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「雪」―猫

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。
                   「雪国」 川端康成

日本人では初めてのノーベル文学賞を受賞し、その3年後に、72歳で自ら命を絶った文豪、川端康成さんの代表作「雪国」の冒頭です。

作品の舞台の雪国は、越後湯沢(新潟県南魚沼郡湯沢町)というところで、国境の長いトンネルというのは、上州の群馬県から越後の新潟県へ抜けるJR上越線の清水トンネルだと言われています。

この路線を、実際に冬に旅したことがないので、想像するだけなのですが、東京方面から行くと、まず群馬に入り、群馬は「上州名物、かかあ天下と空っ風」と言いますから、冬には強く乾いた風が吹くことが多くて、その分、雪は少ないのでしょうか。

   雪でした あなたのあとを
   なんとなく ついて行きたかった
   ふりむいた あなたの瞳は
   はやくおかえり ぼうやっていってた

そして、長いトンネルを抜けると、日本有数の豪雪地帯の新潟に入ります。
おそらくは、冬の越後平野は一面の雪化粧…、まさに、雪国を実感させる一瞬があるのでしょうね。

「雪国」は、資産家の息子で、西洋舞踏を批評することを仕事と趣味にしている妻子ある男性の島村と、婚約者であり重病である行男という男性の治療費を工面するために芸者になった駒子という女性、そして、その行男の新しい恋人となった女性の葉子とが織りなす人間模様を、越後湯沢という雪国の温泉街を舞台に、抒情的に描きだした物語です。

しかし、モチーフ(主題)はともかくとして、プロット(あらすじ)だけを記せば、よくある単なる恋愛小説であり、それも純愛小説というよりも、かなり不倫小説っぽくって、下町の居酒屋に流れるような、演歌の世界にも通じるものがあります。

       逢いたくて恋しくて 泣きたくなる夜
       そばにいて少しでも 話を聞いて
       追いかけて 追いかけて
       追いかけて…雪國
                      「雪國」 吉幾三

しかし、このプロットが、新感覚派の旗手と言われた川端康成氏の手にかかれば、これが、微妙な構造を持って、その比喩を多用した硬質の文体の中に、叙情性豊かな美意識が、透かし彫りのようにほどこされ、きらりと光るように情景が描写されていき、国際的な文学作品「雪国」に構成されていきます。

さすがにノーベル文学賞を受賞した日本を代表する作家の本領を発揮した作品だと唸らせます。

ただ、彼自身が、卓越した審美眼を持って、彼自身の老醜の中のなかにある美というものを見出して、追求できなかったという点が、残念ですが…。

   ああ あの人は
   みしらぬ街の みしらぬ人
   雪国の 小さな街に
   そんなわたしの 思い出がある

雪国育ちでない者にとって、あるいは旅先や行楽地で出会うだけの雪しか知らないものにとっては、確かに、雪というのは、幻想的な趣のある、風情のある自然現象で、なにかしら神秘的なものを感じます。

もっとも、一方で、神秘は恐怖に通じるものがあり、恐ろしさ、怖さを感じることもあります。

「天は我を見放したか。」のセリフで有名な映画「八甲田山」に描かれた青森県の八甲田山雪中行軍遭難悲話なども、雪の恐怖のひとつでしょう。

でも、やはり、雪の恐怖といえば…、やはりこれ…。

「とうとう、話してしまったのですね…。その女こそ、私…、私だったのです…。」

小泉八雲(ラフカデイオ・ハーン=Lafcadio Hearn)氏の日本の伝承説話や民話を元にした、有名な「怪談(kuwaidan)」という小説の中にある「雪女」という話の中の有名なフレーズです。

実は、この雪女の話、ぼくは長い間、小泉八雲氏がこよなく愛した島根県松江市か、近くの出雲地方に伝わる民話であって、あるいは、木こりの巳乃吉たちが吹雪の山小屋で雪女に出逢ったのは、きっと、雪を頂く大山(伯耆富士)のことではないかな、と勝手に思い込んでいました。

今回、調べてみると、なんと東京都青梅市(旧調布村)のお百姓さんから聞いた話が元であるというのが、最近の研究の成果らしいのです。

雪女の棲家は、東京…まさしく都市伝説、都会の怪談だったのですね。(笑)
もっとも、東京などの都会には、もっとすごい「雪女」がいるような気もします。(笑)

      肩に置いた手 ふりきるように
      俺の背中に まわって泣いた
      あれは… おゆきという女
                     「おゆき」 内藤国雄

なお、場末の居酒屋などに出没する「雪女」は、暖房が効きすぎて、雪が少し溶けていて、「お水系」と呼ばれており、別種との噂もあります。(笑)

   夢でしょうか あの日のことは
   雪を見るたびに 思い出す
   雪国を たずねてみたい
   そこはわたしの 小さなあこがれ

「雪女」は、ちょっと国文学研究的に言えば、異類婚姻譚(たん)というカテゴリーに属する説話です。

異類婚姻譚というのは、怪婚譚とも言って、人間以外の動物や妖怪などの異類との結婚をテーマとした説話ですので、さらに、次のフレーズなんかも想い浮かべる人が多いはずです。

「決して覗かないでくださいね…と、あれほど言っておいたのに、覗いてしまったのですね…。」

風采のあがらぬ男性に助けられた傷ついた鶴が、人間に姿を変えて、男性のもとに嫁ぎ、貧しい彼のために、夜な夜な自分の羽を抜き機で織って恩返しをするという説話、いわゆる、鶴の恩返しは、鶴と人間との異類婚姻譚です。

この話をもとに、木下順二さんが、与ひょうとおつうの悲恋の物語として、戯曲 「夕鶴」を創作しています。

「雪女」の「お雪」と、「夕鶴」の「おつう」、ともに共通するのは、男性に恋焦がれて、異類であることを告げず、異形の姿を顕わさないという誓願を守ることを条件に、いじらしくも、けなげに、人間に化身して、恋を成就させます。

しかし、その誓願は、身勝手な男性の一方的な行為により破られて、哀しみの中で、人間界を離脱していかなければならなくなるというストーリーです。

そうよ、そうよ、悪いのは、いつも男だわさ。(笑)

そこの姉さん!、拍手喝采しないように。(笑)
そこの兄さん!、うつむいて、うなづかないで。(笑)

それじゃ、こちらは、どうでしょうか。

「おっ、こはいかに、どうしたことか…。」
太郎が箱を開けると、中から紫の雲が三筋立ち昇って、たちまち、太郎はおじさいさんになりました。

いわゆる、「浦島太郎」のお話です。

助けた亀に誘われて、竜宮城に行き、乙姫様の接待を受けて、帰りに、お土産の玉手箱をもらっただけ。
…なのに、この仕打ちです。(笑)

まるで、店の若い娘に気を使いながら選曲して、カラオケを歌ったあとのスナックで、帰りに渡された請求書を見たときとおんなじです。(笑)

でも、もちろん、乙姫さまから、「決してこの箱を開けないでください。」と言われていたのに、その約束を破って、開けてしまった太郎が悪いのです。

でしょ、でしょ、悪いのは、いつも男だわさ。(笑)

そこの姉さん!、落ち着いて…、目じりにカラスの足跡出して、同意を求めないように。(笑)
そこの兄さん!、うつむいて、くっくっくって、鳩みたいに思い出し笑いしないで。(笑)

    ああ 今日もまた
    窓にもたれ想う 冬の旅を
    雪でした あなたのあとを
    なんとなく ついて行きたかった

でも、なんか、理不尽だと思いませんか。

「雪女」さんは、「決して話すでないよ。」
「おつう」さんは、「決して覗かないでね。」
「乙姫」さんは、「決して開けないでください。」

彼女たちは、一様に、彼らに対して、魅惑的な、魔性のタブー(禁忌)を告げます。
あたかも破るであろうことが予想されるのに。
ひょっとして、このタブーは、フェロモンの香りすら、するのもかも知れません。(笑)

でも…、だからこそ、賢明な諸兄は、
なんとなく、ついて行ってはいけませんよ。(笑)

まあ、♪夢でも〜食べながら〜、舌切り雀の御伽草子でも読んで、とっとと寝てください。(笑)


この曲は、1970年(昭和45年)11月に発売された、当時、弱冠24才の吉田拓郎さんのデビュー・アルバム「青春の詩」に収録されています。
このアルバムは、アルバムタイトルにもなった「青春の詩」や、フォークの定番「今日までそして明日から」、浜田省吾さんもカバーした「イメージの詩」なども収録されており、その後の拓郎サウンドの原点を網羅した名盤だと思います。

「猫」は早稲田大学のカレッジフォークグループ「ザ・リガニーズ」のメンバーだった常富喜雄さん、内山修さんと、「ジ・アマリーズ」のボーカルだった田口清さんによって結成され、その後、時期によってメンバーは交代していますが、石山恵三さん、大久保一久さんや、御守孝明さんなど、結成されていたグループです。

この曲のほかに、「地下鉄に乗って」「各駅停車」などのヒット曲があります。

(初稿2004.2 未改訂)




作詞/作曲 吉田拓郎

雪でした あなたのあとを
なんとなく ついて行きたかった
ふりむいた あなたの瞳は
はやくおかえり ぼうやっていってた
ああ あの人は
みしらぬ街の みしらぬ人
雪国の 小さな街に
そんなわたしの 思い出がある

夢でしょうか あの日のことは
雪を見るたびに 思い出す
雪国を たずねてみたい
そこはわたしの 小さなあこがれ
ああ 今日もまた
窓にもたれ想う 冬の旅を
雪でした あなたのあとを
なんとなく ついて行きたかった

1972年(昭和47年)
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