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古き名門の乙女に恋するが、真(まこと)の恋であって、裏町の貧しき陋屋(ろうおく)に住める娘に恋するが、真の恋でないと誰が言えようか。
雨降らば雨降るとき、風吹かば風吹くとき、コツコツと響く足音に、ああ、あれは、青春音楽館のマスター(館長) ではないかと、胸ときめかすも客の手前。
幾多の男に汚されし唇を、今日も赤きルージュに染めて、誰を待つやらネオンの巷で。
酒は飲むべし、百薬の長、女抱くべし、これ人生無上の快楽、酔うて枕す、胡蝶美人の膝枕。
一夜覚むれば、昨夜の未練、悔いがなきや。
さらば我らが青春の日々の歌。
いざ歌わんかな、狂わんかな、舞わんかな。
我が青春の歌、一番、二番、三番!
アインス・ツバイ・ドライ!
口をきくのがうまくなりました
どんな酔いしれた人にでも
口をきくのがうまくなりました
ルージュひくたびにわかります
舞台などの興業で、出演者や演目の紹介や挨拶などを述べることを、口上(こうじょう)といいますが、大学の学生たちが打ち上げコンパなどで、学歌や逍遙歌を斉唱するときにも、口上というのがありました。
冒頭に紹介したものは、マスター(館長) の出身大学で使われていた口上を、記憶とインターネット情報を頼りに復元してみました。
大学時代、マスター(館長) が所属していたクラブが、文化系クラブながらも、体育会系クラブのようなバンカラな雰囲気があり、新入生歓迎コンパで、先輩からはじめて聞かされたときは、この時代錯誤の口上に驚かされました…が、いつしか自分も先輩となり、口上を言う立場になり、やむを得ず覚えたものです。
もっとも、この種の口上については、全国各地に伝わっているようで、いわゆる口承口伝のために、「古き名門」が「富貴名門」、「陋屋」が「労苦」に、「唇を赤きルージュに」が「ルージュで染めし唇を」などと、多少変化しながら、伝わっているようです。
そういえば、「女抱くべし」というのも「女買うべし」という直接的な表現もあるようですが、おそらく、オリジナルの口上の創作時期が、ハイカラから派生したと考えられる、バンカラ(蛮カラ)という言葉が大学生に流行った明治時代後期から大正時代にかけての歴史的背景があるからだと思われます。
男らしさと人が言う
おまえの顔が目に浮かぶ
力ずくだと言いながら
女郎屋通いを自慢する
「我が良き友よ」―吉田拓郎
遊女、遊郭、女郎屋、カフェや女給、赤線という言葉がまだ生きていた時代的な背景もあったのでしょうが、いまなら、女性蔑視や善良な風俗を害する言葉、昨今ならば、バンカラどころか、セクハラ(セクハラセクシャルハラスメント)と言われかねないでしょう。
あの人追いかけてこの街へ着いた頃は
まだルージュはただひとつ うす桜
あの人追いかけてくり返す人違い
いつか泣き慣れて
ルージュ(rouge)というのは、フランス語で「赤」という意味ですが、転じて、口紅を指す言葉となりました。
口紅は、文明発祥の頃から、習俗儀礼的な意味合いを持つ身体装飾として存在していたと考えられますが、いつしか、女性の一般的な化粧のひとつとして普及したものと考えられます。
近世の日本においても、江戸中期以降、紅花の栽培技術の向上とともに、花柳界などだけでなく一般庶民にまでも、口紅が普及したようです。
口紅の色も、本来は紅色、つまりはレッド系が主流でしたが、ピンク系やオレンジ系、ベージュ系などから、寒色系にまで、現在は多様化しています。
貴方に逢う日の ときめきは
喜びよりも せつなさばかり
ああ 夢一夜
一夜限りと言いきかせては
紅をひく
「夢一夜」―南こうせつ
うす桜の色というならば、淡いピンク色でしょうか。
日本人は一般的には黄色系の肌色ですが、人によっては、色白、色黒、小麦色と、肌の色が異なりますから、それに合わせた色合せが必要になります。
また元々の口唇の形状も、大きい、小さい、薄い、厚い、と違いますし、また唇の上に位置する目鼻立ちにも大きく影響されるでしょうから、同じ色の口紅を使っても、人により印象は大きく異なってきます。
また、人に与える印象としては、性格的な面も、口紅の色の差異以上に、影響するものでしょう。
マスター(館長) は、冬場、唇が荒れるタイプなので、薬用リップスティックを使いますが、これはほとんど透明色なので、あまり色に悩むことはありませんが、マスター(館長) が、うす桜色を選べば、みなさんが悩むことになるかもしれませんね。(笑)
つくり笑いがうまくなりました
心馴染めない人にでも
つくり笑いがうまくなりました
ルージュひくたびにわかります
つくり笑いや愛想笑いも、そのような笑いと見破られれば効果が薄まるどころか、場合によっては逆効果となることすらありますから、自然な微笑みを出せるようにしなければなりません。
そのときに重要なのが、やはり口元です。
また、口をきくのが上手になるということも、決して、おしゃべり上手や、知識豊富な弁舌や、言葉巧みな話術にたけているということだけではなく、相手の言いたいことを上手に引き出せる、言い換えれば、聞き上手になることでもあります。
そして、そのときに重要なのが、やはり口元です。
物云えば 唇寒し 穐(あき)の風
松尾芭蕉
この句は、後世に付けられた「座右之銘 人の短をいふ事なかれ 己が長をとく事なかれ」という前詞とともに紹介されるので、教訓や訓戒のことわざと思われることも多いようですが、芭蕉の句です。
人の短所を指摘したり、自分の長所を自慢したりするのは良くないよ、物言うから失敗する、黙っておればいいのに、という意味と解されるようです。
しかし、マスター(館長) としては、ここは素直に、口を開けば、秋の風が吹いて、ひんやりとして唇が寒く感じるという情景を詠ったものと思っています。
製薬会社の薬用リップ愛用者として断言します。(笑)
聞き上手ができない人は、人の言ったことに、ひとつひとつ意味づけをなして、それに対して、どのような有意な助言や指導ができるか考えようとします。
ある意味では、人の話をきちんと聞いて、応対しようとする、すごくまじめな方です。
昨今、流行の右から左へ受け流したり、聞き流したりしないからです。(笑)
でも、人というのは常に、正確にこころの中を投影した言葉を言っているわけではありません。
感情のおもむくままに吐いた言葉に、それを冷静に聞いて、たしなめてもらうより、その場はともかく、共感してくれたと感じたときに、信頼感が生じて、また問わず語りに、もっと話をしようとするものです。
問わず語りをした、そのときに、作られた微笑みであったと分かっていても、微笑んでうなづいてもらえれば、やはりうれしいものでしょう。
目は口ほどに物を言いますが、うなづき黙っている唇は、さらに物を言っていることに気づくべきです。
生まれた時から渡り鳥も渡る気で
翼をつくろうことも知るまいに
気がつきゃ鏡も忘れかけた うす桜
おかしな色と笑う
鏡に向かって、唇を隠してごらんなさい。
そして、微笑んでごらんなさい。
ほら、口元を出さないと微笑むのは難しいでしょう。
そんな大切な唇なのです。
そんな大切な唇にひくルージュです。
ならば安物のルージュでも丁寧にひきましょう。
つくり笑いがうまくなりました
ルージュひくたびにわかります
空(から)元気も元気のうちというならば、つくり笑いも、やはり、微笑みのうちです。
ルージュをひきながら、つくり笑いを続けているうちに、ふと気がつけば、こころからの笑顔になっているかもしれません。
あせることはありません。
ルージュを引いて、肩の力を抜いて、大きく息を吸って、アインス・ツバイ・ドライ!
この「ルージュ」という曲は、「喝采」という大ヒットした曲を持つ、ちあきなおみさんに提供された曲です。
いつものように幕が開く
降りそそぐライトのその中
それでも私は
今日も恋の歌うたってる
「喝采」−ちあきなおみ
提供された2年後に、中島みゆきさんの他の提供曲も集めた「おかえりなさい」というセルフカバーアルバムで、みゆきさんご自身が歌われています。
ちあきなおみさんは、1992年(平成4年)に、夫を亡くされてからは、残念ながら、芸能界から事実上、引退されているようです。
この曲の歌詞からは、田舎から出てきて、早々に夢破れて行き詰まり、ふるさとには帰るに帰れず、地方の都市の歓楽街の場末の酒場の女として生きている女性がイメージできます。
雰囲気的には、ロングドレスに紅い口紅のちあきなおみさんのイメージと重なり合うわけですが、中島みゆきさんにも、違った雰囲気ながらも、どことなく似つかわしく思えます。
いや、おそらくは、職場のつきあいや、あるいは義理の親族とのつきあいの酒の席などで、このような思いを、本心とは裏腹な言葉や態度を出して世慣れてしまった自分の存在と重ね合わせる人が多いからこそ、この歌が隠れた名曲とされるのでしょうね。
(初稿2007.9 未改訂) |