出来るだけ
遠くへ投げ上げるものよ

君はスクランブル交差点斜めに
渡り乍ら不意に涙ぐんで
まるでこの町は青春達の
姥捨山みたいだという
ねェほらそこにもここにもかつて
使い棄てられた愛が落ちてる
時の流れという名の鳩が
舞い下りてそれをついばんでいる

喰べかけの夢を聖橋 から放る
各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく
二人の波紋の拡がり数えたあと
小さな溜息混じりに振り返り
消え去る時には こうしてあっけなく
静かに堕ちてゆくものよ

1978年(昭和53年)
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