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たそがれ時の 窓辺の席で
あなたはじっと 海を見てる
私はじっと あなたを見てる
水平線の名残りの紅で
煙草に火を点けたとき あなたに
好きなひとが居る事 わかった
たそがれ時って、なぜ、さみしく、もの悲しく、感じるんでしょうか。
日が沈みゆく空は、晴れた日ならば、そして明日も晴れるならば、夕焼け空が広がります。
西の方の地平線や水平線の近くの空が、赤く染まっていきます。
夕陽の色は、たいてい赤や橙、黄色などのいわゆる暖色系です。
暖色というのは、文字通り、暖かみを感じさせる色のことで、優しく包み込むような色。
だから、さみしさや悲しさを感じさせるのは、色のせいではなさそうです。
では、なぜ、夕暮れ時はさみしそうなんでしょうか。
最近の医学的な研究として、夕方のころには、気分や感情に影響を与える、セロトニンという神経伝達物質が減少してきて、活性が悪くなり、不安やうつ的な症状が出やすくなるために、たそがれ時に、さみしさやもの悲しさを、強く感じさせるのだという見解があるようです。
現代人の生活習慣では、セロトニンが減少傾向にあるとされていますので、このセロトニンを増やすサプリメントもあるようですし、また心療内科等での処方薬もあるようですから、この対処療法を施せば、たそがれ時もさみしくない、夕やけもこわくない、なんてことになるのでしょうか。
私見としては、安易に、これらのサプリメントの多用や薬剤への依存は避けるべきだと思います。もちろん、心身に顕著な症状が出ているときには、素人判断ではなく、医師等の専門家にゆだねて治療するのは当然のことで、治療や薬剤の使用を否定するものではありません。
でも、こう考えることはできないのでしょうか。
たそがれ時はさみしいのがあたりまえなのです。
それは私たちが生まれるずっと前から、人の営みが始まったころからのことであり、古今東西、むかしも今も、たそがれ時はさみしそうだったのです。
だからこそ、そのさみしさゆえに、人として交わり、人と関わりあいながら、ずっと生きてきたのです。
そう、さみしく、もの悲しいのは、人との関わりを求める人の本性なんです。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、人間は社会的動物であるといったといいます。
鎌倉時代の新古今和歌集には、秋の夕暮れを詠んだ三夕(さんせき)の和歌もあります。
たそがれに、さみしがっているのは、あなたひとりじゃないはずです。
もっとも、そうはいっても、そもそも、たそがれ時に、そばで見つめている人に気遣うこともなく、じっと海を見ている人と、一緒にいることは、さみしいことだと思います。
また、禁煙化が進む以前の話であったとしても、目の前の人のことを考えず、沈む太陽の残光で煙草に火を点けているように見える人といることこそ、寒色系の風景なのかもしれません。
そして、さらには、その人の興味なり、関心なり、意識が、目の前の自分に向けられていないことに気が付くとき、木枯しよりも冷たい風が心の中に吹きあれて、さみしさが募ります。
ひとりでいるときより、ふたりでいるときの孤独感。
風は今 向い風
私の心を押し戻す
ちぎれ雲がひとり踊ってる
でも悲しい恋と 笑わないで
倖せの形くらい 私に決めさせて
おそらくは、この曲のストーリーのふたりは、友だち以上の関係でありながら、しかし、恋人とはいえない、というような雰囲気の関係であったのかもしれません。
ふたりのあいだにあった、空気のような、和んだ関係ゆえに、ふたりのあいだに、少しよどんだような、風が止んだ、夕凪のような雰囲気になってきたのかもしれません。
そして、どこからか、風が吹いてきた。
そして、それは、向い風。
ひとつのまとまりと見えていたものが、単に断片の集まりであったことに気がつき、やがて、流れて、風に吹かれて、風まかせに、ちぎれて離れていく雲たち。
海岸線に滞る テールランプ
あなたの右手の 煙草の火がふと
赤信号に 見えた気がした
もしもあなたが赤い夕陽で
私が雲なら染まる だけでいい
そんな恋もある事 わかった
窓辺の席から見える、渋滞の車のテールランプ。
日が落ちて、テールランプの赤い灯りだけが、ゆるやかに、海岸線を流れていく。
そんな赤い流れにふたりの思い出たちも、静かに、のまれていく。
赤信号で止まった車のように、風もまた止まったはずなのに。
でも、まだ、かすかに風を感じている自分がいる。
もう終わりかなと、と思う一方で、はっきり別れを告げられたわけでもない。
自分の方から、フィーネ (Fine)の終止記号を打たなくても、ゆっくりと、フェードアウト(fade out)して終わらせるのもいいのかもしれない。
あるいは、許されるならば、リピート&フェードアウト(Repeat&F.O.)として、なんどか押し戻されるように、いったりきたり、繰り返しながらも、静かに消えていくのもいいのかもしれない。
赤い夕陽を包み込むような雲にはなれなくても、ただ、ひとときを染まるだけでもいい。
やがて、日が沈み、その染まった色が、色あせてしまうことがわかっていても。
せつない片想い、伝わらぬ想い、実らぬ恋。
でも、だからこそ、どんな想いを、どんな愛の形を持とうとかまわない。
たとえそれが、せつなく、儚いものであっても。
風は今 向い風
私の心を押し戻す
かもめが風に逆らって
孤独な空に 帰って行った
倖せの形くらい 私に決めさせて
倖せの形くらい 私に決めさせて
向い風に押し戻されながらも、また風に逆らって、孤独だけが待つ空に帰るかもめ。
そのかもめのように生きるのも、ひとつの生き方かもしれない。
それもひとつの倖せなのかもしれない。
でも、いまのままでいるのも、ひとつの倖せかもしれない。
どれが正解という答えはない。
必ず間違いという選択肢もない。
人が不幸と思っても、自分が倖せと感じるのなら。
決めるのは、あくまで自分の心。
倖せの形くらい、私に決めさせて。
この「向い風」は、1983年(昭和58年)にリリースされた、さだまさしさんのソロとしての8枚目のアルバム「風のおもかげ」に収録されています。
このアルバムの前年にリリースされた7枚目のアルバム「夢の轍」が、地味であまり売れなかったのですが、この「風のおもかげ」も、さらに輪をかけて、やはり地味で売れなかったアルバムでした。
デビューして、10年目、そして結婚してから、初の記念すべきアルバムというのにです。
いや、正確にいうと、さだまさしさんがグレープを解散して、1976年「帰去来」でソロデビューしたあと、「風見鶏」、「私花集(アンソロジィ)」、「夢供養」、「印象派」、「うつろい」と、順風満帆に、毎年のアルバムが連続して、すべてオリコン・アルバムチャート1位を獲得していたのに、1982年の「夢の轍」、それに続く「風のおもかげ」と、連続して1位獲得を逃したということです。
このころはというと、さだまさしさんが、1981年にドキュメンタリー映画「長江」を制作して、巨額の赤字、35億円の負債を抱えることになったころであり、また、ヒット曲についても、軟弱歌手であるとか、女性蔑視論者であるとか、右翼だのとか左翼だのとか、理不尽なバッシングを受けていたころのことでもあります。
そんなときに、グレープ時代のコンビであった吉田政美さんが、音楽ディレクターとして、さだまさしさんを応援する意味を込めて、ヨットは逆風の力を受けて前進するのだから、と、さだまさしさんにCM曲の作成を依頼して、できたのがこの曲だと言われています。
まさしく、さだまさしさん自身が、逆風にさらされ、向い風を受けていたころ。
さだまさしさんが、ステージトークでよくおっしゃられていますが、音楽は嗜好品だから、さだの音楽が好きな人もいれば嫌いな人もいるる、だから、さだを好き、嫌いという人がいてあたりまえ、だからといって、嫌われないようにしようとは考えない、この生き方は変えない、と。
だからこそ、負債を返済するために、前人未到と言われるほどの多くのステージをこなし、新曲を発表したとき、右翼や左翼から非難されたとき、ぼくは右翼でも左翼でもない、投手をやりたいんだ、と親父ギャクで答えるタフさは、やはり、向い風に立ち向かう強さを持っています。
倖せの形くらい、私に決めさせて。
このフレーズは、さだまさしさんの生き方、心の中のひとつの座右の銘なのだと思います。
自分が決めなきゃ、誰が決める。
あなたは、そう、人生という物語の主人公なのだから。
ところで、不二家ソフトエクレアというのをご存じでしょうか。
不二家の代表的な商品、ミルキーの進化形というべきか、シュークリームのエクレアのように、クリームをキャラメルで包んだソフトキャンデーの商品名です。
キャンデーながら、舐めるより、噛むと、むにゅとクリームが出てくる食感は新鮮でした。
バニラ・チョコレート・コーヒーの三種類があるのも魅力的でした。
ソフトエクレアは、1971年から製造販売され、1996年の製造中止まで、約四半世紀の歴史を刻み、2010年に不二家創業100周年記念として、復活していますが、この不二家ソフトエクレアのCMのイメージソングに採用されたのが、この「向い風」という曲でした。
しかし、不二家ソフトエクレアのCMとしては、この曲よりも多くの人の記憶に残っているのは、♪ソフトエクレア〜風のセロハンで〜包んだ綿雲なの〜という、ユーミンこと松任谷由実(荒井由実)さんの曲の方かもしれませんね。
ちなみに、ジブリアニメ「魔女の宅急便」で有名となったユーミンの「やさしさに包まれたなら」という曲も、ソフトエクレアのCM曲として誕生しています。
(初稿2013.12 未改訂) |