あなたの愛した ひとの名前は
あの夏の日と共に 忘れたでしょう
いつも言われた ふたりの影には
愛がみえると
お似合いの恋人たち、という表現がありますが、かって、ぼくの知っている恋人たちは、まさしく、お似合いでない恋人たち。
彼は、どちらかといえば、杉田二郎さんに似ている、野太い濃い感じの庶民的な雰囲気、一方の彼女は、繊細できゃしゃな、いかにもお嬢様という雰囲気。
美女と野獣、といったら言い過ぎかも知れないにしても、そんなアンマッチなふたりでした。
そんなふたりが、ひょんなはずみで、恋におちたのです。
彼の名前はウエダ。
彼は、幼稚園・小学校・中学校・高校とぼくとずっと一緒だった。
幼なじみの親友の一人で、大学も、彼は一年遅れたけれど同じ。
そして、ぼくが先に入部し、勧誘した大学の文科系のクラブに入ってきて、そこで彼は、彼女と出会いました。
クラブの新入生歓迎合宿で、たまたま、ぼくがリーダーをつとめるグループにふたりがいて、それをきっかけに、はじめはギクシャクしながらも、次第に仲良くなっていきました。
恥かしがりやの彼は、それを隠していたけれど…。
そして、夏休み。
彼は彼女と旅をすることになりました。
大学生になったら、夏休みに一緒に旅をしようと、彼と約束していたぼくでしたが、結局、はじめて、ひとりで離島への旅に行くことに。
離島で岬めぐりしながら、さみしくて、そして、彼のことが羨ましかったけれど、子供の頃から、あまり彼女とかの浮いた話をきかなかった彼のことだから、親友として、素直に喜びました。
忘れたつもりでも 思い出すのね
町であなたに似た 人を見かけると
ふりむいてしまう 悲しいけれどそこには
愛は見えない
そして、秋…。
キャンパスでふたりが仲良く歩いているのをよく見かけました。
しかし、秋も深まり…。
これから淋しい秋です
ときおり手紙を書きます
涙で文字がにじんでいたなら
わかって下さい
風の噂で、ふたりが別れたことを知りました。
そして、それから、ずいぶんと経ってからですが、彼とふたりで飲む機会がありました。
彼女との別れのことを聞いたぼくに、彼は、ぽつりと「住む世界が違ってることに、ふたり、気がついたんやな…。」と、言って、それから、この曲のカラオケを自分から歌い出しました。
サイモンとガーファンクル、ジャズ喫茶、プロテストフォークソング、ポプコン、宵々山コンサートなど…それらの存在を教えてくれたのは彼でした。
しかし、音痴を自認していて、カラオケなどは滅多と歌わず、また、ぼくとも少し音楽嗜好が異なっていて、フォークはともかくニューミュージックを意固地なほどに聞くことすら拒絶していました。
そんな彼が、この歌を歌ったことに驚きながらも、彼が、ひとつの階段を登ったことを感じました。
彼が二十歳の頃のことです。
もちろん、ぼくも二十歳の頃…。
涙で文字がにじんでいたなら
わかって下さい
彼は、大学を卒業して数年後、東京に行って、そこで就職先を見つけて定住先を決め、母親の再婚相手である義父との確執もあったのでしょうか、実家に帰阪することも滅多としなくなり、次第に会う機会もなくなりました。
そして、幼なじみの親友とはいっても、時の流れのなかでは、いつしか考え方も生き方も、次第に離れていくように感じられ、ここ10数年は、年賀状だけの付きあいになっていました。
でも、疎遠になっていても、いつかはまた、懐かしく、昔ばなしを語り…、少年時代から青春時代のあの頃を、この青春音楽館を酒の肴にしながら、ともに歩いた時代を振り返ることができたらいいな…、なんて思いながら、この音楽館の創作を続けてきました。
しかし、2002年7月17日、思いもかけない彼の母親から、突然、彼の訃報が伝えられました。
6月1日、東京の片隅での孤独な死でした…。
体調の急変により一人暮らしの自宅で亡くなり、10日以上経って発見されたそうで、母親がひとり息子の遺品を整理して、ぼくの年賀状を見つけて、連絡してくれたようです。
今年の彼からの年賀状には、体調を崩していたので返信が遅れましたという添え書きがありました。
そのとき、なぜ、電話の一本、葉書の一枚で、安否や健康を気遣ってやれなかったのか…悔やまれます。
幼稚園時代からの面影が、走馬灯のようによぎります。
やんちゃそうな顔、いたずらそうな顔、得意そうな顔、優しそうな顔、意地悪そうな顔、心配そうな顔、悩んでいる顔、雄弁に語る顔…、少年時代から青春時代にかけてのいろんな表情が次々と想い出されます。
そして、大人になってからは、幸か不幸か、最後に会ったのは10数年前にさかのぼるので、思い浮かべるのは30代の若々しい姿の顔のまま…。
考えてみれば、生きるのが下手で、不器用な彼でした。
馬鹿正直なこだわりを棄てて、もっと世渡りが上手だったら、あるいは、仕事や家庭にも恵まれて、違った人生を歩んでいたのかもしれません。
…でも、そんな彼だからこそ、ぼくと友達となり、親友にもなれたんでしょうが。
ウエダ…少年時代から青春時代にかけて、身体が弱いことを言い訳にして、引っ込み思案で、依頼心が強く、なにごとも諦めがちだったぼくと、一緒にあるいてくれて、ありがとう。
そして、さまざまなことを体験させてくれて、ほんとに、ありがとう。
親友でありライバルであったウエダがいたからこそ、いまのぼくがいるといっても、過言ではないよ。
それにしても…、早すぎたよ。
おまけに、ぼくの誕生月に死ぬなんて、あまりに冗談きついよ。
でも、君の好きだったこのメロディーが聞こえるかい。
この歌詞とメロディーを、君の最後の旅だちのはなむけとして送るよ。
まだまだ、ぼくはそちらに行けないよ。
ウエダ、分かって下さい、って言わなくても、おまえなら、分かってくれるよな。
だから、天国から、静かに見守ってくれ。
「青春音楽館」を天国から閲覧してもらっても、ウエダの辛辣な批評が聞けないのが、とても残念だけど…。
御霊よ、やすらかに…。
合掌。
涙で文字がにじんでいたなら
わかって下さい
(初稿2002.7 未改訂) |