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「無縁坂」―グレープ

大人になって、そして、人の親となって、初めて、分かるようなことが、年とともに増えてきます。

  運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど
  そういう事って確かにあると あなたを見ててそう思う

運がいいとか、悪いとかって言っても、所詮、運も実力のうちさ〜なんて、言っている間は、まだまだ若いのかも知れません。

自分の力で、未来を切り開けていけると思える、ごう慢な若さ。

しかし、世の中には、やはり、どうしようもない、運、不運と言ったものがあるように思えるようになるのは、人生の坂を、かなり登ってからかもしれません…。

もっとも、最近は、そんなごう慢な、そして、そんな頼もしい若者を残念ながら見かけなくなったような気がします。

  いつかしら僕よりも 母は小さくなった
  知らぬ間に白い手は とても小さくなった

ランドセルを背負って通った坂道が、なんて短くて、よく遊んだ公園が、なんて、小さな場所だったのだろうか、と、思うようなことがよくあります。
もちろん、子供の頃より自分が大きくなっただけで、坂道が短くなった訳ではなく、公園が小さくなった訳でもありません。

でも、そんな風景に感じたときの一抹のさみしさ。

この歌が、テレビドラマの主題歌として流行したときに、これはマザコンの軟弱な男の歌だと評した人がいます。

ぼくは、母親に対する想いを歌った歌であることは確かだけど、「母」という言葉を使っているだけで、マザコンと評価するのなら、間違ってると思います。

  母は全てを暦に刻んで 流してきたんだろう
  悲しさや苦しさは きっと有った筈なのに

この歌のように、母親に対する想いを、客観的に、そして、ストレートに話せるようになったとき、母親を、一人の人間として見ることができるようになったとき、真の母親離れ、自立ができるのだと、最近、そう思います。

  運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど
  巡る暦は季節の中で 漂いながら過ぎて行く

そして、やはり、想いめぐらし、考え、たどりつくところは、一人の人間の、人生の運、不運という儚き(はかなき)もの…。

(初稿1999.9 最終改訂2001.8)



無縁坂      
作詩/作曲 さだまさし

母がまだ若い頃 僕の手を引いて
この坂を登る度いつもため息をついた
ため息つけばそれですむ 後ろだけは見ちゃ駄目と
笑ってた 白い手はとても柔らかだった
運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど
そういう事って確かにあると あなたを見ててそう思う
忍ぶ 不忍 無縁坂
噛みしめるような ささやかな僕の母の人生

いつかしら僕よりも 母は小さくなった
知らぬ間に白い手は とても小さくなった
母は全てを暦に刻んで 流してきたんだろう
悲しさや苦しさは きっと有った筈なのに
運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど
巡る暦は季節の中で 漂いながら過ぎて行く
忍ぶ 不忍 無縁坂
噛みしめるような ささやかな僕の母の人生

1975年(昭和50年)
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